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わたしの愛するナガの息子へ 石原 みち(著) - めるくまーる
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わたしの愛するナガの息子へ (ワタシノアイスルナガノムスコヘ)

文芸
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四六判
264ページ
上製
定価 1,600 円+税   1,760 円(税込)
ISBN
978-4-8397-0133-8   COPY
ISBN 13
9784839701338   COPY
ISBN 10h
4-8397-0133-4   COPY
ISBN 10
4839701334   COPY
出版者記号
8397   COPY
Cコード
C0095  
0:一般 0:単行本 95:日本文学、評論、随筆、その他
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2008年2月
書店発売日
登録日
2010年2月18日
最終更新日
2010年6月10日
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紹介

インドで出会った少年との愛の記録

出会い、それは偶然に
おとずれるものなのか……
この衝撃的な出会いは
わたしの運命をも変えた。
その子の名前は
スワミ・ヴィノ・ギリ
十六歳のサドゥだった。

この子と同じような身の上の子供たちのために
わたしは生きていきたい・・・
……五歳の時、親に売られてデリーまで来て、そこから逃げた。
とにかく山に向かって逃げた。そう話してくれたね。
どんなにか怖かっただろうに……どんなにかひもじかっただろうに……
わたしと出会わなかったら、きみはどうなっていたんだろうか……

目次

プロローグ

第一章 運命の出会い
リシュケシの素晴らしさを教えてもらった/ヴィノとの出会いを導いてくれた人/スワミ・シヴァナンダとの出会い/インドの子供達(1)/牛くん、彼はどこへ行ったの?

第二章 ママと呼ばれた
聖なる河、ガンガー/プリーズ・ヘルプ・ミーと言われて/ポカラからのメール/インドの子供達(2)/誕生日/みちか/ヴィノの初恋

第三章 甘えるヴィノ
山のアシュラム/誰か助けて!/こんな人が母親なのか?/牛くん/牛の親子よ、やすらかに眠れ……/ラストチャンス・カフェ

第四章 十一年ぶりの故郷
お母さんに会いたい?/アレックスが帰って来た/ヴィノの旅立ち/ハプニングのプレゼント

第五章 あの子のいない時間
ヴィノ・シック?/ぼくはクレイジーなんかじゃない/意地わるじいさん/ヴィノのネズミくん/ノラトラ/サリー・デビュー/複雑な気持ち/ガンガーがいちばん恋しいとは……

第六章 ヴィノの人生
あの子が帰って来た/あの子の何かが変わった/ぼくはインディアンだから/ダラムサラへ/アレックス、あなたに会いたい/ヒマラヤに見守られて/VJという人/頑張れ!ヴィノ/人の心は/誕生日おめでとう!わたし/リシュケシに帰ろう

第七章 母親の気分
嬉しくて泣いた/ごめんね、ヴィノ/お利口さんになったね/インドと日本の差/母親の気持ちってこんなもの/ジェラシー/リシュケシよ、変わらないで/心が痛い

第八章 神への誓い
神様、わたしに力をください/やっぱり子供なんだね/ママは不器用だね/プジャー(Puja)神への祈り/別れの日/I love you, ten thousand!

第九章 帰国してから
ただいま国際電話は……/「牛くん物語」と名づけた人/ヴィノと話せた!/写真/親の心子知らず/ママは心配し過ぎだね/母親って?

第十章 あの子は神の子
沖縄の母は世界一/ハレー・クリシュナー/キャー・ハル・ハェ(元気ですか)?/愛への執着/インドの現実/出会いは人生の宝物

第十一章 神がくれた贈りもの
ありがとう!VJ/韓国ドラマ/インドの保育園/悪魔の店じまい/ヴィノは何でもお見通し/みんなで暮らそうね/偶然

第十二章 ありがとう、ヴィノ
あの子の強さが切ない/ナガランド/悟り(サーマディ)

エピローグ

あとがき

著者プロフィール

石原 みち  (イシハラ ミチ)  (

1979年、ハワイ文化に心を惹かれハワイへと渡米。
2982年、日本初のクラブ「ピテカントロプス・エレクトス」のオープンにともないハワイから帰国。
      「ピテカン」のレストラン・マネージャーに従事し、そこで音楽、アート、ファッションとあらゆるジャンルの
      人や物と出会い強い影響を受ける。
1984年から15年間、「シャビー・ジェンティール」にて販売マネージャー/バイヤーとして働く。
1999年、富士五湖にて友人との共同出資によるレストラン・カフェをオープン。
2002年、マルタ島へと渡欧。
      義兄の経営する「レストランZEN」にて働く。
2004年、最愛の父の癌宣告の知らせに帰国。12月父永眠。
2006年、5月、1年間の旅を計画し出発。
     そのほとんどをインド、リシュケシにて過ごす。
2007年、6月、帰国。現在に至る。

上記内容は本書刊行時のものです。