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増補 原発事故裁判の現状と今後
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2026年10月28日
- 書店発売日
- 2026年11月2日
- 登録日
- 2026年9月29日
- 最終更新日
- 2026年10月30日
紹介
原発事故の被災者である原告の切実な訴えにまったく耳を貸さず、詭弁を弄して、非論理的な、論点ずらしの判決を書く裁判官。
原発事故に関する裁判の判決文と裁判官名の詳細な記録に基づき、日本司法の驚くべき実態を、原子力規制庁の技術参与を務めた著者が論理的かつ明快に批判する。
「まえがき」より
本書では、原発事故による被災者と、事故を起こした東電との間で争われている裁判を扱っています。そのなかには、事故に対する国と自治体の責任を問う裁判もあります。
これまで出ている判決の多くは、被災者側が敗訴していますが、その判決には、どう考えても合理的ではないところがあります。
なぜ、裁判官が理性を失って、不合理な判決を書くのだろうか―この疑問が、この本を書くきっかけになりました。
追いつめられると理性を失って合理的な判断ができなくなるのは、日本のいわゆる指導者層に戦前から連綿と続く宿痾だと考えていましたが、それが原発事故を担当する裁判官にも当てはまるようです。
理性を失うと、あとは感情に任せるしかありません。本書では、そのような裁判官が書いた判決文を多数載せています。被災者敗訴の結論を出そうとして裁判官が様々なレトリックを使っているので、論理を追えないところがあると思いますが、文は人なり、と言います。本書で多くの判決文を引用したのも、そこに裁判官の感情がにじみでていると思うからです。
主な目次
Ⅰ 本書で取り上げた原発事故に関する裁判
1.原発事故に関する裁判5件の現状
2.事実の記録と正しい論理
3.年間20mSvの被ばくとは
4.年間1mSvの被ばくとは
Ⅱ 原発事故に関する裁判の判決
(1) 土と同化している放射性物質は除去できないとして東電を免責した汚染農地回復請求訴訟
(2) 防潮堤を築いても事故は防げないから国に責任はないとした損害賠償請求訴訟
(3) 子どもたちに20mSvの被ばくを認めた子ども脱被ばく裁判
(4) 国に代わって住宅提供を打ち切り、住まいから退去を強制する福島県による原発避難者追出し裁判
(5) 発症の原因は被ばくであるとして東電を訴えた311子ども甲状腺がん裁判
〇原発事故の被災者である原告の陳述も多数掲載
増補した内容
(1) 5件の裁判について、最高裁の判決の時系列順に改編。(2) 年間1mSvの被ばくについて、根拠を追加。(3) 損害賠償請求訴訟9件について、最高裁の判決を追加。(4) 原発避難者追出し裁判について、最高裁の判決を追加。(5) 損害賠償請求訴訟、子ども脱被ばく裁判、原発避難者追出し裁判の判決文を書いた三浦守最高裁判事の重要な指摘と自己矛盾。(6) 子ども甲状腺がん裁判の直近までの口頭弁論の追加
「あとがきに代えて」より
私たちは皆で協力して公正な社会を作ろうと努力していますが、今でも、「貧官汚吏」とか「曲学阿世」という言葉が使われているように、公正な社会はまだ実現していません。
原発事故の裁判に関わる裁判官は、被災者に背を向けて、国と福島県と東電に都合の良い判決を出し続けています。
放射線医学に関わる学者と医者は、原発事故による被ばくの被害を隠し続けています。
新聞の社会面や政治面を開けば、陋劣で非情で不正直で、それでいて怯懦な人間を枚挙する暇がありませんが、それは原発事故に関わる裁判官と学者の姿を投影したものに他なりません。
しかし、そのような裁判官にも、初めには社会正義を守り、苦しんでいる人を助けたいという熱い理想があり、学者には真摯な努力により真実を追求する喜びがあったものと信じています。
ここで名前を挙げた裁判官と学者でも、本書がきっかけとなって、初心を思い出してくれれば、筆者にとってこれ以上の喜びはありません。
目次
主な目次
Ⅰ本書で取り上げた原発事故に関わる裁判
1.原発事故に関わる裁判5件の現状
2.事実の記録と正しい論理
3.年間20mSvの被ばくとは
Ⅱ原発事故に関する裁判の判決
(1) 土と同化している放射性物質は除去できないとして東電を免責した汚染農地回復請求訴訟
(2) 防潮堤を築いても事故は防げないから国に責任はないとした損害賠償請求訴訟
(3) 子どもたちに20mSvの被ばくを認めた子ども脱被ばく裁判
(4) 国に代わって住宅提供を打ち切り、住まいから退去を強制する福島県による原発避難者追出し裁判
(5) 発症の原因は被ばくであるとして東電を訴えた311子ども甲状腺がん裁判
〇それぞれの裁判における判決文、原発事故被害者である原告の陳述も多数掲載
前書きなど
本書では、原発事故による被災者と、事故を起こした東電との間で争われている裁判を扱っています。そのなかには、事故に対する国と自治体の責任を問う裁判もあります。
これまで出ている判決の多くは、被災者側が敗訴しています。
最初から読者に偏った印象を与えることは避けなければなりませんが、被災者側が敗訴した判決には、どう考えても合理的ではないところがあります。
なぜ、裁判官が理性を失って、不合理な判決を書くのだろうか―この疑問が、この本を書くきっかけになりました。
追いつめられると理性を失って合理的な判断ができなくなるのは、日本のいわゆる指導者層に戦前から連綿と続く宿痾だと考えていましたが、それが原発事故を担当する裁判官にも当てはまるようです。
理性を失うと、あとは感情に任せるしかありません。本書では、そのような裁判官が書いた判決文を多数載せています。
判決文は難しいと思われるかもしれませんが、論理を追うことができれば、難しい文書ではありません。ただし、本書で取り上げた判決文は、被災者敗訴の結論を出そうとして裁判官が様々なレトリックを使っているので、論理を追えないところがあると思います。
結論を先走ったまえがきになってしまいましたが、文は人なり、と言います。本書で多くの判決文を引用したのも、そこに裁判官の感情がにじみでていると思うからです。
版元から一言
原発事故裁判における裁判官による苦し紛れの判決文は、ごまかしに満ちて論理性のかけらのないものである一方、著者の論理的かつ明快な批判は、さわやかさすら感じさせるものです。司法の在り方を通して、日本の現状も見えてくる書。判決を出した裁判官の実名を明らかにして記録性も高めました。ぜひ一読をお薦めします。
上記内容は本書刊行時のものです。
