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日本および日本人論
- 初版年月日
- 2012年8月
- 書店発売日
- 2012年8月1日
- 登録日
- 2012年7月24日
- 最終更新日
- 2012年7月24日
紹介
日本人の感性・過去と未来・政治と社会を問う!
日本人の感性の問題、これからの日本の行方、そして資本主義の現在――
保守とリベラルを代表する二人が、多彩なゲストとともに、
現代の日本社会の焦点となっている問題を語り合う。
世代、イデオロギー、専門分野を超えた知の対決により、生み出される新たな地平。
時代を読む羅針盤として、まさに必携の一冊。
目次
はじめに──佐高信
第1章 日本人の感性を探る──なかにし礼・田中優子・西部邁・佐高信
「石狩挽歌」に見る北国の風景
歌詞に過去の「幻」が繰り返される
江戸のまなざしは北へと向かう
異国としての北海道、そして旧満洲
日本の中のアメリカ
港という外界の窓
「蒙古放浪歌」を歌う
軍歌はなぜワンパターンなのか
江戸時代から歌謡曲の系譜は続く
美空ひばりの凄さ
鼻歌交じりの裕次郎
拘置所に響く「アモーレ」
体験を超えて、世代を超えて
引揚者の特異性
引き継がれるということ
六〇年安保と「アカシアの雨がやむとき」
歌を歌わない哲学者は信じない
第2章 これからの日本の行方は?──黒鉄ヒロシ・加藤陽子・西部邁・佐高信
「歴画」はどうして生まれたのか
『龍馬伝』をめぐって
「ヒストリカル・イフ」をやりたくて漫画家になった
司馬さんは尾根筋を歩いた
言語は絵画から生まれた?
歴史はどこまで本当なのか
卑怯者は嫌い
今から振り返って気がつく過去をもう一回見ていく
「尾根筋を歩く道」はなかったか
当時の人たちの気持ちになって推測する
もしアメリカと戦わなかったら
「受忍論」の欺瞞
死者の声を聞くということ
第3章 資本主義とは何か──柴山桂太・中島岳志・西部邁・佐高信
「我が亡き後に洪水よ来れ」
自由放任が危機を生む
自由は山巓の空気に似ている
自民党の「勘違い」
絆がなければ市場経済は破裂する
合理的期待形成仮説という錯誤
自由化してもイノベーションは起きない
真の意味の自由は保護膜の発達とともに成り立つ
日本の公務員数はOECD諸国で最も少ない
基本的に人間存在というのは「想定外内存在」だ
孤立化する若者たち
最後の頼りどころは国民自身
構造改革に反対した人だけがTPPに反対できる
橋下徹という問題
カーニバル化する社会
アメリカへの幻想で生まれた小選挙区制
政治家を学校で養成できるのか
「性急な思想」が何かを壊す
おわりに──西部邁
前書きなど
おわりに
世知辛い世の中で、メディア関係者が「水平化の大鎌」(キルケゴール)をふるいつづけるものだから、表現者の人格におけるインテグリティ(総合性、一貫性、誠実性)がなかなか表現されない傾きにある。つまり、話題が断片化され論述が専門化され、しかもそれらが世論の動向に逆らうことのないように色付けされ配置されるのである。それは、もう避けようのない成り行きだ。
で、この成り行きに残念を覚えるものは、社交の場に出かけ、そこでのフェイス・トゥ・フェイスの接触を通じて、互いの全人的な表現の交換を楽しもうとする。ところが、社交の場も世知辛く、一つに、黄色人種におけるアルコール分解酵素の不足のせいもあって、すぐに酔っ払う者が多く、会話がすぐ滞ってしまう。二つに、ストレス社会から身を守るためであろう、仲間内で集まることが多く、まろうど(客)からの刺激が乏しいものだから、話が閉じられがちとなる。
そんなわけで、ずいぶん前から私は、TVという最も俗悪とみなされている場所における異分野の客たちとの議論を、たとえそれが雑駁に流れようとも、ただし司会者が阿呆ではないという条件付きで、大事なものとみなしてきた。一つに、映像のおかげで身体言語を駆使でき、そのおかげで、その人の思想にとっての母体となっているセンチメンツ(根本感情)がおのずと表現される。二つに、不特定多数の視聴者が観ていることを前提にしているので、表現が専門知のなかに閉塞されないですむ。三つに、客同士の会話にあってはマナーやエチケットが守られることが多く、その結果、表現が過剰な自己主張に特有の矯激さを免れることができる。人間精神のウルフェノメノン(原現象)ともいうべき会話、それがテレ(遠方)からのヴィジョン(映像)によって可能になるというのは、文明の皮肉には違いない。しかしその皮肉を愉快とみなすのでなければ、現代人は世知にまみれて窒息してしまうのではないか。
本書に収録された座談の数々は、司会役を買ってくれた佐高信氏の巧みな手綱さばきと、出席された稀人諸氏のサウンド(健全)なサウンド(音)の組み立てから成る妙なる話術の然らしむるところ、上出来の社交となりえたと思う。出席者の皆様、そしてTVの撮影および本書の編集に携われた方々に、深く御礼申し上げる。
平成二十四年六月二十六日 西部 邁
上記内容は本書刊行時のものです。
