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在日男性からの電話

つい最近のことですが、在日朝鮮人の男性の方から電話をいただきました。年齢を聞いたわけではないのですが、声の感じは五、六十代。時間の余裕ができたので、古墳時代、奈良時代からこのかた、朝鮮半島から日本に移住してきた渡来人の歴史について、さまざまな本を読んでいるとのことでした。

歴史の教員や郷土史家ではなく、一般の方ということでしたが、金達寿氏の『日本の中の朝鮮文化』シリーズからはじめて、相当に学術的な本も読まれているようで、いろいろと耳新しい話を教えていただきました。渡来系文化を考えるための一連の読書の延長で、超マイナー出版社桃山堂、つまり弊社刊行の『豊臣秀吉の系図学』を読んだという電話でしたので、研究熱心さに恐れ入ってしまいました。

秀吉の出自は謎につつまれていますが、母親について、応神天皇治下の5世紀ごろ、朝鮮半島から移住した渡来系氏族(佐波多村主)の末裔で、代々の刀鍛冶であったことをしるす系図があります。虚実の入り混じった系図の世界のことなので、真偽のほどは不詳とするしかないのですが、秀吉の先祖が鍛冶であったということについては、少なからぬ伝承が各地にのこっています。『豊臣秀吉の系図学』にはそのあたりの情報を盛り込み、「近江、鍛冶、渡来人をめぐって」というサブタイトルを添えているので、渡来文化を調べる在日男性の視界に入ったようです。

「もし、秀吉が渡来系の末裔という説がほんとうだとしたら、彼はそのことを知っていたものでしょうか。そうであるならば、腑に落ちることが、いくつかあるように思えます」

というような内容のことを、在日男性は言っていました。たとえば、秀吉が朝鮮半島でつくられた井戸茶碗を偏愛していたこと。現代の茶道においても神聖視される茶碗で、もともとは祭祀用であったとも、ただの雑器であるともいわれています。

文禄・慶長の役と呼ばれる、あの悪評高い朝鮮出兵のとき、秀吉および諸大名は、数多くの朝鮮人陶工を日本に連れ帰り、自領に窯を築かせています。秀吉が茶の湯に耽溺していたことはよく知られていますが、なかでも井戸茶碗に代表される朝鮮のやきものを熱烈に愛好していました。諸大名もそれをよく知っていたので、はげしい戦闘のさなか、競うように腕のよい陶工をさがしていたそうです。

陶工を連れ帰ったのは、一種の戦争犯罪だとされる一方、陶工たちは日本で武士に近い厚遇をうけたのでそのまま定住したという説もあって、例のごとく、見解が分かれる問題ですが、日本の産業史において、秀吉の戦争の結果、有田焼き、萩焼き、薩摩焼きなど、日本を代表するやきもの文化が誕生していることは史実です。九州地方では、秀吉の朝鮮出兵を「やきもの戦争」ともいうそうですが、朝鮮陶工は佐賀県の有田で、磁器(高温焼成で作られる薄く硬質のやきもの)の製造に成功し、日本のやきもの文化に技術革新をもたらしました。


■「やきもの戦争」の前線基地とされた名護屋城(佐賀県唐津市)。いまは石垣が残るだけ。

話は現代史に飛んでしまいますが、第二次大戦のとき、外務大臣を務めていたので戦後、A級戦犯とされた東郷茂徳は、「やきもの戦争」によって薩摩藩に定着した朝鮮人陶工の子孫だそうです。これも電話をいただいた在日男性から教えられたことのひとつです。あとで調べたら、手元にある歴史事典にも書いてありました。

『豊臣秀吉の系図学』で紹介したように、系譜伝承において、秀吉の先祖は古代の日本列島に「鉄」の文化を運んできた渡来人ですが、現実の歴史において、秀吉が連れてきた陶工たちによって、「やきもの」の技術革新がもたらされています。これは歴史の偶然なのか、それとも渡来人の子孫(かもしれない)秀吉が意図した必然なのか。結論を出すのは難しそうですが、不思議な因縁を感じます。

桃山堂は2014年、出版活動をはじめました。出版社を名のるのもはばかられるような小さな規模ですが、歴史を柱にすえつつ、伝承や神話にも目を配り、おもしろい本をつくりたいと思っています。


■名護屋城近くの海岸に沿って全国諸大名の陣屋があった。海の向こうは朝鮮半島。
 
 
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