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ジャズと自由は手をつないでいく
- 出版社在庫情報
- 不明
- 初版年月日
- 2025年11月20日
- 書店発売日
- 2025年11月20日
- 登録日
- 2025年9月27日
- 最終更新日
- 2025年10月2日
紹介
「自分の目で見て、自分の足で歩いて、原石を探すこと。第一発見者になること」。8月に他界するまでその信念を貫いた文筆家・佐伯誠の本が完成した。ジャズとマッチ箱をテーマに綴ったテキストで構成される。「マッチ箱を振ると、雑木林の中を歩く音がする」「路上にはゴミも散らばってるけど、パラダイスのかけらも散らばってる」。映画のスクリーンにテロップが映し出されるかのようなデザインで、佐伯の言葉が詩のように心に響く。デザインは佐伯の盟友、木村裕治。二人のコラボによる、贈りものにしたい一冊。
前書きなど
本書ができるまで
文筆家の佐伯誠さんから「いまこんなことをしています」とメールをいただいたのは、コロナ禍で世の中の動きがとてもゆっくりしていた2020年の春だった。添付されていたのは古いマッチ箱の写真で、そこに佐伯さんのテキストがのせてあった。
マッチ箱は、横浜にあった伝説の「ジャズ喫茶ちぐさ」のコレクション。全部で108個もある。ちぐさに出入りしていた写真家の松本祥孝さんがその貴重なマッチ箱を預かり、それぞれの物語に即したスタイリングをして写真を撮り、撮ったそばから佐伯さんに送った。佐伯さんは、その写真に短いテキストをつけた。送ったら15分ぐらいでテキストが返ってきたこともあるそうだ。それを、デザインを担当した上島洋さんに託し、一枚のアート作品となり、計108の作品群が生まれた。のちにそれは『街の灯』3部作となった。
佐伯さんから立て続けに何枚かの作品が送られてきたが、最初はよくわかっていなかった。ちぐさとは? マッチのコレクションって?
「ジャズ喫茶ちぐさ」は、昭和8年、吉田衛さんが20歳のときに横浜・野毛につくった店だ。戦時中、横浜大空襲で店と6000枚のレコードを消失。けれど終戦から2年後、吉田さんは千数百ものSPレコードを集め、ちぐさを再開する。
日本を代表するジャズミュージシャンたちが、ここで米国直輸入のレコードを聴き、ジャズを勉強した。1994年に吉田さんが他界したのちは、妹の孝子さんと常連客で店を守るも、2007年に地域の開発計画に伴い閉店。現在は再建を計画中で、その間は横浜・関内にある「ミュージック クロニクルYokohama」で、ちぐさが保有する3000枚のレコードを聴くことができる。
108個のマッチは、ちぐさの常連客が、日本各地のジャズ喫茶をめぐって集めたマッチ箱をちぐさに寄贈したものだ。北は北海道、南は鹿児島まで。いまも営業を続けている店は半分ぐらいだろうか。当時、SNSもインターネットもなかったから、店のマッチ箱は店主の思いをのせた歩く広告塔だった。
たまたまそのマッチ箱の段ボールを預かることになった写真家の松本さんは、一つひとつのマッチ箱に向き合い、カメラのシャッターを切り、佐伯さんにバトンを渡した。佐伯さんはといえばどうだろう。マッチ箱のストーリーにぴたりと寄り添うテキストがあれば、まったく関係のない文章が送られてくることもあった。一枚の写真をみて、佐伯さんの心のひだに無数に引っかかっている袋の中からコトバをすくいあげ、投げかけてくる。読む人がハッとする一言を。
そんな108のメッセージをもっと多くの人に見てもらおうという機会ができ、鎌倉・長谷の小さなギャラリーで、小さな企画展を催すことになった。ちぐさ保存会のメンバーであり、数々の印象的なイベントを世に送り出してきた笠原彰二さんが加わって。2025年春のことだ。
長谷寺の参道入り口、昭和の空気をまとう雑居ビルの3階に、ちぐさのコレクションであるマッチ箱のいくつかと、すてきなフレームに収まった松本さんの写真がやってきた。写真の下には佐伯さんのテキストが添えられていた。ギャラリーの白い壁に、1フレーズ、多くても3フレーズぐらいのコトバの数々がプロジェクターで映し出され、消えていった。それらは、佐伯さんが改めて選んだフレーズだという。
読むものがなかったら、思い出せばいい。
聴くものがなかったら、口笛を吹けばいい。
なんて希望に満ちたコトバなんだろう。
長谷のギャラリーで、たくさんの人がスクリーンの前で立ち止まり、数分間動きを止めた。それらのコトバに対して何か感想をのべるでもなく、立ち去っていった。でもその背中は、なんとなく明日に向かっている気がしたのだ。
平日の昼間、だれもいないギャラリーで、わたしもスクリーンの文字を追っていた。何度も何度も佐伯ワードのシャワーを浴びた。
ここに残されたフレーズは、ちぐさに託されたマッチ箱から生まれたものだ。全国のジャズ喫茶を渡りあるいた人がいて、その時代と場所の空気を佐伯さんがすくい上げた。佐伯さんの思いをのせて、軽やかに。
本書は、スクリーンに映し出されたコトバと、108の作品の中から抜き出したテキストで構成した。だから2025年春の展覧会のB面と言えるかもしれない。
版元から一言
ANA機内誌『翼の王国』全盛期を支えた文筆家、佐伯誠。あふれる文才をひけらかすことなく、常に誰かを応援し、背中を押す人が、この8月に他界されました。生前「佐伯さんの本を」とのオファーを全て断ってきたそうです。いまようやく、佐伯さんの本を出すことができるのは大きな喜びです。
本書は、日本最古のジャズ喫茶として知られる横浜・野毛「ちぐさ」に寄贈された、日本各地のジャズ喫茶のマッチ箱をヒントに、ジャズとマッチに寄せたテキストで構成されます。デザインは、佐伯さんとは50年来の付き合いになる木村裕治(『翼の王国』コンビ)。本の中で、佐伯さんの言葉が生き生きと動いています。
上記内容は本書刊行時のものです。





