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放課後の哲学
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2026年9月1日
- 書店発売日
- 2026年9月7日
- 登録日
- 2026年7月22日
- 最終更新日
- 2026年9月8日
紹介
「なんというエポックメイキングで、胸が踊る書物の誕生か。当たり前を問う哲学、それを若者たちが純粋に実践したとき、私たちの思考空間が揺り動かされ、未知の化学反応が生み出されていくはずだ。ワクワクしかない」
一ノ瀬正樹(哲学者。東京大学名誉教授)
目次
はじめに 「放課後の哲学」が生まれるまで 柴田大輔
高校生が開く哲学カフェ/ 「人の話を最後まで聞く」がルール/哲学カフェは平和を築ける
放課後の哲学1 「徳を積む」ことに意味はあるのか 田村美優
善い人でありたかった私/「徳を積む」とは?/善い行ないをしたのに苦しいのはなぜ?/自分を大切にする
放課後の哲学2 「みんなと仲良く」を考える Atmosphere
「みんなと仲良く」を諦められない/誠実さのありか/わかりあうために/「そうありたい」と思うこと
放課後の哲学3 私を見て 神谷和奏
私とはなにか/ほんとうの私はどこにいるのか/私を封じ込めてきた私
放課後の哲学4 なぜ私はフィクションを求めるのか 岡田陽菜
私たちがフィクションを求めるわけ/「作られたストーリー」だからこそ可能なこと/人と人を繋げるフィクション
放課後の哲学5 煩悶させる幸福 𠮷村咲樹
今の幸せと将来の幸せ、どちらを追い求める/幸せとは何か/絶対的な幸せと相対的な幸せ
放課後の哲学6 好きな「もの」や嫌いな「もの」とは何なのか 大和田哲汰
私の好きな「もの」と嫌いな「もの」/好きなものについて/嫌いなものについて/好きなものと嫌いなものに共通する背景/好きでも嫌いでもない「もの」/人間関係の強度と種類/人間関係と好き嫌いの関係/より現実的な人間関係と好き嫌いの考察
放課後の哲学7 友だちを定義できるか 入江春香
何をもって友だちといえるか/私にとっての友だちの定義
放課後の哲学8 「ほんとうの勉強」とは何か 竹内琉瑛
変わりつつある教育と、変わらない現場の違和感/教育が向かうべき先は
あの頃の放課後1 人と向き合う、自分と向き合う 石田彩恵
土浦一高哲学カフェ誕生まで/第1回哲学カフェ/哲学カフェのその後
あの頃の放課後2 傷つくことは変わること 神谷和奏
がばんクリエイティブルームとの出会い/語るカフェとは/変化し、続いていく哲学部
あの頃の放課後3 つながる 松間夕華
一人だけですか?/伝えていきたい/必要とされている
特別寄稿 地方都市の「語るカフェ」 葛西紘子/工藤祐治
語るカフェ会場、がばんクリエイティブルーム/地方都市への思いとまちで活動するということ/「語るカフェ」への思い
放課後の哲学9 人として正しい生き方とは? 三浦由宇
お前の正しさは今どこにある/無意味を乗り越える/正しさを手に入れるために
放課後の哲学10 正しさと優しさのあいだで 「優しく」生きるということ 上保悠雅
「正しさ」が溢れる世界/僕の人生における「正しさ」/「優しさ」への転換/これからの世界に「優しさ」を
放課後の哲学11 言語の壁の消失は私たちに何をもたらしたか 磯実佑
自動翻訳がもたらしたもの/言語の一体化がもたらすもの
放課後の哲学12 自分を「正しく」評価することはできるのか 菊池遼真
自分を評価するとは//自分を評価するための基準とは/自分を「正しく」評価するために
放課後の哲学13 私のものの見方とその改革 大和田哲汰
執筆以前にあったこと/私を脅かしていたもの/「理想と現実の狭間」を作り出すもの/他者の意見を取り込む/新たなものの見方を組み上げる
その後の放課後1 銃口を探しても幸せは見つからない 神谷和奏
窮屈すぎる「生」/生まれさせられた私/生と死の矛盾/生に意味はあるか、死に意味はあるか
その後の放課後2 楽をしないで生きる 松間夕華
「もしも」を考える癖/霧をつかむように/日常にある政治/身近に考える戦争/楽をしないで生きる
放課後のトポス 哲学部のつくり方 飯島一也
問いを共有するということ//哲学カフェにおける哲学とは?/対話が哲学にもたらすもの/哲学部のつくり方
おわりに 日常の中の哲学 三浦由宇
前書きなど
『放課後の哲学』のはじまりは、2025年の夏頃に遡ります。
以前から哲学カフェでご縁のあった地域ネットメディア『NEWSつくば』ライターの柴田さんからコラム連載という思いがけない打診をいただき、その後は参加希望の部員を募ってコラムチームを立ち上げ、意見交換やリテイクを重ねながら制作を進めていきました。そして、翌年の春に連載が開始されました。
さらに連載終了からほどなくして、出版社から、コラムの書籍化というこれまた想像していなかったご提案をいただきました。書籍化に際して、ウェブに掲載済みの原稿だけでなく、新たなコラムも加えることとなり、部員からの追加稿に加えて、卒業生、そしてこれまで哲学部の活動に関わって下さった関係者の方々にも広く執筆をお願いすることになりました。
そうして、多くの方々の助力を得て結実したのが本書です。
書籍化が立ち上がり、全ての原稿が集約されるまで約3か月という急ピッチでの制作作業でしたが、執筆者一人ひとりのリアルタイムな考えや、部活動の空気感を記録するという意味では、むしろ適切な時間設定だったのかもしれません。本書は、ここ数年の部活動の集大成である一方、将来読みかえした時に「あの時、自分はあんなことを考えていたのか」と振り返るための備忘録でもあるのだと思います。
しかし、それが部外者であるところの読者の皆様にとってどのように映るかは別の問題です。
本書に収められた原稿の多くは、深刻な社会問題や難解な形而上学ではなく、日常の中に隠れたテーマから出発し、各々が個人的な思索や感想を述べたものです。だからこそ、ある人から共感を得られたとしても、ある人にとっては「結局何が言いたいんだろう?」「これを考えることにどんな意味があるんだろう?」と、なんだかいまいち要領を得ない、無意味で非効率な内容に映るかもしれません。
ですが、肝心なのは、無意味なことを考えるというその行為自体は、必ずしも無意味ではないということです。
SNSに人工知能にと技術の発達がとどまるところを知らない現代は、情報が飽和し、人々は無数の選択肢を与えられ、効率やタイムパフォーマンスに優れた最適解がものをいいます。そして、自分の頭で考えるまでもなく、その分野に優れた他の誰かや、処理能力に秀でたAIが適切な答えをくれる――そんな意識が浸透してしまえば、人々の関心は自身の行動が導く結果ばかりに向かい、その過程に対する眼差しは失われてしまいます。しかし、そんな生き方は、あまりにも無味乾燥ではないでしょうか。問題に対して立ち止まって悩む時間を失い、与えられた選択肢をなぞるだけの日々の中に、私たちは本当に自分が生きているという実感を得られるのでしょうか。
最適解を迫られる世界の中で、あえて些細な問題に対して立ち止まり、自分の頭で悩み続ける。その行為は、私たちを救う計り知れない価値をもっており、そして私たちに許された、これ以上にない贅沢なのです。
ですから、たとえそれが好意的なものでなくとも、読者の皆様に何か一つでも割り切ることのできない引っ掛かりを残すことができたなら、それ以上に嬉しいことはありません。
本書の刊行にあたり、様々な方々からご協力をいただきました。
企画の立ち上げから私たちをサポートしてくださったあっぷる出版社の渡辺弘一郎さん、ライターの柴田大輔さん。
本書の刊行の許可をくださった谷津勉校長、日々の部活動を支えてくださった教職員の皆様。
哲学カフェ等の校内イベントの開催にご協力いただき、本書の帯にたいへん心強いコメントを寄せてくださった一ノ瀬正樹先生。
市民哲学カフェの会場を快く貸してくださり、本書への寄稿まで引き受けてくださった『がばんクリエイティブルーム』の葛西紘子さん、工藤祐治さん。
寄稿者の方々をはじめとして、日頃哲学部の活動に協力いただいているOB・OGの皆さん。
私たちの活動を支え、本書の刊行のために尽力してくださったすべての関係者の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。
そして最後に、無数に存在する書籍の中から本書に目をとめ、手に取ってくださった読者の皆様に、心から感謝申し上げます。本書と皆様の出会いが素敵なものになることを切に願っています。
版元から一言
日本は哲学不毛の地ともいわれますが、今や各地で哲学カフェが開かれ、子ども哲学に関する本も様々出版されるようになりました。
そんな時代に、高校生みずから立ち上げ、学内にとどまらず、大人や地域社会を巻き込んでいる哲学カフェがあります。
この本は、哲学部として活動を続ける高校生たちによって書き上げられました。哲学とありますが、難解かつ専門的なものではなく、日常の中から生まれてきた悩みや思いを、ありのままに綴った「等身大の哲学」とでもいうものです。 この時代の若者がなにをどう考えているのか、そのみずみずしい文章に、瞠目する読者もおいでかと思います。
私たちが忘れてしまった感性に、ほんの少しだけ立ち止まってみてはいかがでしょうか。大人もティーンエイジャーも、見つけられるなにかが必ずある。そんな本になりました。
上記内容は本書刊行時のものです。

