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メイク・ザット・チェンジ ソフィア・パーデ & アルミン・リジ(原著者) - 日曜社
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メイク・ザット・チェンジ 世界を変えよう マイケル・ジャクソン 精神の革命家:そのメッセージと運命
原書: MAKE THAT CHANGE- MICHAEL JACKSON: Botschaft und Schicksal eines spirituellen Revolutionärs

発行:日曜社
A5判
縦219mm 横145mm 厚さ45mm
重さ 1222g
931ページ
上製
価格 5,800円+税
ISBN
978-4-9909696-0-8
Cコード
C0073
一般 単行本 音楽・舞踊
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2020年1月20日
書店発売日
登録日
2020年1月24日
最終更新日
2020年5月16日
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紹介

マイケル・ジャクソン没後10年に刊行された本格的評伝の邦訳。著者による寄稿「日本の読者へ」、安冨歩「解題」、ドイツ語原注翻訳、参考文献、索引も収録。本書の題名『メイク・ザット・チェンジ』は、彼の歌「Man in the Mirror」の中の有名なメッセージ、「僕たちは変わろう、世界を変えよう!」という彼の生涯の目標を宣言した言葉だ。メガスターとしての世界的な影響力を武器に、彼は世界の変革を行おうとした。-ただし世界を支配する巨大な勢力を駆逐することによってではなく、愛、癒し、そして子供を守ることによって。
 まさにそれゆえに、マイケルはマスメディアによる根も葉もない誹謗中傷と人物破壊にさらされ、精神の革命家のメッセージはねじ曲げられ、ついには「無害化」される運命を辿った。
 本書の著者たちは、長期にわたる綿密な調査を通じてたどり着いた真実を伝えることによって、誰がマイケル・ジャクソンの名誉と影響力を「永遠に」破壊することを望んでいたのかを、明らかにする。

目次

日本の読者へ
まえがき
序章 
第1章 世界が泣いた
第2章 マイケル・ジャクソンの生涯
第3章 誰も知らない世界的スターの素顔
第4章 長い試練の始まり
第5章 メガスターへの道
第6章 エリテマトーデスと白斑を抱えながら
第7章 孤独と「ヒョウ人間」
第8章 家族、友情、偽りの友人
第9章 天才とその仲間たち 
第10章 集中、瞑想、インド
第11章 いたずら王
第12章 天才、平和大使、博愛主義者
第13章 子供たちや貧しい人々のために
第14章 ネバーランド・バレー・ランチ
第15章 マイケルと命の魔法
第16章 理想の女性像と実際に出会った女性たち
第17章 マイケル・ジャクソンと3人の子
第18章 教育、芸術、読書
第19章 マイケルの精神性と考え方
第20章 人生の目的とメッセージ
第21章 エネルギーのぶつかり合い
第22章 マイケル・ジャクソンが音楽業界で権力を握るまで
第23章 ATVカタログの買収
第24章 1991年・1992年、ライバルと陰謀
第25章 1993年、チャンドラー事件
第26章 『許されざる黒さ』
第27章 マフィアに狙われたラトーヤ・ジャクソン
第28章 マイケル・ジャクソンが陥った苦境、ソニーが差し伸べた手
第29章 世界的なネガティブ・キャンペーンにも負けずにナンバーワン
第30章 差別との闘い
第31章 アル=ワリード王子とキングダム・エンタテインメント
第32章 人類にとって絶好の機会とその破壊
第33章 マイケル対ゴリアテ
第34章 新しいアドバイザー、新しい問題
第35章 マイケル・ジャクソンを欺いたマーティン・バシール
第36章 悪魔のたくらみ――裁判までの道のり
第37章 世紀の裁判
第38章 児童虐待疑惑の黒幕
第39章 ジャーメインの計画と『少年愛と白い肌の真実』
第40章 裁判後のマイケル・ジャクソン
第41章 2006年末、アメリカへの帰還
第42章 包囲網
第43章 コンサート契約の裏側
第44章 マイケル・ジャクソンの死の直前に起こった出来事
第45章 なぜAEGはマイケルを守らなかったのか?
第46章 マイケルの体調と突然の死
第47章 最後の数日
第48章 2009年6月25日の真実
第49章 マイケルの死にまつわるさらなる不審点
第50章 マーレー医師だけの責任?
第51章 マイケルの死について、公式発表以外にまだ何かある?
第52章 2002年7月7日の遺書は本物か?
第53章 「ファミリー・トラスト」と遺書に関するさらなる重要な疑問
第54章 「遺書」はマイケル・ジャクソンの財産を救ったか?
第55章 ジャクソンきょうだいの最後の反撃と「帝国」の力
第56章 新たな虐待非難――あいかわらずのばかばかしい主張
第57章 エステートはMJのカタログ持ち分をソニーに売却する
第58章 「全ては愛のために(It’s all for Love)」
エピローグ
付録1 英国、オックスフォード大学でのスピーチ
付録2 マイケル・ジャクソン、ドナルド・トランプ、そしてメディア
付録3 マイケル・ジャクソンって、誰?
解題 安冨歩
謝辞
原注
参考文献
写真資料
索引

前書きなど

まえがき

 本書のタイトル『メイク・ザット・チャンジ(Make That Change)』はマイケル・ジャクソンが1987年に発表したアルバム『Bad』に収録されている楽曲「Man in the Mirror」の詩に含まれる一節だ。「Man in the Mirror」の歌詞はこう説く。世界の変化は1人の人間─私たちが鏡を眺めたときに目にする人物、すなわち「鏡のなかの男」─から始まる、と。ありきたりな言葉に聞こえるかもしれないが、この考えこそが、じつは暴力も利己主義も無関心もない革新的な世界への扉を開く鍵なのである。詩は次のように始まる。

《僕は変えようと思う
この人生で今回だけは
きっと満足できるだろう
今度こそ変えてみよう
きっちりとやるんだ[……]》

 リフレインの部分で、マイケル・ジャクソンは「さあ、変えよう」と呼びかけ、1行ごとに「変えるんだ=メイク・ザット・チェンジ!」と歌いあげる。ゴスペルのコーラスが始まり、曲は徐々に盛り上がりを見せ、「チェンジ」のひとことで最高潮を迎える。そして最後にマイケル・ジャクソンが静かに語るのだ。「変えるんだ=メイク・ザット・チェンジ」と。

《まずは鏡のなかの男から始めよう
僕はそいつに生き方を変えろと語りかける
メッセージはとても単純さ
世界をよりよくしたいなら
自分自身を見つめて、変えるんだ! [……]
自分自身を見つめて、そして変えろ=メイク・ザット・チェンジ! [……]
やめたほうがいいと思うことは、まず自分がやめるんだ!
(そう、変わるんだ=メイク・ザット・チェンジ!今すぐ変わらなくちゃだめなんだ! [……]
さあ動け、カモン、カモン! 立ち上がれ、立ち上がれ[……]変わるんだ=メイク・ザット・チェンジ》

 マイケル・ジャクソンがこのメッセージを託したのは自分自身とファンだけではない。世界の頂点に立つ支配者や権力者、とりわけこの世界の搾取や貧困や差別に直接加担している人々を含む、全ての人々に向けた叫びだ。

 この「メイク・ザット・チェンジ」という叫びに、世界規模の政治的な意味が込められていることは、「Man in the Mirror」のミュージックビデオを観ればわかる。マイケル・ジャクソンはこの曲のために世界の歴史を彩ってきたさまざまな映像の断片をつなぎ合わせた─アフリカの飢えた人々、街に繰り出し抗議の声を上げる市民、マーティン・ルーサー・キング、デモ隊を武力で鎮圧する警察、住む家をもたない人々、人種間闘争、クー・クラックス・クラン、アドルフ・ヒトラー、軍事パレード、爆撃機から投下される爆弾、ジョン・レノン、ジョン・F・ケネディとその葬儀、ロバート・ケネディとその暗殺、ベトナム戦争、平和コンサート、捕鯨反対派を乗せた船、キャンプ・デービッド合意に臨むエジプトのサダート大統領とイスラエルのベギン首相とアメリカのカーター大統領、ゴルバチョフとレーガン、カダフィ大佐、マハトマ・ガンディー、マザー・テレサなどだ。曲の終わり近くに、アジア人の子供たちの一団が映し出される。よく観ないとわからないが、中央にマイケル・ジャクソンが立っている(このビデオで彼が登場するのは唯一この場面だけだ)。そして場面が切り替わり、さまざまな肌の色をした子供たちが現れ、「メイク・ザット・チェンジ」という呼びかけとともに宇宙から見た地球が映し出されるのである。
 マイケル・ジャクソンはただのポップスターではない。カリスマに満ちた成功者として、彼は精神的な革命家であることを自分の宿命とみなし、平和と愛のメッセージを、あらゆる宗教に共通するもっとも大切なメッセージを発しつづけた。マイケル・ジャクソンは人類の代弁者として、そして世界平和を願う人々の代表として活動した。批評家や自らの教義のみをよしとする宗教家などは、彼をうぬぼれた人物、あるいは自分を救世主とみなす「メサイアコンプレックス」の持ち主だと非難したが、実際問題として、マイケル・ジャクソンはどの政治家よりも、あるいは平和活動家や宗教家よりも、宗教や国家、政治的陣営の垣根を越えて世界中の人々にメッセージを届けつづけたのである。ほかの誰よりも人類の、動物の、地球という惑星の苦しみと希望を感じ取り、それを歌にした。「Man in the Mirror」、「Black or White」、「Earth Song」など、彼の作品の多くは真の意味での告発であり、嘆願の叫びであった。「メイク・ザット・チェンジ」こそがマイケル・ジャクソンの目指すものだったと言える。変化を受け入れるか、受け入れないか─マイケル・ジャクソンが人々を二分する鏡となった……。
 マイケル・ジャクソンはほかの人とは違っていた。そのいわば「異質さ」が私たちの社会の表面的な常識を揺るがし、それどころか、この世界を支配する権力構造をも挑発した。なぜならマイケル・ジャクソンは権力者たちの本質を見抜き、彼らの側に立つことを断固として拒んだからだ。この世界に問題があることを公言し、社会全体の変化の必要性をアピールすることをためらわなかった。同時に彼は、多くの人々の心に巣くう「内なる悪魔」─偏見、不寛容、偽善、ねたみ、差別心など─の存在も暴き出そうとした。
 マイケル・ジャクソンは全世界の人々にとって「鏡」となった。人類一丸となって「よそ者」や「異質な人々」を受け入れるか、それとも拒絶し排除するかを映す鏡だ。つまり、彼はマン・イン・ザ・ミラー=鏡のなかの男であると同時に「マンカインド・イン・ザ・ミラー=鏡のなかの人類」でもあるのだ!
 ここで白状するが、本書の共著者である私も、かつてはマイケル・ジャクソンを快く思わない人間の1人だった。1981年初頭から1998年末まで、私は修道僧としてヨーロッパやインドのさまざまな修道院で、ラジオもテレビも新聞もない生活を送り、世間の動きには無関心に生きていた。その後社会に復帰した私は、マイケル・ジャクソンという世界的なスーパースターが生まれ、「エルヴィス・プレスリーよりも成功している」という話を耳にした。マイケル・ジャクソンという名前こそ聞いたことはあったが、それがどんな人物なのか、そのときまでまったく知らなかった。私がメディアを通じて知っていたことといえば、マイケル・ジャクソンという名の人物が何度も整形手術を受けたこと、大金を使って遊園地のようなものを建てたこと、子供を虐待していると疑われていることぐらいだった。その後、2003年にはマイケル・ジャクソンによる児童の性的虐待の話題がメディアで盛んに取り上げられ、2005年には裁判まで行われたことが世界中で報じられた。しかし、裁判ではマイケル・ジャクソンに無罪が言い渡されたのだった。ただし、マスコミの報道しか情報源のなかった私は、証拠が不十分で有罪にならなかっただけだろう、と思っていたのだが……。
 2005年末、私の著書を読んだというソフィア・パーデからメールが届いた。以降、私たちはメールの交換を繰り返すようになった。2006年の春、ソフィアが初めてマイケル・ジャクソンの名を挙げた(精神的な体験との関連で)。初めのうち、私はこのテーマに懐疑的で、あまり関心がなかったのだが、次第にソフィアに感化され、彼女が送ってくる数多くの資料を見るうちに、マイケル・ジャクソンに対する偏見や拒絶感が和らいでいった。全ての資料に目を通した私は、マイケル・ジャクソンを平和活動家、そして人間として評価するようになったが、それでもさほど関心をもてずにいた。私にしてみれば、それらは日々消費するたくさんの情報の一部に過ぎなかったのである。
 2009年3月、マイケル・ジャクソンはアーティスト活動の再開を宣言し、世間をあっと言わせた。しかし、その3カ月半後、彼は突然この世を去ったのである。その一報を聞いたとき、私はまるで兄弟が死んだかのようなショックを受けた。どうしてそれほどの衝撃を感じたのか自分でも理解できないまま、私はコンピュータの前に座り、ユーチューブの検索欄に「マイケル・ジャクソン」と入力していた。マイケル・ジャクソンが死んで、私は初めて素直な気持ちで彼のパフォーマンスを観て、聴いたのである。私は時間を忘れて観賞をつづけた。感動した、いや、その存在感に、オーラに、多彩な才能に、メッセージに、作品のもつ次元の違う大きさと力に……彼の生と死の悲しさに圧倒されたのだった。
 それから数週間の時間をかけて、ソフィアからもらった情報を一般に公開すべきではないか、という気持ちが私のなかで膨れあがっていった。そのころ、私はソフィアこそがマイケル・ジャクソンについて書くにふさわしい人物だと感じていた。しかしそう提案したところ、ソフィアはあまり乗り気ではなく、自分の文才ではこれほどに複雑で膨大なテーマを扱いきれないのではないかと不安を口にした。そこで私は、編集者および共著者として本書の執筆に協力すると約束したのである。
 本書の主著者であるソフィア・パーデがどうしてマイケル・ジャクソンに特別な関心を抱くようになったのか、ここで彼女自身の言葉を紹介したい。私の問いかけに対して、彼女は次のように答えた。
 「私がジャズ、ロックそしてブルース歌手としてのキャリアをほぼあきらめ、ヨガの講師として生計を立てていこうと決めてから半年後の2006年の初め、まったく思いがけないことに、私はマイケル・ジャクソンに関する精神的なビジョンを得た。それまでの20年、私自身、曲を作り、歌詞を書く生活を送っていたし、定期的にバンドやトリオとしてコンサートも行ってきたのだが、マイケル・ジャクソンは私の模範ではなかっただけでなく、特別な関心の対象でもなかった(まだティーンエイジャーだったころは「Billie Jean」や「Beat It」に合わせてよく踊ったけれど。それでも2006年までマイケル・ジャクソンのレコードやCDは1枚ももっていなかったし、音楽的にも1970年代のプログレッシブ・ロックやブルースのほうが好きだった)。
 ところが、2006年の初めに心に得たビジョンがあまりにも強烈で深くて刺激的なものだったので、マイケル・ジャクソンについてもっと知りたい、と思うようになった。そこで詳しい調査を始めたのだが、それがいつの間にか10年を超えていた。私はマイケル・ジャクソンの音楽作品に没頭し、書籍、CD、DVD、インタビュー、裁判記録、雑誌記事、ドキュメンタリー、代表的なウェブサイトなどから彼にまつわる賛否両論をできるだけ多く集め、吟味した。それでも初めのうちは、マイケル・ジャクソンに対する私の疑念や直感を拭い去るのは難しかった。それまでの長年にわたる数多くのネガティブな報道が、私の潜在意識に作用していたのだろう。だが、私はマスコミの主張や告発がどこまで正当なのか知りたいという思いが捨てられなかった。いったい、何が真実なのだろう? マイケル・ジャクソンの死後も、私はずっと公正、そして慎重に作業することを心がけた。マイケル・ジャクソンがやったこと全てに、繰り返し疑問を投げかけ、何度も確かめ、調べ、評価した。それでも結果はいつも同じだった。私のビジョンに現れた姿と同じように、マイケル・ジャクソンは天使のようにまったく純粋だったのである」

 本書を書き終えるまでにほぼ7年の歳月が流れた。テーマがあまりにも巨大であるだけでなく、マイケル・ジャクソンの死の真相と彼の遺産がたどることになる運命に関して明らかになっていないことがたくさんあるため、それだけの期間が必要だったのだ。私たちがマイケル・ジャクソンの生涯、死にいたった状況、遺言の信憑性などについて書いているあいだにも、さまざまな動きがあった。たとえば、2011年と2013年に2つの重要な裁判が開かれた。2013年と2014年には、マイケル・ジャクソンに対しあらたな告発もなされた。2016年の初頭には、遺産管理の問題において─今思えば、私たちが最初から予感し、本書にも記したとおりの─とても重要なそして最終的な決定が下された。時間をかけて綿密な調査を行ってきたからこそ、私たちはそのあらたな事実について言及し、本書をより完全なものとすることができたと言えるだろう。
 マイケル・ジャクソンを理想化したり、美化したりするつもりはない。精神的な革命家としての彼のメッセージと全世界規模の重要性を正しく評価したいだけだ。もし彼が「ただの」キング・オブ・ポップなら、私たちはこれほどの関心をもたなかっただろうし、メディアもあれほどまでに彼を攻撃することはなかったに違いない。マイケル・ジャクソンは世界的な存在だったから、それ相応の強大な敵が立ちはだかったのだ……。
 マイケル・ジャクソンは規格外の人物だったからこそ、ほかに類を見ない成功を収めた。だから、彼をスターとして、そして人間として、私たち一般人の人生を基準に評価するわけにはいかない。また、彼が慢性的な、部分的にはとても痛みに満ちた病気に苦しみ、その苦しみは度重なるステージ事故や─そして何より─1993年以降のネガティブキャンペーン(中傷や言いがかり)で耐えがたいものになっていたことも忘れてはならない。
 そうした背景をしっかりと理解して初めて、私たちはマイケル・ジャクソンの音楽を再発見できるのである。そこで読者のみなさんにひとつお願いしたいことがある。本書を読み進める前に、マイケル・ジャクソンのミュージックビデオをいくつか(もう一度)観てもらいたいのだ。「Man in the Mirror」、「Black or White」、「They Don’t Care About Us」、「Will You Be There」、「Stranger in Moscow」、「Earth Song」がお勧めだろう(ユーチューブで視聴できる)。どの作品にも彼のメッセージ性と革命性がとてもよく反映されている。
ここでもう1曲、死の2年後に発表された、あまり有名でない作品をぜひ紹介したい。2002年にビージーズのバリー・ギブと共同で制作した「All In Your Name」のことだ(初期のころからマイケル・ジャクソンはビージーズから多大なインスピレーションを得ていた)。この曲はマイケル・ジャクソンに謙虚さと協調能力という側面があることを証明している。実際のところ、謙虚さや協調性こそ、音楽仲間や「ライバルたち」がマイケル・ジャクソンを高く評価し、チャリティプロジェクト「We Are the World」(1985年、「USAフォー・アフリカ」)や「What More Can I Give?」(2001年)に賛同した理由である。「All In Your Name」では、バリー・ギブとマイケル・ジャクソンがデュオを組んだ。ユーチューブ上のビデオを見れば、スタジオの2人の息がとてもよく合っていることがわかる。「All In Your Name」は詩的な作品であると同時に、平和への熱烈なアピールでもある。当時目前に迫っていた2度目のイラク戦争が、2人が手を組むきっかけとなった。

《And where is the peace
We’re searching for?
Under the shadows of war
Can we hold out, and stand up, and say no?! 》
(「僕たちが求めている平和はどこにあるのだろう? 戦争の影の下、僕たちは踏みとどまり、立ち上がり、ノーと言うことができるだろうか?!」)

 この1節を(ほかの全ての節も)バリー・ギブが歌っている。マイケル・ジャクソンは自らが抱える苦しみと迫り来るさらなる戦争の重荷に打ちひしがれて、とてもつらそうな様子で繊細に感情を込めながらリフレイン部分だけを歌う。収録が行われたのは2002年、マイケル・ジャクソンがソニーを去り、創作意欲に再び火をつけたばかりのころだった。しかし、のちになってわかったことだが、彼を取り巻く状況はその後もさらに悪化の一途をたどることになる……。

《Only God knows
That it’s all in the game
It’s all in your name
Carry me to the gates of paradise
They’re the same
It’s a ll in your name》


 このリフレインは、マイケル・ジャクソンの歌詞によくあるように、さまざまな連想を引き起こす象徴的な短いフレーズで構成されている。「神だけが知っている! 全てがそのゲームにかかっているということを、全てが君の名で行われるということを。僕を楽園の門へ連れていっておくれ。どの門もおなじさ。全て君の名のなかにある」。マイケル・ジャクソンは、楽園に通じる門はたくさんあると言いたいのではないだろうか。楽園はひとつなのに、さまざまな宗教がそれぞれの門につながっている。しかし同時に、それが苦しみと不幸の原因になる。なぜなら人々が─神の名において─分断されてしまったからだ。

 最後にマイケル・ジャクソンは「Carry me to the gates of paradise(僕を楽園の門へ連れていっておくれ)」ではなく、「Follow me through the gates of paradise(僕に続いて楽園の門をくぐり抜けておくれ)」と歌う。まるでこの曲が自分の死後に発表されることがわかっていたかのように。そして最後のひとこと「It’s all in your name」にまったく新しい意味が加わる。「君たちの名において、君たちのために、僕が先に行くよ……」
 マイケル・ジャクソンの死後、バリー・ギブはこう語った。

《「私たち2人は本当に親友だった。音楽の好みも同じで、いっしょに作品をつくるのがとても楽しかった。ほかの誰よりも、マイケルといっしょに曲を書くのが簡単に感じられた。互いをよく知れば知るほど、2人のアイデアが共鳴し、最後にこの曲「All In Your Name」ができあがったんだ。「All In Your Name」はマイケルが全世界のファンに向けて送ったメッセージだ─僕がやってきたことの全ては、君たちのため、音楽への愛のためだったんだよ、っていうメッセージさ」》

 この曲が発表されたとき、マイケル・ジャクソンはすでにこの世を去っていた。彼が録音した曲の80パーセントほどが、未完成あるいは未発表のまま埋もれていると推測されている。もし「世界」があれほどまでに彼を非難し、攻撃することがなければ、彼は私たちにどんな贈り物を授けてくれたのだろう?
マイケル・ジャクソンは教義や宗教の壁を越えて、世界の治癒と「救済」に一生を捧げた。そのような精神的な革命家がミュージシャンとして世界の歴史でもっとも大きな成功を収めることができたという事実に、私は希望を感じずにはいられない。マイケル・ジャクソンのメッセージは私たちの耳に、心に響いた。本書は彼のメッセージに対するオマージュでもあるという点で、ほかのマイケル・ジャクソンの伝記とは一線を画している。

アルミン・リジ、2016年10月

版元から一言

本書の2人の著者は、もともと、マイケルのファンではなかった。しかしいつの日から、特にその突然の死に出会うことで、言葉では表せない深い衝撃を受け、以来マイケルの音楽と生涯、そのメッセージと死の謎について徹底的に知りたいという想いに駆られ、ついには10年という年月を費やして、マイケル研究の金字塔ともいうべき本格的評伝を著した2人に深い敬意を表したい。マイケルと日本のファンのつながりが特に深く強いものであるだけに、できるだけ多くの読者の心に届けたい。思えば、およそ2千年前、イエスという人間は矛盾と不条理と不正に満ちた世の中にあって、貧困に喘ぐ人々を救うために、時の支配的権力に立ち向かって理不尽を正すべく正義と愛を説いてまわったのだ。そしてそれ故にこの世の支配者たちに抹殺され、「無害化」されたのではなかったか?マイケル・ジャクソンの生涯と活動に込められたメッセージはまさに、「世界を変えよう」という精神の革命を呼びかけるものであり、2千年前のかの救世主の生き様とメッセージを彷彿とさせるのだ。その意味で、マイケルの生涯を辿り、その精神的革命家としての言葉の真の意味を理解し、実践することは、今の世に生きるものとしての責務ではないだろうか。それは同時に我々にとっての一つの、そして唯一の希望なのだ。
本書の魅力:
1.膨大な資料をもとに、マイケルの生涯、芸術活動の本質を明らかにする。
2.音楽産業界の実業家としてのマイケルの実像を描く。
3.慈善活動家、平和運動家としてのマイケルの実像を描く。
4.音楽産業を牛耳る巨大な権力との戦いを描く。
5.権力の走狗、メディアの醜悪な実態を暴く。
6.マイケルはなぜ「無害化」されなければならなかったのか? その死の真相が解き明かされる。

著者プロフィール

ソフィア・パーデ & アルミン・リジ  (ソフィア パーデ アルミン リジ)  (原著者

ソフィア・パーデ(1962年生まれ) :リトグラフ作家、ヨーガ指導者、声楽家。1987年から2008年までセミプロのシンガ ーソングライターとして活動。現在、閲読者、中堅出版社のメデイア担当に従事。ユダヤ・キ リスト教およびインドの経典の研究を特別な趣味としている。

アルミン・リジ(1962年生まれ) :バラモン教修道僧。ヨーロッパとインドのバラモン教修道院で18年間の修行し、その間サ ンスクリット経典および東西の神秘思想の研究に従事し、サンスクリット文学から20以上 の作品の(英語からドイツ語への)翻訳に協同参加。1999年からフリーの作家、講演者、 およびスピリチュアル・アドバイザーとして活動。詩集(3冊)、精神・哲学的なテーマや現 代社会のパラダイム変換についての基礎研究としての著書(9冊)がある。 ウエブサイト:armin-risi.ch

長谷川圭  (ハセガワ ケイ)  (翻訳

高知大学卒業後、ドイツのイエナ大学でドイツ語と英語の文法理論を専攻し、1999年に修士号取得。同大学での講師職を経たあと、翻訳家および日本語教師として独立。訳書に『樹木たちの知られざる生活』(早川書房)、『カテゴリーキング Airbnb、Google、Uberはなぜ世界のトップに立てたのか』(集英社)、『「おいしさ」の錯覚 最新科学でわかった、美味の真実』(角川書店)、『ポール・ゲティの大富豪になる方法』(パンローリング)などがある。

セイヤーン・ゾンターク  (セイヤーン ゾンターク)  (

翻訳家;上智大学外国語学部ドイツ語学科、同大学院博士課程単位取得退学、ドイツルール大学ボーフムにて言語学分野で学術博士号取得、上智大学講師、茨城大学教授、同大学名誉教授。

上記内容は本書刊行時のものです。