発行:社会批評社
この版元の本一覧
四六判 204ページ 並製
定価:1,600円+税 総額を計算する
ISBN978-4-916117-75-5 C0036
在庫あり
奥付の初版発行年月:2007年08月
書店発売日:2007年08月08日
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紹介
戦後62年の現在—子どもたちに遺す戦争体験。「クリスチャン軍人」たらんとして入校した海軍兵学校。その 同期生の3分の1が戦死した……。
8月15日、特攻兵器・特殊潜航艇で出撃した宗像海軍中尉—あの特攻とは、戦争とは、何だったのか? 今、根本から問い直す軍隊と戦争。
目次
はじめに
第1章 戦時下植民地の台湾 13
クリスチャンの父 14
「ヤソ!」と差別されたクリスチャン 15
軍隊へ召集された3人の兄 17
レッドパージを受けた長兄 20
立派な「クリスチャン軍人」の道へ 22
クリスチャンと神社・天皇 25
差別された台湾人と台湾生まれ 28
戦時下の台湾 31
海軍兵学校への合格通知 33
第2章 アジア太平洋戦争下の海軍兵学校 35
開戦1週間前の入校式 36
あこがれの短剣 37
早飯、早糞、早支度 41
1人のドジで連帯責任 42
海軍式精神教育 44
天皇への忠誠心 47
海軍名物の飛び込み 49
ケツにタコができるカッター訓練 50
兵学校の楽しみ 53
待ち遠しい酒保と休暇 55
同じ釜のメシを食う仲 57
食糧の豊富な兵学校 59
楽しみは倶楽部で大食 60
兵学校名物の鉄拳制裁 64
スマートな海軍 66
エリート意識の兵学校出身者 68
海軍とクリスチャン 70
英語教育を守った井上校長 71
祀られた「9軍神」 73
高松宮臨席で卒業式 75
天皇への拝謁 77
第5艦隊の乗組員 78
第3章 特攻兵器・特殊潜航艇の艇長 81
特攻兵器「蛟龍」の基地 82
特殊潜航艇の訓練 84
海底105メートルの底で 87
助けた部下からの手紙 88
難しい潜航艇の指揮 89
甲標的・蛟龍 91
人を兵器にした海軍 94
ある予備学生の事故死 97
事故が続出した潜航艇 101
海軍中尉への任官 103
人間魚雷・回天との訓練 105
死への囚われ 108
潜航艇の実戦配備 109
軍港・呉の大空襲 113
ピカッと光った原爆投下 115
玉音放送の中での出撃 117
船とともに死す艦長 119
第4章 特攻として逝った若き同期生たち 123
立ち直れるのか? 124
特攻攻撃での戦死者 125
回天・神風特攻での戦死 127
敗戦後「自決」「事故」での死 130
特攻兵器とは何だったのか? 131
日本軍はなぜ敗れたのか? 135
復員船の航海長 137
米軍の連絡将校に 140
公職追放で職を転々 142
奈落の底から教会へ 144
神学校での牧師への道 146
家も仕事も失った父 148
呉平安教会の「偉人」 151
新米牧師の最初の赴任 152
平和の都・ヒロシマへ 153
第5章 平和と宣教への旅立ち 155
ブラジルへの船出 156
貧窮したブラジルの生活 159
軍政批判で逮捕された息子 161
ノンビリした軍事裁判所 164
酒巻少尉との出会い 165
帰国後、広島で平和運動 168
私の宗教観 170
平和への使命 172
参考資料・海軍兵学校関係 175
前書きなど
トビラ
はじめに
特攻という言葉から、人が思い浮かべるものは何だろう。
零戦、急降下して敵艦に体当たりするカミカゼ、真珠湾攻撃、白いマフラーの特攻隊員……。
人間そのものを兵器にするという、世界に類を見ない戦法は、常軌を逸していた。それを軍神と称え、「進め一億火の玉だ!」と煽っていた時代があった。
特攻は零戦の体当たりだけではなかった。人間魚雷「回天」は、映画『出口のない海』で知った人も多いだろう。しかし、特殊潜航艇という「特攻兵器」があったことは、あまり知られていない。真珠湾攻撃のとき、初めて使われ、乗員10名のうち9名が戦死し、当時は「9軍神」として大々的なキャンペーンが繰り広げられた。
私はその特殊潜航艇の艇長を務めていた。生きて還れるとは思っていなかった。それどころか、「クリスチャンこそ、忠良なる臣民でなければならない」「立派なクリスチャン軍人として戦おう」と、大真面目に考えていたのである。私が生きて還れたのは、「悪運」が強かったからだ。戦争では生きて還るのも死ぬのも、紙一重だ。
私は旧植民地の台湾で生まれ、アジア太平洋戦争の開戦1週間前に16歳で海軍兵学校に入校した。そして、1944年3月、この戦争の敗勢情勢の中で兵学校を卒業し、巡洋艦の乗組員を経て特殊潜航艇の搭乗員となった。
私たちの海軍兵学校第73期卒業生は898名であったが、そのうち283名が「戦没者」となった。およそ3分の1が戦争で亡くなったわけである。年はみんな20〜21歳であり、もっとも悲惨な運命に弄ばれた青年たちであった。
私が教会員の人たちから一番よく聞かれるのは、「あなたは、なんで特攻隊から牧師になったのか」というものだ。その答えは一言では言い尽くせない。
この齢80を超えた男の話を、若い人々、子どもたちに、ぜひとも聞いていただきたい。日本が再び戦争を起こさないために。世界から戦争をなくすために。
2007年8月6日
宗像 基
版元から一言
海軍兵学校といえば、当時のエリート少年たちの入校するところでした。そして、この兵学校の教育は「リベラリスト教育」「紳士教育」として知られています。しかし、この本の著者が語る海軍兵学校体験は、その「紳士教育」などではなく、徹底した自主性のない、管理教育としてあげられています。その結果は、海軍首脳が主導し、実施した特攻隊・特攻兵器の使用として知られています。
この本は、こうした海軍兵学校教育がもたらした、必然的なあり方を体験を通して語られています。戦争体験を問い直す、新しい提起と言えます。
関連リンク
著者プロフィール
宗像 基(ムナカタモトイ)
1924年台湾基隆市生まれ。
台北第1中学校卒業後、1941年海軍兵学校入学。卒業後、軽巡洋艦「木曾」乗組員。少尉任官後、特殊潜航艇「蛟龍」艇長。その後、後輩の指導教官となり、海軍中尉として敗戦を迎える。
1947年、日本基督教神学専門学校に入学。卒業後、伊豆松崎教会牧師、広島牛田教会牧師を経て、1957年、宣教師としてブラジルに渡る。1979年帰国し広島キリスト教社会館館長に就任。1990年、現在の小平学園教会牧師となる。月刊個人誌『バベル』を発行。
著書に『聖霊に禁じられて』(今日の話題社刊)
堀口洋子(ホリグチヨウコ)
1951年東京生まれ。
都立三鷹高校を卒業後、国立国会図書館勤務を経て、編集者に。
共著に『ネコでもわかる? 有事法制』(社会批評社刊)
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読みました、基督者として、少し複雑な気持ち、私も87歳四年飛行隊三年少々シベリア抑留で、青春をなくしました、でも、救われて(イエスに)(裸で母の胎を出た又裸でかしこえ帰ろう・・)と、1日1日を小さい(語り部)をしています。宗像様の身に主の恵みがありますように、お祈り申し上げますあげます。日本基督教団向日町教会員。木村繁次郎より
コメント by 木村繁次郎 — 2007/9/17 月曜日 @ 8:27:10