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いちようさんの虹
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2026年5月10日
- 書店発売日
- 2026年5月12日
- 登録日
- 2026年4月23日
- 最終更新日
- 2026年5月7日
紹介
本書は「言葉とヴィジュアルの交差」と銘打たれた雑誌「游魚」に掲載された「いちようさんの虹」「聖橋をわたる」の小説二篇、同じく「游魚」初出の「往きて還りし――ICUでの十日間」、静人舎リトルプレス「小さな声で」掲載「降り積もる言葉」のエッセイ二篇から成る。連作とも捉えうる小説二篇は〈いちようさん〉のお店や街そのもので交錯する人びとを描く。小説中の「小さな声でも語り続けていれば、その言葉は誰かに届くし、通じることがあると思う」は本書の通奏低音を成し、エッセイ二篇を読み進めて再び小説へと誘う、吸引力のある円環の世界、かつ開かれた世界への希求が示される。解説「歩行の速度」・保坂和志。
目次
小説
いちようさんの虹
聖橋をわたる
*
エッセイ
往きて還りし――ICUでの十日間
降り積もる言葉
解説 歩行の速度 保坂和志
前書きなど
解説 歩行の速度
保坂和志
『いちようさんの虹』と『聖橋をわたる』から、似た感じのところを書き出してみる。
「ふと思い立ってスマホで「karukaru net」をチェックしたら、軽部君がアビーロード商店街の名前の由来について書いていた。しょうもないことのように思えたけれど、これを読んだ人たちがアビーロードへやってきて、賑わうといいなと思った。」(p.35)
「つくば市の廃校を中心にオールロケをして、そのほか夜の荒川土手や、早朝の神田を走ったり、田端電車区で格闘したりと、夏夫は頑張って演ってくれた。
報酬は多く渡せなかったが、夏夫のキャリアに値する結果を出せたらいいなと、祥一は思っている。」(p.86)
この二箇所は似ているけれど、この二箇所に似た文章を他の小説で読んだ記憶がない。強いて挙げるなら庄野潤三の晩年の作品群だろうが、作中人物に対する作者のポジションが、向こうは上からで安定(静止)しているが、こっちは作者は作中人物の一員の感じで、現在進行形的な気持ちの動きが感じられる。
小さな願いというか、変な話、願い以前の、わざわざ書くような思いでもないような、ちょっとした思いにすぎないんだけれど、ここに書き出した以外にもたくさん、誰の思いも、ひとつも悪意のあるものはなくて、その悪意のなさの徹底が、なんか切実なものに思えてくる。
これとは別に、小説二作とも、普通の小説(普通とは何かはこだわるといろいろ複雑な問いですが、みんなの心にある、厄介な思い込みのことです)より、二、三割くらい会話や動作が余分に書かれていて、テンポが遅い。
読む人たちは、この二つの小説の先に知るか、後に知るか、とにかく知ることになるんだが、作者の髙橋丁未子さんはALSだ。今はベッドから動くことができないが、二〇一六年頃その兆候が始まったそうだ――『聖橋……』は二〇一九年発表だ。
では『いちようさん……』はどうなのか? こっちは二〇一五年だ――うーん、どうなんだろう。そんな難病を予感したなんてことはまさかないんだろうが、『いちようさん……』のときにはすでにこの遅いテンポで書くようになっていて、この普通より少し遅いテンポが私は、丁未子さんが自分の歩行を懐かしんでいるように感じられる。
この二作には同じ人が出てくる。場所も東京の、湯島とか本郷とか、よくはわからないが新宿、渋谷などではない、昔からだいたい同じ人が住んでいるんだろうと、みんながきっと想像する土地だ。大都会は人を孤立させるが、ほどよい町は人がゆったり生きられる。
丁未子さんは、このあたりを舞台にした“サーガ”を構想していたんじゃないだろうか。登場人物が意外に多くて、「主人公」という中心人物の感じは希薄で、それぞれの人がそのつど「視点人物」として情景を見ている。みんながほどほどな人生の主役として、土地の風景を楽しみながら暮らしている……丁未子さんは書かなかったその後をベッドに横たわりながら思い描いている……私たちは、その始まりを読むことができた。
上記内容は本書刊行時のものです。
