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健康の自由主義

今年になって水俣病認定の訴訟に加えて、薬を巡る2件の事件で最高裁判決がでた。1月には大衆薬ネット販売、4月には世界に先駆けて日本で承認されたイレッサ薬害事件である。アメリカでは、4月にオバマ大統領が署名して「H.R. 933: Consolidated and Further Continuing Appropriations Act, 2013(包括予算割当法案)」が成立したが、その「セクション735」が「モンサント保護法」と揶揄され議論になっている。その最中、アンジェリーナ・ジョリーがニューヨーク・タイムズ紙に寄稿した「My Medical Choice(私の医学的選択)」が話題をさらった。

医学と農業の化学的アプローチには類似点がある。抗がん剤(化学療法)はがん細胞を殺し、除草剤は雑草を駆除するのが主目的であるが、抗がん剤は正常な細胞も傷つけ、除草剤は益虫や土地を肥沃にする益草も殺す。雑草は土から養分を奪い取り、農作物の生育を阻害するので除草するのが農業の鉄則だろうが、日本には雑草を益草と考えて農作物と共生させる「十草農業」がある。もちろん、薬にも除草剤にも耐性があり、繰り返し使用すると効果が薄らぐ。その結果、薬剤の使用頻度は増え、効能や持続可能性(土の肥沃度)は低下する。このデメリットを補うべく考え出されたのが、がん治療では分子標的薬、農業ではモンサントの遺伝子組み換え除草剤耐性作物ということになろう。問題となるのは、それらの経済性(費用対効果)と安全性で、問題が顕在化したのが分子標的薬ではイレッサ事件、除草剤耐性作物ではモンサントを当事者とする数多くの訴訟とオバマ大統領が署名した法案の「セクション735」である。

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(イチゴを逆さにしたような形の美しい花を咲かせるクローバー。
大気中の窒素を土に固定し、土を肥沃にする)

人類は歴史の大半を昼は昼、夜は夜として過ごしてきた。火を焚かない限り何も見えなかった時代は、科学技術の進歩により人工的な光に照らされる時代にシフトした。これは人類史では最近の変化である。もちろん、薬はヒポクラテスの頃から存在していたらしいが、現在のように化学物質や遺伝子レベルの治療に強く依存するようになったのは、がん外来が日本で一般的になった頃からではないだろうか。決して「原始時代に戻ろう」と主張するのではなく、化学的アプローチに頼って、果たして本当に人類が抱える「病の恐怖」を取り除き、死ぬまで健康であり続けることができるという安心を獲得できるのであろうか。

我々は生きていく限り法律にも縛られる。農業で農薬や化学肥料を使用してもしなくても罰せられることはないが、病気の場合は医療ネグレクトや医師法に違反すると問題になる。日本人は表現、信教などの様々な自由を憲法で保証されているが、「健康の自由」は獲得できていない。事実、健康に害を及ぼすと懸念されている放射能汚染、化学物質、遺伝子組み換え食品などから我が身を護る自由や手段もほとんどない。植物検疫に関連してオバマ大統領が署名した法案に含まれる「健康や環境にリスクがあると裁判所が判決しても、米国農務省は遺伝子組み換え種子由来の農作物の栽培と販売を許可できる」は、モンサントが特許取得した種子に法的なパワーがある以上、TPPを議論する上でも気になる文言である。現在、「モンサントの不自然な食べもの」は全国各所で上演されており、渋谷では「世界が食べられなくなる日」と題して6月8日からイベントが行われている。BSE、鳥インフルエンザ等々で、大量の食物が目の前にあっても食べられない現実を我々は経験済みのハズである。

アンジェリーナ・ジョリーは、今回の困難な治療を続けながら人の幸せのために国連難民高等弁務官事務所の仕事で海外を飛び回っていたという。我々が見倣うべき彼女の不屈の精神は、どうやら「私の医学的選択」の結びの言葉にあるようだ。”Life comes with many challenges. The ones that should not scare us are the ones we can take on and take control of.”(人生とはチャレンジの連続。しかし、それに立ち向かって解決できる困難を恐れる必要はないんじゃない)。

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