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普及版 ガイサンシー《蓋山西》とその姉妹たち
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2011年8月
- 書店発売日
- 2011年8月12日
- 登録日
- 2011年8月8日
- 最終更新日
- 2011年8月8日
紹介
「ガイサンシーって,何のこと?」私はたずねた。
「ガイサンシーさえ知らないの? あなたがこのことを調べるなら、まずガイサンシーのことを知るべきだ。彼女は日本軍に一番ひどい仕打ちを受けた人で、最初に日本軍のトーチカに連れて行かれた一人なのだから」――1995年、こうして、中国山西省における中国人女性に対する、日本軍の性暴力に迫る著者の長い旅が始まった。
民族や国家、時代をこえて、女性、子どもへの差別・暴力の根絶を訴える!
ガイサンシー《蓋山西》とよばれた女性と数知れないその姉妹たちが、日本軍からうけた性暴力の事実と背景を9年の歳月をかけて追う。
目次
主要目次
第一章 蓋山西との出会い
第二章 蓋山西を中心に歴史調査
第三章 戦争時代の蓋山西
第四章 蓋山西―進圭村での日々
第五章 蓋山西たちの戦後
第六章 永遠に記憶される蓋山西
エピローグ 中国には多くの”蓋山西”がいる
普及版によせて
前書きなど
『ガイサンシーとその姉妹たち』 増刷に寄せて
2011年、新作のドキュメンタリーと本が日本で公開・出版される直前のゴールデン・ウィークに、一時帰国した。山西省に住む戦争被害者の万愛花さんが危篤という連絡があったからだ。新作のテーマは現在の中国政治、社会を率直に批判するものでもあったので、安全のため帰国を慎重に、という意見もあった。しかし、万愛花さんに出会ってから来年で二〇年が経ち、支えが最も必要な時なので、大原に飛んだ。
この三、四年に、中国の老婦人たちは相次いで世を去った。2007年の11月から翌年の初めの2ヵ月余という短い間に、山西省盂県からは三人の老婦人の訃報が届いた。老衰、病死、事故死だった。その中の一人・高銀娥さんは夫婦ともに二酸化炭素中毒だったと聞き、ショックは大きかった。十数年も現地へ通ってそれぞれの事情がわかる私には、高さん夫婦と、こういう形で永別することになるとは思いもよらなかった。
高銀娥さんに出会ったのは96年の春だった。日本から支援金をたずさえて初めての支援を行った。現地に入って、支援をもっとも必要とし、体調や生活環境の厳しい人を探した。その時であったのが高銀娥さんだった。当時70歳を過ぎていたが、お腹は妊婦のように大きかった。動けない。病院に行く費用はない。家では棺桶が用意されていた。性暴力の被害者への支援の手順として戦争被害事実を確認した。本書の94ページから96ページに紹介した。
県の病院で検査を受けて卵巣膿腫が発見され、手術をした。5キロあまりの膿を摘出して奇跡的に回復した。それから10年、体は元気そうだが、だんだん年老いていく二人がどう支えあってていけるか、といつも心配だった。台湾や韓国にある性暴力被害女性たちのための保護施設が必要とされるが、中国では不可能だった。高銀娥さんの家は、一面だけ窓とドアがあって、ほかは土の中あるヤウトン式の住宅だった。厳しい冬に練炭で暖をとることは、一酸化中毒の危険性もあったのだ。海外からの人道支援は、生活環境の抜根的な改善までは、至れない。彼女の暮す国の政府がそういう役割をすべきだと思うが、現政権は、その政権維持を最重視し、人道、正義、社会福祉などすべてが政治に左右される。戦争時代の性暴力被害者である老婦人たちは見殺しにされているとも言える。
そして今年、太原市の中医病院の病室で、万愛花さんに会った。病床に横たわり、点滴を受けていた。日本から支えてきた日本人を代表して訪問に来た私を見て、何か感じていただろうが、言葉にならずに手を差し伸べてくれた。地震の被害などを聞かれ、雑談をした。体のことを聞くと、胃と心臓が弱っているという。しばらくすると、独り言のように、自分が4歳の時、人身販売者に内蒙古から山西省に売られて、背が高かったため、さらに4歳を水増しして、8歳の子供として売られたことなどを話しだした。強い祖国を守る願望を抱いていたため、共産党地下組織のリーダーに「有望」と見られ、共産党員、村の副村長まで抜擢されてしまった。そして一年後に日本軍に捕まれ、性的な暴行だけではなく、体が変形するまで拷問を受けた。といつもの話を繰り返して呟く。このような被害を受けて日本で10年も裁判を闘った挙句、いずれも敗訴だった。病床に横たわる彼女は私に「なぜ、日本政府は我々にごめんなさい。すみませんでしたというような謝罪をできないのか?」と言った。ここ数年、日本との裁判が最高裁まで行っても日本政府の明白な謝罪を得られないことが彼女の心に残された新たな傷だろうか。日本政府は、加害者側の代表として村山首相談話というかたちで、周辺諸国にお詫びの気持ちを伝えたが(1995年8月15日付)、それだけを強調して、政府、国家としての正式謝罪、明文化、国会決議という形の心からの謝罪、反省を拒み続けてきた。日本の政治環境の中で数々の戦争犯罪に関する訴訟もほぼ全部が敗訴となっている。日本は自ら戦争犯罪について反省、謝罪、賠償のチャンスを逃した。万さんが私に聞いたのは、日本に長く住み、事情が分かるだろうと思っただろう。しかし彼女たちは、謝罪を受けることもなく、闘病した末、あいついて他界している。日本政府は、正式な謝罪を拒むだけで、罪の重い遺産を後世に背負わせ、心理的、道義上の重荷をかけた形となる。同じことが現在の中国についても言える。政権樹立に犠牲や貢献した一般市民の被害、存在を無視し、近代民主、文明国家とほど遠い中国では、自国民がうけた性被害問題を無視、看過、他国の罪だと見ている。同じあやまりが繰り返されているようだ。
「ガイサンシーとその姉妹たち」の悲劇は今日、彼女たちの周りで繰り返されている。「経済大国、人権小国」である今の中国では、女性への性暴力、人権侵害が多発している。経済成長をだけを重視し、権力腐敗、司法や世論の監視機能の消失により、倫理観、道徳レベル、人権意識が低下していて、旧日本軍の慰安婦制度の、最大の被害国である中国で、今現在、女性への性暴力被害が増えている。絶対的な権力支配、その支配下に誕生した拝金主義、貧富の差、女性差別が大きくなっている。官僚、金持ちは若い女性を囲い愛人にする。それが社会風潮、男性の名誉、能力になっている。ある意味で「中国共産党文化」になっている。
性暴力被害者である未成年の若い女性は農村の貧困地域の家庭の出身が多く、新たな人権侵害、差別、組織的権力犯罪となっている。最近では、福建省現職の警察による集団レイプで死者が出た事件や、湖南省の一四歳の農村少女はが、交通巡査などの役人の集団猥褻に抵抗して飛び降り自殺をするなど、女性への悪質な性暴力加害は絶えない。まさに「ガイサンシー時代の悲劇」を中国人が今の中国で再現している。
戦後60周年にあたる2005年を過ぎて、日中戦争を含む過去の戦争に関わる話題や催し、運動も、両国ともめっきり少なくなった気がする。戦争問題はすっかり遠い過去になってしまい、敬遠されてしまったようだ。戦争世代も少なくなり、戦争体験を持つ人たちの不在が要因の一つではあるが、戦争の真相解明、補償問題など数々の未解決問題に意識的に終止符を打ち、目の前の経済成長を優先にする政治指導者たちの「未来志向」という現実主義の一面が強く表面に浮かんでいる。
日本の教科書もこのような歴史を意識的に削除し、伝えることが難しくなった環境では、若い世代の頭と心の中では、人間性を問いかける、もっとも大切で人生の教材となる歴史が白紙に化してしまうのではないか、と危惧する。
また、中国ではこのような戦争被害者への政府の無関心から、支援、保護などが行っていない。個人的に、1995年に中国で生きる戦争性暴力被害者を調査、取材し始めたとき、70人余りの婦人が健在していた。今ではわずか20数人が生存している。高齢化に伴い、辺鄙な土地に住む人が多い彼女たちの晩年はますます厳しさが増している。子供にめぐまれなかった人も多く、十分な福利厚生のない農村では、悲惨な老後を迎える。しかし、少数ではあるが力をあわせて中国人性暴力被害者を支えている日本人がいる。良心に基づき、人道的に力をつくし、被害者のために声をあげ、支援を行って、彼女たちの心を暖めている。
普及版発行にあたり、日本政府の彼女たちに心のこもったお詫びを求めるとともに、彼女たちの現状と過去を広く日本人に伝えてもらえるようにお願いする。と同時に、中国政府や、民間に、彼女たちへ支援、関心を呼び掛けたい。民族や国家、時代をこえて、女性、子どもへの差別、暴力を根絶しようと訴えたい。これは「ガイサンシーとその姉妹たち」が私たちにもとめることであり、期待でもあると思う。
班忠義 2011年7月
版元から一言
2006年の初版から、映画と共に読みつがれてきたこの本の普及版が登場。永く読みつがれて欲しい気持を込めて、並製で発行し価格も安くしました。
上記内容は本書刊行時のものです。
