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辛淑玉的危ういニッポン考
- 初版年月日
- 2010年12月
- 書店発売日
- 2010年12月1日
- 登録日
- 2010年11月9日
- 最終更新日
- 2011年7月21日
紹介
「菅直人は力量不足だ」「この国の政治は、言葉にできないほど愚かだ」「死刑は、力あるものには適用されない」「ブタになっても生き残れ」在日を生き抜く著者が、危ういニッポンの姿を喝破します。『辛淑玉的現代にっぽん考』に続く第2弾です。
目次
1 選択の末路──石原東京都知事を考える
選択の末路
禁じ手
底意地の悪さ
そりゃ、知るべきだ
恥知らず、海を渡る
公務員の品格
校長の品格
タヌキがいっぱい
尻拭いは夫のだけで十分
「オレは男だ」ってか
2 危うさの中で
危うさの中で(上)──石井好子さんと見つめた若者
危うさの中で(中)──川田悦子さんとの出会い
危うさの中で (下)──川田龍平さん
高齢者の無血革命
奴隷労働
調和のとれた生活って、どうよ?
嫌な気分だ
与野党右傾化の連帯
パレスチナの生命の価値
民族差別としての沖縄
定数削減は強者の独り占め
夏の季節イベント「核廃絶」劇
反省の痕跡はどこに?
1%の人たち
領土問題で興奮する人たち
主権侵害
3 ブタになっても生き残れ
生前葬
母殺し
ごめんね
仕返しか?
金持ちが壊れたときの怖さ
ブタになっても生き残れ
犬猫はOK
そこに反応するのか?
自分が問われる時
高齢者はどこに?
議員の善意を飾るための「人権」
死刑について考える
(1)そりゃ、殺したいよ
(2)そんな仕事させるなよ──究極の責任回避 鳩山法相
(3)望んでいる奴に死刑は有効か?
(4)死刑とはポアすること
(5)涙の意味
(6)本当ですか
(7)公平なのか
(8)殺されても殺さない
(9)人身御供としての袴田巌さん
4 こみあげる不安
言葉による分断
相撲業界ってそんなに偉いのか
またぞろ、「外国人初」
そんなの関係ねー
北朝鮮内部からの通信──季刊リムジンガン
多様性かぁ
巧みなジェノサイド
ちっぽけな誇り
笑えません
死者と語る霊能者
こみあげる不安
またぞろ八つ当たりかぁ
勝手に決めるな
拉致被害者家族がうらやましい
右も左もサッカーチャチャチャ、かぁ
「いつか、こうへい」を願った金峰雄
5 男のバカは国境を越える
ポストフセイン
男のバカは国境を越える
賞味期限切れ
オンナが支える女子プロボクシング
消費される「男」
敵か、子分か
前書きなど
はじめに ── 声にしないとわからない
あれほど熱狂的にオバマ米大統領を支持した人たちが、掌を返したように批判を始めている。それは、米軍が今なおアフガニスタンでの殺戮を続けているからではない。
彼らが憤っているのは、自らの利益が減るからだ。歴代大統領の誰もなしえなかった医療保険制度改革は大きな政府を作り、その結果、税金の負担が高くなるから嫌だというのだ。そこには、金があるものしか助けないという明確な線引きがある。弱者は死ね、と。
中間選挙では共和党より危ういティーパーティーという政治団体が台頭して共和党の議席を増やし、民主党を歴史的大惨敗に追い込んだ。
日本でも、昨年の衆議院議員選挙における民主党支持の熱気はなんだったのだろうと思うほど、いまは民主党叩きが横行している。これもまた、選挙時のリップサービスが実行されないことへの苛立ちの表れだ。加えて、受け狙いで変節しまくったことへの失望感もあるだろう。有権者の心根の底にあるのは、「私のメリットになるかどうか」であって、次の世代にどのような社会を残すのかという視点は感じられない。いわんや、自ら進んでこの社会を作ろうというものではない。
民主党だって、あれほど「弱者のために」とうたっていたにもかかわらず、政権を取ったとたんに一票を持つ日本国民(私のような在日は入らない)のための政府として、少数者や弱者の味方のふりなどかなぐり捨ててしまった。小難しい問題はさっさと振り分け、手間がかかって利益にならない少数者は徹底的に排除する。
戦後補償裁判など、自民党政権の時となんら変わりなく、補償の対象から旧植民地出身の兵士たちを排除した。殺されるときは一緒でも、助けるときには人間の命に明確な序列をつける。そんな歴史的不正義の前でも平然としている。その豹変ぶりは、まさに主演男優・女優賞ものだ。
そしてもっと滑稽なのが、野党となった自民党や公明党である。自分たちがやってきたことをすべて棚に上げて「国家運営」を語る姿には、政治家とはこれほどまでに恥知らずでなければ務まらないのかと、いまさらながら感動したほどだ。そのどれもが、「国民の声」に応呼した行動なのだ。
己の利益しか考えない有権者と、その声にしか反応しない上っ面だけの政治家たちの連合の下で、声すら上げることのできない人たちが、誰にも認識されることなく、今日も、いまこの瞬間にも、一人、また一人と押しつぶされている。
たとえば高齢者の行方不明事件。当時の厚生労働大臣は、年金が支給されていて所在がわからない人を洗い出すとコメントした。
私の知り合いの中だけでも、祖父母の年金だけを頼りに生活している家が三世帯もある。もしその祖父母が他界したら……。葬儀をし、その死亡届けを出すことは、一家の生活が破綻することを意味する。無一文になった彼らが安心して葬式を出せる社会が、いまどこにあるというのか。そんなことすら想像せずに、高齢者の行方不明事件が起きるたびに、ひっそりと生きていた人たちを「税金泥棒」と社会全体でバッシングする。貧しくさせておいて、そして叩くのがこの国の行政のあり方だ。
落ちたら終わり、誰も救ってくれない、ということを肌で感じているからこそ、「オレの利益」を最優先する。そして、扇動が上手で、悪を成敗する正義の味方のように見える政治家に票を投じては、あぁ、やっぱ駄目だった、相手を変えよう、と、何度でも同じ過ちを繰り返す。
この現象、男の再婚とよく似ている。私の周りでは、一度結婚生活が破綻した女たちは「もうコリゴリ」と言って自分自身の生活を新たに作りはじめるのに、男たちは懲りずに何度も離婚結婚を繰り返している。相手が変わればなんとかなると思っているのだろう。絶えず同じ行動様式で、同じ失敗を繰り返しているのに。
日本の経済も、バブルがはじけて以降、同じ過ちを繰り返してきた。これではだめだと言って行動する人たちがいるかと思えば、その多くはゴリゴリの排外主義者で、ナショナリズムをよりどころにしている。その姿はあまりに切ない。そんな状況の中で領土問題が起きると、この社会では踏み絵が始まる。「反日」か「親日」かと。日本が好きなら文句を言うな、嫌いなら出て行け、の大合唱の中、好きも嫌いもない、観念的な質問には答えられないなどということは許されない空気が漂う。
国会では、菅直人首相が「男らしく!」と石原伸晃自民党幹事長から言われた。
男は、暴力をベースとした「男らしさ」の呪縛から逃げようとしても、逃げれば「女みたいだ」と男の集団から揶揄される。行き場のない男の憤懣が国会内を徘徊し、中国や北朝鮮に対する強硬論として噴出する。そう、オレは強いんだ、ばかにするな! なめられたらいかん! と。
そんな空気の中で生きるのは本当にしんどく辛い。だから、日々の思いを口にしてみた。
口にできる私は、まだ息をしている。私はまだ抹殺されていない。
息が続く限り声にしていかないと、生きている意味がないじゃないか。
本書は、新社会党の機関紙で毎週掲載されたコラムを、テーマごとにまとめたものです。
日々のつぶやきを、読者の人たちから毎週楽しみにしていたと言われるたびに、私の声を聞いてくれてありがとうという思いにかられます。声が多くの人に届き、共通の思いを持った人たちと早く手をつなぐことができればと、このコラムを世に送り出すことにしました。
短い間にシリーズの第二弾を出していただいた七つ森書館には心から感謝します。
ありがとう。
上記内容は本書刊行時のものです。
