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生命の音楽
ゲノムを超えて システムズバイオロジーへの招待
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2009年7月
- 書店発売日
- 2009年7月10日
- 登録日
- 2010年2月18日
- 最終更新日
- 2010年6月3日
書評掲載情報
| 2009-09-13 |
朝日新聞
評者: 尾関章(本社論説副主幹) |
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目次
◆生命の音楽 目次
はじめに
第1章 生命のCD ― ゲノム
シリコン人間
DNAマニア
遺伝子決定主義のさまざまな問題点
遺伝子決定主義はなぜアピールしたのか
生命は蛋白質のスープではない
二つの比喩の位置づけ
第2章 3万のパイプを持つオルガン
中国の皇帝と貧しい農夫
ゲノムと組み合わせ爆発
3万のパイプを持つオルガン
第3章 楽譜 ― それは書かれているか
ゲノムは「生命の本」か
フランスのビストロのオムレツ
言語のあいまいさ
シリコン人間再び登場
第4章 指揮者 ― 下向きの因果関係
ゲノムはどのように演奏されるか
ゲノムはプログラムか
遺伝子発現の制御
下向きの因果関係は種々の形をとる
別の形の下向きの因果関係
生命のプログラムはどこに?
第5章 リズムセクション ― 心臓拍動とその他のリズム
生物学的計算の始まり
心臓リズムを再構成する ― 最初の試み
統合的レベルでの心臓リズム
システムズバイオロジーは仮装した「生気説」ではない
それは仮装した還元主義でもない
そのほかの自然のリズム
第6章 オーケストラ ― 身体の種々の臓器とシステム
ノバルティス財団における討論
ボトムアップの問題
トップダウンの問題
ミドルアウト!
身体の種々の臓器
仮想心臓
第7章 モードとキー ― 細胞の奏でるハーモニー
シリコン人間、熱帯の島々を見つける
シリコン人間の間違い
細胞分化の遺伝的基盤
モードとキー
多細胞のハーモニー
「ラマルキズム」の歴史に関する覚え書き
第8章 作曲家 ― 進化
中国式書字システム
遺伝子におけるモジュール性
遺伝子 ― 蛋白質ネットワーク
安全性を保証する重複性
ファウストの悪魔との契約
生命の論理
大作曲家
第9章 オペラ劇場 ― 脳
私たちは世界をどのように見るのか
アジズのレストランで
行動と意思 ― ある生理学者と哲学者の実験
レベルが違えば説明も異なる
自己は、神経細胞のレベルの対象ではない
冷凍された脳
生き返る自己?
第10章 カーテンコール ― 音楽家はもういない
木星人
自己と脳についての見方における文化の役割
比喩としての自己
音楽家はもういない
訳者あとがき
文 献 (7)
索 引 (1)
前書きなど
◆生命の音楽 著者はじめに はじめに
「生命とは何か?」この問いには、多くの方法で迫ることができます。そのひとつは科学です。この立場からでさえ、いろいろな回答がありえます。というのも、現代の科学者たちは、この問いに実にさまざまな解釈をしているからです。さらには、生物学の進歩が大変急激なので、一世代ごとに、ほとんどまったく一からこの問いに取り組む必要さえあるのです。
人類が初めて遺伝物質がDNA(デオキシリボ核酸)という分子であること、そしてそれが塩基と呼ばれる4種類のとてもよく似た化学物質の長い分子の鎖であることを発見したのは、ほんの50年前のことでした。現在では、
・私たちは、人間の全DNAであるヒューマンゲノムが30億の塩基対であることを知っています。さらには、これらの塩基対のすべてを同定しました。
・私たちはまた、これらの塩基の構成がどのように蛋白質生成を行うかを知っています。おのおのの蛋白質に対して、遺伝子は鋳型を提供しています。蛋白質の構造配列は、そのDNAにコード化されています。私たちはこのコードがどのように働くのか、ある程度知っています。
・その意味では、私たちは、DNAがコードする多くの蛋白質のアミノ酸配列と構造を知っています。
生物科学は、いままでこれほど急激に進歩したことはありませんでした。
それでは、このことがどのように私たちの生命観に影響を与えたでしょうか? 多くの疑問に答えが出ましたが、さらに多くの疑問がそのままになっています。私たちが到達した解答は、私たちが従ってきた研究のプロセスを反映しています。この半世紀以上にわたって、私たちは生物体をもっとも小さな要素、遺伝子、分子へと分解して、進んできました。ハンプティダンプティは何十億という部分へとバラバラにされたのです。これはとても印象的な成果です。
たとえば、いまでは、中年になって突然心臓死を引き起こすようになる遺伝子変異が特定されています。なぜある特定の時にこの遺伝子が作動するのかはなおわかってはいませんが、この連鎖の主な段階のほとんどすべてが明らかになっています。このような成功事例が次々と報告されています。しかしながらその頻度は、ヒューマンゲノム・プロジェクトが宣言されたときに楽観的に予想されたほどではありません。ヘルスケアへの利益は、ゆっくりとしたものです。
それはなぜでしょうか? その理由がだんだんと明らかになりつつあります。これは、微小スケールの事象がどのように大きな総体にかかわるのか、ということに関係しています。私たちは多くの分子メカニズムを知っています。そしていま挑戦しているのは、その知識をスケールの大きな総体へ適用することなのです。では、私たちは生命システムの全体を支配するプロセスを理解するために、微小なスケールに関する知識をどのように使えばよいのでしょうか? これはたやすい質問ではありません。遺伝子からそれらがコードしている蛋白質、そしてこれらの蛋白質間の相互作用へと問題が移るやいなや、とてつもなく複雑になるのです。しかし私たちはこれらの複雑性を理解する必要があります。それが分子の、そして遺伝子のデータを解釈し、「生命とは何か?」という大きな問いに、新しい有用なことばで語ることの基盤となるのです。
これは、遺伝子情報を読むことによって生じた挑戦です。私たちは、バラバラになったハンプティダンプティを再び一つに戻すことができるでしょうか? 「システムズバイオロジー」という学問が生まれたのには、このような背景があります。これは、歴史的に見ると、一世紀以上も昔からある古典的な生物学と生理学をルーツとしてはいますが、生物科学の新しく、そして重要な展開なのです。しかしながら、最近数十年間、生物学者たちはきわめて狭く生物の個々の要素の研究に集中する傾向がありました。それぞれの要素がどのような特性を持っており、それによって、短い時間のうちにどのように他の要素と相互作用するのか、というようなことを探究してきました。しかしいま、私たちは、いくつかのより大きな疑問を対象とする準備ができました。それは、システムについてです。生物のそれぞれのレベルにおいて、そのたくさんの要素は統合されたネットワーク、あるいはシステムの中に組み込まれています。そのようなシステムは、それぞれ独自の論理を持っています。単にシステムを構成する要素の特性だけを研究していては、その論理を理解することはできません。
本書はシステムズバイオロジーについての本です。また、システムズバイオロジーの前提条件やその潜在的重要性についても述べています。生命の探究におけるこの段階において、私たちはその基本を再考する準備を整えるべきだと主張します。
分子生物学では、ある決まったものの考え方が求められます。それは、部品の名づけや振る舞いに関するものです。私たちは全体をその要素レベルにまで還元し、それらの特性を徹底的に明らかにします。生物学者はいまではそのような考え方にまったく慣れてしまっており、関心のある一般の人びとも、そう考えるようになってきています。私たちはまさに次に動きだす時期にきているのです。システムズバイオロジーこそが、私たちの向かおうとしている場所です。ただ、分子生物学とはきわめて異なった考え方が必要とされます。それは一部を取り上げるのではなく、一つにまとめる作業であり、還元ではなく、統合です。それは、還元主義のアプローチから学んだことからスタートしますが、その先へと進みます。私たちは統合についての考え方を確立する必要があります。それは還元主義の手順と同じように厳密ですが、異なったものであるはずです。これは大きな変化です。純粋に科学的なことを超えた拡がりを持っています。それは、あらゆる意味において、私たちの哲学を変革していくことになるのです。
いかにして、そのような変化を引き起こすことができるのでしょうか? 私は議論を巻きおこす本を書くことを選びました。この本では、生物学で現在受け入れられている多くの定説(ドグマ)を過激なまでに分析しています。いくつかのドグマに関しては覆しもしています。この本は、システムレベルのアプローチの必要性をはばかるところなく擁護します。それは、還元主義的分子生物学の成し得たことに私が感銘していないからではありません。それとは逆に、私は偉大なる還元主義が推進してきたすばらしい成果が、生物科学に多くの果実を実らせるところを見たいからなのです。
第5章で述べる通り、私は「正真正銘の」還元主義者として生理学の研究キャリアをスタートしました。私はいかに還元主義の科学が成功をおさめてきたかを知っていますし、私自身、自分の分野において多くの成功をおさめてきました。私は還元主義的科学の方法論を、生体内の臓器機能をシミュレーションする現在の研究で定量的に用いています。そしてそれは、ここ十数年間に、私がいかにしてバランスを調整する必要があることに気づいたか、ということでもあるのです。もしも私たちの皆がみな、下のレベルへ下のレベルへとのみ研究に精出していたら、誰もより大きな絵を見ることができないでしょうし、また大きな絵を描こうにも、何が必要なのかわからないでしょう。システムレベルでの統合は還元主義の成果があってこそ成し遂げられることですが、還元主義だけでは決して充分ではありません。
他の論争家のように、私は比喩(たとえ話)を多く用います。また、いくつかの物語もしましょう。本書を楽しんで読んでいただけるよう、そして読者のみなさんが揺り動かされて、現在の多くのドグマから解き放たれるようにしたいからです。
1944年、エルヴィン・シュレーディンガーは注目すべき本を著しました。その中で、彼は遺伝子コードが「非周期結晶」、すなわち定期的な繰り返しのない化学物質の配列であると正確に予測しました。当時の多くの科学者たちのように、彼はDNA内よりも蛋白質内にコードが見つかるだろうと考えていたので、彼が述べたことは彼が予想していた場所にはなかったわけですが、しかしそれでもなお、それは存在していたのです。彼の洞察の多くは、それ以降私たちが理解してきたことと、とてもよく合っています。わずか100ページ足らずで、彼はそれ以前の生物学の基本的な種々のパラダイムを転換したのです。
この本は、彼の本と同じくらいの長さです。私は最初、タイトルも同じ「生命とは何か?」にしようかと考えました。しかし、私はそこまで大胆ではありませんでした。そのかわり、私はこの本で用いた主要な比喩、すなわちシステムレベルの生命観は音楽に比すことができるという考えを反映するタイトルを選びました。もしもそうであるなら、その楽譜は何で、作曲者は誰なのでしょうか? したがって本書全体にわたる中心的な課題は、「もしどこかにあるとするなら、生命のプログラムはどこにあるのか?」ということです。フランスのノーベル賞受賞者、ジャック・モノーとフランソワ・ジャコブは、著書の中で「遺伝子プログラム」について述べました(Monod and Jacob, 1961; Jacob, 1970)。生命体の発生のための設計図は、遺伝子の中にあるという考えです。同じ考えは、ゲノムが「生命の書」(一種の青写真)であるという表現で一般にもよく知られています。遺伝子が原因因子として主要な役割を担うという考えもまた、リチャード・ドーキンスの大きな影響を与えた本『利己的な遺伝子』(Dawkins, 1976)によって大いに強められました。
この本のテーマは、そのようなプログラムはなく、したがって生物学的システムには因果関係における特権的なレベル(階層)などないということです。第1章では、本書の残りの部分の基礎となることがらを述べています。まず、ゲノムを、うまくできた生物体を「創る」プログラムというよりは、成功している生物体を「継代」してゆくためのデータベースとして書き直すところから始まります。次のステップは、「利己的な遺伝子」という比喩を「囚人としての遺伝子」に置き換えることです。これら二つの根本的な認識の転換は、この本の残りの部分を理解していく上で必須です。「遺伝子プログラム」「生命の書」そして「利己的な遺伝子」という考えが(誤って)広く普及していることに対処する必要がある一方で、これまでこれらの考えの発展を担ってきた科学者たち自身が、そのように解釈されていることを必ずしも正しいとは考えていないということを、付け加えたいと思います。たとえば、リチャード・ドーキンスが、「プログラム」という考えについての最良の批判をいくつか書いており、彼自身、遺伝子決定論者ではまったくないのです。
本書は十章で構成されています。各章は、生命の生物学のいくつかの側面について、それぞれ異なった音楽的比喩を用いています。第1章のゲノムから始まって、第9章の脳まで進みます。そして第10章は一種のコーダ [楽曲の終結部] として、独自に構成されています。
版元から一言
ドーキンスの『利己的な遺伝子』以来、私たちは、遺伝子こそが生命の基本だという考えをもつようになったようです。しかし、遺伝子=「生命の書」ではありません。CDに刻まれたデータだけでは音楽にならないように、いくらゲノムが解明されても生命を理解することはできないのです。本書は、音楽に譬えながら、生命を遺伝子、細胞、器官、系、身体、そして環境のあいだの相互作用とフィードバックのプロセスの中に捉える、新しいシステムズバイオロジーへと私たちを誘います。本書を読めば、遺伝子中心の生命観が根本的に変わるのを経験するでしょう。心臓生理学の世界的権威である著者による、たいへん分かりやすく、読んで面白い入門書です。
上記内容は本書刊行時のものです。
