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屯田学校 若林 滋(著) - 中西出版
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屯田学校 (トンデンガッコウ) 北海道教育の礎 (ホッカイドウキョウイクノイシズエ)

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発行:中西出版
四六判
372ページ
並製
定価 1,800 円+税   1,980 円(税込)
ISBN
978-4-89115-151-5   COPY
ISBN 13
9784891151515   COPY
ISBN 10h
4-89115-151-X   COPY
ISBN 10
489115151X   COPY
出版者記号
89115   COPY
Cコード
C0095  
0:一般 0:単行本 95:日本文学、評論、随筆、その他
出版社在庫情報
品切れ・重版未定
初版年月日
2006年8月
書店発売日
登録日
2010年2月18日
最終更新日
2026年5月18日
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紹介

明治の父母たちは食べ物を節約し、労務を提供して学校を作り維持した。屯田兵村や開拓地で子どもは貧しくとも家庭と地域の愛に育まれ、教師に導かれて成長する。豊かな愛と土に親しむ教育が生命を尊ぶ心を涵養した。今失われているものがそこにあった。北海道教育の源流をたどって教育の初心を思い出し、現代教育の課題と向き合い、農業の役割を見直したい。本書にその手掛かりがある。

目次

目  次

発刊に寄せて
はじめに

第一部 屯田学校

第一章 開拓教育の先駆け 12

第一節 琴似の初めは夜間寺子屋―「文をもって立て」― 12
第二節 山鼻小学校の実学―農業博覧会で入賞― 28
第三節 江別・江東学校―屯田兵の拠金で運営― 42
第四節 新琴似小学校の支え―士族兵村の誇りと意地― 55
第五節 篠路・江南小学校―水魔を克服した親たち― 71

第二章 防衛優先、立地無視の屯田 83

第一節 室蘭屯田中隊付属学校―「塵別小学校」の歩み― 83
第二節 海の国境間近に―根室・和田小学校― 95
第三章 空知教育の風雪 107
第一節 滝川屯田兵の子弟たち―学校林の緑豊かに― 107
第二節 北辰輝く―江部乙屯田学校の歩み― 120
第三節 クラーク精神継承―深川屯田の教育― 133
第四節 秩父別の学校統合―子弟教育一筋に― 145
第五節 美唄特科屯田の教育―野を駆ける子どもたち― 158

第四章 米どころの開拓教育 173

第一節 永山将軍ゆかりの里―恩讐を越えて― 173
第二節 悲惨な旭川兵村―学童の直訴状哀れ― 187
第三節 農業大賞と連続全道一位―当麻の屯田小、農業補修校― 200

第五章 北方に構える 212

第一節 野付牛の蛍雪―屯田小学生の母たち― 212
第二節 チューリップの里―上湧別の屯田教育― 225
第三節 北国の意志―士別の屯田学校― 235
第四節 絵本の里小学校―剣渕の開拓教育― 252

第二部 北海道の初等教育の歩み
一 開拓使以前の教育 268
(一) 北海道教育の源流 268
(二) 松前藩校「徽典館」 274
(三) 寺子屋と郷学 279
(四) 箱館開港と洋学の移入 284
二 開拓使の教育政策 287
(一) 北海道開拓使の設置 287
(二) 黒田清隆の教育思想 289
(三) ケプロンの招聘と教育 295
(四) 学制の発布と開拓使 302
(五) 教育令の発布と北海道 306
(六) 札幌農学校 309
三 三県の教育政策 314
(一) 開拓使廃止と三県設置 314
(二) 三県時代の初等教育 317
(三) 金子大書記官の復命と三県廃止 319
四 道庁の教育政策 322
(一) 小学校令と道庁 322
(二) 改正小学校令と道徳教育 326
(三) 簡易化教育 328
(四) 小学校令全面改正と北海道 333
(五) 第一次拓殖計画と教育政策 337
(六) 新開地の初等教育 341
(七) 大正から昭和へ 343
五 戦時下の北海道教育 348
(一) 国民学校スタート 348
(二) 焦土の上に 353

北海道教育史略年表 357
あとがき

前書きなど

はじめに

 「邑(むら)に不学の戸なく家に不学の人なからしめん」
 と「学制」が発布された明治五年(一八七二)は遙に遠く、教育基本法が制定された昭和二十二年(一九四七)からでもおよそ六十年、還暦を迎えた戦後教育について考えました。
 昭和一桁最後(九年)に道北の農村で生まれ、国民学校では軍国主義教育、戦後にわかに小学校に変わって教科書に墨を塗り、いわゆる民主教育を受け、その変化にどう折り合いをつけるか、幼いなりに心を惑わせた記憶がよみがえります。
 そして今、学級崩壊、学力低下、ニートの増加、自己中心の拝金主義、少子化といった教育をめぐる多くの問題が浮上しています。もっとも気になるのは、親が子どもを、子どもが親を殺そうとするなど子ども社会に現れた、命の軽視の問題です。これは基本法改正で論議となった愛国心の欠如にも増して重大ではないか、と思われます。
 基本法にいう「個人の尊厳」は、命の尊厳とも理解できますが、それがないがしろにされています。全国画一的な教育で地域と生活が無視され、職業の誇りが奪われた、とも指摘されます。格差社会の中で、所得の格差が教育機会の格差を生んでいます。
 文部科学省の学習指導要領や「生命を尊ぶ心を育てる指導」に任せておけば済むのでしょうか。政治や経済、社会の体制もさることながら、地域社会、学校、家庭といった身の回りの教育環境にまず目を向け市民として、親として何ができるかを考えてみなければならないと思うのです。
 そこで北海道という歴史の浅い地方の教育がどのように始まり、どう歩んできたかを振り返ってみるのも意味のあることと思います。入植と同時に小学校を設け、子弟を教育した屯田兵村や入植地の「開拓教育」は、北海道教育の源流ともいえます。開拓と子弟教育を両立させる工夫、父母や地域の子どもの教育に対する熱い思い。そこには貧しくとも肌の温もりがありました。学校では農業教育が重視されました。北海道農業は後継者不在、国際化など様々な問題を抱えています。また、命を尊ぶ心の涵養や環境問題と農業のかかわりにも目を向ける必要があります。今、屯田学校・開拓教育を取り上げる理由です。
 この小著からなにかを読み取っていただければ、と願っています。
 ご一読、ご批判をお願い申し上げます。

上記内容は本書刊行時のものです。