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小川博久 保育・教育理論集成 小川博久保育教育理論集成刊行委員会(編) - ななみ書房
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小川博久 保育・教育理論集成 (オガワヒロヒサ ホイクキョウイクリロンシュウセイ)

教育
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発行:ななみ書房
A5判
380ページ
上製
定価 8,000円+税
ISBN
978-4-910973-28-9   COPY
ISBN 13
9784910973289   COPY
ISBN 10h
4-910973-28-1   COPY
ISBN 10
4910973281   COPY
出版者記号
910973   COPY
Cコード
C3037  
3:専門 0:単行本 37:教育
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2023年9月1日
書店発売日
登録日
2023年6月23日
最終更新日
2023年12月1日
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紹介

保育研究者として長年にわたり保育・教育の分野で数多くの業績を残してきた小川博久氏の功績を称え,来歴とともに辿りうる全ての業績を収載した記録集。加えて11編の論考と多くの教え子による思い出からは,自身の研究姿勢のみならず研究者の育成にも力を注いだ氏の教育観を知ることができる。付属のDVDには全業績をPDF形式で収録している。

目次

《巻頭言》
小川博久先輩から学んだことの数々―巻頭言に代えて   菊池龍三郎
《長き友として》
多くの感謝と楽しい思い出               林 信二郎
《 辞 》                      小川 清美
来 歴
指導幼稚園
業績紹介
業績一覧
iPad内ファイル一覧
小川先生思い出写真
研究論考
 サステナビリティと「保育」              浅野 由子
 「遊び保育論」における保育者のモデル性をめぐって   岩田 遵子
 子供の主導権を保障する教育実践の探究
   ―幼小連携に向けた課題の解決―          内山  隆
 小川「保育援助論」における「志向性」概念批判
   ―目的概念から認識概念へ―            小笠原喜康
 保育援助論から学校教育への示唆            桂  直美
 保育における「遊び理解」と「保育記録」の関係     河邉 貴子
 遊び保育論を保育実践へ                堂本真実子
 教師主導型保育から遊びを中心とした保育への転換過程
   において期待される「保育方法学」の働き      松永 愛子
 「遊び保育論」を保育施設でいかに実践するか
   ―保育現場における「遊び保育論」の展開とそれを
    保障する施設経営の在り方―           𠮷田 龍宏
 環境の再構成による子どもの行動変容
   ―保育者の困り感に着目して―           渡辺  桜

小川先生の横顔
 風になった小川先生の言葉               赤石 元子
 還暦の「亜米利加旅行」,少年のごとき小川先生     新井 孝昭
 霧の街の青春と『小川先生を囲む会』          石川  徹
 楽しかった園内研修                  泉澤 文子
 私の人生を変えた2度目の偶然の出会い         井上  亘
 小川先生と園の変革                  上村  毅
 小川先生との釧路の思い出               請川 滋大
 私の人生を変えた偶然の2度目の出会い         及川 留美
 「現実」に向き合うこと                岡   健
 金曜研究会の50年                   小笠原喜康
 小川博久先生への感謝の手紙              奥村 直子
 小川先生と「美振緒(みふりお)会」          河邉 貴子
 うれしいひと―小川博久先生            神田 伸生
 学び続けることの大切さ                木村  学
 私の中に生きる先生                  児嶋 雅典
 羅針盤のような小川博久先生              小林由利子
 私の北海道の保育界とのかかわり
   ―遊び保育をとおして学んだこと―         酒井 義信
 教育方法学の授業に導かれて              佐久間亜紀
 小川先生とウーロン茶                 鈴木かなえ
 東京学芸大学附属幼稚園副園長として          田代 幸代
 日本女子大学の小川研究室
   ―先生が繋いでくださった学び合う仲間―      田甫 綾野
 恩師 小川博久先生                  堂本真実子
 日本保育学会第6代会長 小川博久先生         戸田 雅美
 何気ない日常からのメッセージ             戸田 瑞穂
 今あらためて思うこと                 中山 昌樹
 理論書を読めて現実を切ることができる論文
   ―小川先生の教え―                西岡けいこ
 小川先生から学んだ保育研究の哲学           濱名  潔
 楽しく親父のような親分のような小川博久先生      濱名  浩
 小川博久先生と金曜研究会の思い出           森茂 岳雄
 研究者・教育者としての良きモデル           師岡  章
 園内研修と小川先生                  由田  新
 小川流学問ノススメと周辺参加論的学びの日々      𠮷田 龍宏
 小川博久先生の訃報に接し愕然といたしております    米澤 正雄

刊行委員会名簿
編集後記 みんなの念い                 小笠原喜康

前書きなど

小川博久が旅立って,3年が過ぎました。教え子の方たちが彼の遺稿集を作りたいと考え,実行委員会ができました。はじめは,彼の三回忌を記念して完成させたいと予定したのですが,コロナ禍となり,予定は延期することになりました。そしてやっと,このような形でまとめることができました。
 小川博久の業績は,多岐にわたり,大変多いのです。何かについて考え,論文にまとめることが趣味のようでした。東京学芸大学に赴任する前は,教育方法学を専門としていました。主に小学校教育に関連した論文を書いていました。その彼が,何も知らない幼児教育の領域に入ったのです。北海道でずっと暮らしたいと考えていたところに,両親が住んでいるすぐ近くの東京学芸大学への転勤の話が舞い込み,本人の希望というより,親の強い希望によって,異動したという経緯があります。明治生まれの両親にすれば,長男が北海道にいることが不安だったのでしょう。実家の近くの大学に勤務してくれることを望んだのも理解できます。本人とすれば,教育方法学の世界では,ある程度名を挙げていたのに,幼児教育の世界に入ることになり,ある意味,やる気のなさがあったと思います。それでも付属幼稚園の先生方に叱られながら,付属幼稚園に通い,先生方と研究会を行い,北海道教育大学時代の教え子たち(男子)が上京すると,東京学芸大学大学院に進学する世話をし,そこを修了すると東京教育大学(現・筑波大学)の博士課程に進学する際にも受験勉強に付き合っていました。彼自身が,東京教育大学大学院博士課程修了後も就職が決まるまで,長い間若い人たちと学習会をしていたので,面倒見の良さは天下一品でした。後に,東京学芸大学の幼稚園教員養成課程は,女子学生が多く,どう接したらいいのかわからなかったから,教え子である男子学生たちに声をかけたと言っていました。彼の研究室で,研究会をしていたのです。
 この遺稿集をまとめてくださった小笠原喜康氏もその一人です。北海道教育大学時代の教え子たちは,みなさん研究者となりました。
 彼は,幼児教育について勉強していきました。彼は,戦争中に幼児期を過ごしましたが,幼稚園にも保育所にも通った経験がなく,幼児教育のイメージを持つことが難しかったと思います。まだ,私と個人的なかかわりがない時のことですが,私がお茶の水女子大学大学院に進学し,お茶大の付属幼稚園で堀合文子先生のクラスで実習させていただいたのです。それを知ると,具体的にどのような保育であるのかを,私から聞き出すのに熱心でした。ずっと後に彼が『保育援助論』等を出版しましたが,その基本には堀合保育から学んだことが多くあると思います。さらに,東京に帰ってきてから結婚し,子どもを授かったことで(もともと子どもは大好きでしたから),幼児教育において重要な遊びについて彼の論が進んだと思います。
 保育現場に行くのも大好きで,朝早くから出かけることは厭わず,保育現場に行けば,自らの年齢を忘れて子どもたちとかかわっていたようです。本当に気分は若い人でした。
 研究会で,議論することはもちろん,研究会終了後のお酒と美味しい料理を囲んでの議論の続きが大好きでした。時間を忘れて過ごしていたようです。
(私は,そのような席には参加しませんでした。彼の空間や仲間を尊重したかったというより,付き合う体力がなかったというのが本音です)。
 お酒が大好きで,これが基になって40歳代でアルコール性肝炎になり,その後は高血圧,糖尿病というように立派な成人病となりました。家での飲酒は控えていましたが,仕事先では,美味しいお酒とお料理をいただきながら,議論する楽しみは逃しませんでした。自身で体調の変化を自覚していたようですが,仕事を優先していたのです。やっと病院に検査に行った時には,すい臓がんステージ4で,治療方法なしと宣告されてしまいました。
 正面からその宣告を受け止め,それから3か月間は依頼原稿を書いたりして家で過ごしていました。時々,痛みを訴えましたが,じっと耐えているようでした。実は,私はその時の記憶がないのです。どう過ごしたのか,時間が飛んでいます。告別式も終わり,当時の勤務先の大妻女子大学に出勤し,ゼミの学生と久しぶりに話している時に,自身が6月でストップしていることに気がついたのです。実際は9月であるのに,6月だと思っていました。夢中だったのだと思いました。彼がみんなに感謝して旅立ったことは,立派だったと思います。自分の最期に当たって,出会った人々のすべてに感謝している姿は忘れることはできません。少し,「カッコよすぎ」とも思います。
 本書を作成する際には多くの方々の協力があります。小川博久の業績を昔のものから探し出し,DVDとしてまとめてくださいました。また,本書に寄稿してくださった,皆様にも本当に感謝します。皆様が,小川博久のことを思い出して書いてくださいました。ありがとうございました。
 このような形にまとめた責任は,私にあります。小川博久の多くの業績の中から数点を選んで,紹介するという方法もあったかと思います。ただし,選ぶことができなかったというのが本当のところです。DVDには,膨大な論文が入っています。関心があるものを引き出して,読んでくださったらうれしいです。
 小川博久は,自身の病気がわかる少し前に,本を出版したいと考えていました。原稿ができているのではなく,彼の頭の中に草稿はあったのでしょう。その出版をななみ書房に頼みたいということで,直接依頼していました。今回,小川博久の遺稿集をななみ書房から出版させていただくことになりました。ななみ書房社長の長渡晃様には心から感謝申し上げます。

2023年5月1日
小川博久の誕生日に

上記内容は本書刊行時のものです。