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授業は美しき小宇宙! 第1巻 日々の教室、旅するまなざし
- 出版社在庫情報
- 不明
- 初版年月日
- 2026年8月15日
- 書店発売日
- 2026年8月3日
- 登録日
- 2026年6月24日
- 最終更新日
- 2026年6月27日
紹介
教室という小さな空間から、世界へ──。
「授業は美しき小宇宙」という視点のもと、教室での日々の出来事や文学・芸術・歴史・自然との出会いを通して、教師と子どもたちがともに学び、成長していく姿を描いた全2巻のエッセイ集。
授業とは、知識を教えるだけの時間ではない。人と人が出会い、文化に触れ、人生を豊かにしていく営みである――。そんな著者の教育哲学が、一つひとつの実践とエピソードの中に息づいている。迷い、悩みながらも子どもたちと向き合い続ける教師自身の歩みも率直に綴られ、教育という仕事の奥深さと喜びが静かに伝わってくる。
第1巻では、日々の教室で生まれる何気ない出来事を出発点に、文学・哲学・芸術・自然・部活動・旅など、多彩な世界との出会いが授業へと息づいていく。教室の学びは、学校という枠を越え、子どもたちを広い世界へとつないでいく。教師のまなざしによって紡がれる一つひとつの実践を通して、生徒の心が動き、世界への扉が開かれていく様子が、生き生きと描かれる。
教育の原点とは、人が人として生きることを支え、励ます営みであることを、静かな感動とともに伝える。
目次
第1章 蕾──教室の小宇宙、子どもたちのまなざし
1 お~い、黄金が降ってくるぞ!
2 返って来たモネのポスター
3 女子高生のスカートに子豚のウンチがベタリ
4 コーヒー豆を自分でローストするS君、泣きべそ顔で訴える
5 よおーし、それなら、教室を森にしてやる!
6 クラスに住みついたチョウ、飛び回って母さんたちにご挨拶
7 ディズニーランドより楽しい「1年3組」という「おとぎの国」
8 お腹の具合のデカイ生徒と毎日五回はハグ!
9 金柑の甘煮と「サンキュー・ブルーベリー・マッチ!」
10 「授業の内容が重すぎて」と泣きながらお礼を言ってくれたH君
11 背中で授業を聞いていた、野球少年R君
12 歩きながら授業を聞き、退学を決意したT君
13 「もっと早く光太郎の言葉を聞いていれば……」と慟哭したG君
14 ほんとうの教科書は、「自然」と「人類の遺産」である
15 「最後のオアシスとしての保健室、そして授業」でありたい
第2章 漲るいのち──文学と哲学の風を教室に
16 僕の中に生きている芭蕉
17 「出来事としての林檎」の授業
18 枝垂れ桜の樹下にてゲーテとラヴロック、美の競演
19 『田園』を聴かせながら矢車菊を育ててくれた哲学少年N君
20 芥川の『羅生門』をトルストイ、ドストエフスキーらとともに読む
21 『ハムレット』を星飛雄馬、杉下右京、満島ひかりらとともに読む
22 『なめとこ山の熊』をお母さんのように朗読する
23 こうあってほしい者のように遇せよ――通じ合う賢治とゲーテ
24 リップマン『世論』の乱闘シーンを〝劇団ひとり〟で再現する
25 人類で二番目に恐ろしい言葉を教える
26 金子みすゞさんに、自分を素直に見つめる心を教わる
27 「洞窟の喩え」で「近代啓蒙理性」を早々と告発していたプラトン
28 『センス・オブ・ワンダー』で「お楽しみさま!」の毎日を
29 教室にある「南北問題」と「進歩信仰」を打破せよ!
30 『歴史の終わり』に立つ最後の人間から「江戸型・文化型人間」へ
31 「トルストイを読んで、なんでそんな生活してるんですか?」
32 ポケットの『ソクラテスの弁明』を触りながら自分を励ました日々
33 『奇跡の教室』のエチ先生の真似をほんの少し
34 一生の「読書」のための、ちっぽけな「勉強」にすぎない
35 教育方法を学ぶより、小説をたくさん読んでおくべし
第3章 徒手空拳──白球と鍋焼きうどんと眠れない日々
36 「仲よきことは美しき哉」──「和」が最大の収穫を産む
37 見よう見まねの〝ヘボ監督〟登場
38 「14番目の月打法」世を席巻する
39 クセ者が生きて生かされ、全国大会出場
40 恐怖のビデオ撮影と〝ツッパリ兄ちゃん〟、幻のホームラン
41 「安物食って喜んでんじゃねえ!」――八百屋のTさんの生きた言葉
42 外野手は二次関数を体現する知恵者なり
43 膨大な発明品で、一回戦ボーイ、大健闘!
44 「野球になっとるやないか!」と叫んでくれたNの父さん
45 鍋焼きうどん、二十七杯食って、照明灯をつくる
46 「稲作部」の代わりとしての野球部、その八十メートル先のあいさつ
47 聾学校野球部のあいさつが好きで授業で口真似をする
48 聾学校の勝利に、審判をしながら飛び上がってしまう
49 敵チームのキャプテンとじっくり懇談する監督
50 何かに夢中になっている教師こそ、なまの、ほんとの教材である
51 「もっと勇気ある監督になってください」――眠れなかった日々
第4章 旅──教室は世界につながっていた
52 サザンとさださんとみゆきさんの歌で、生徒を揺さぶる
53 〝もぐり〟の男らと星を観ながら、パヴァロッティを熱唱
54 巨大なラクダに挟まれて危機一髪!
55 エジプトの少女の腿のやさしい温もり
56 「よおっ、ミケランジェロ、久しぶりー!」
57 「ガンジー、なかなかいいこと言うじゃないっすか!」
58 日本を愛したタゴールの心を伝える
59 女子生徒に捧げる子守唄・『ギタンジャリ』
60 李白を追っかけて、サビついたゴンドラに乗る
61 かわいい子を教える教師には旅をさせよ!
62 「阿修羅によろしく!」――京都・奈良はほんとに空襲から護られたのか?
第5章 五感──音と色と香りに包まれて
63 「ポータブル天国」と『赤毛のアン』とシラーの「腐ったリンゴ」
64 モーツアルトを木漏れ日の公園で鑑賞する
65 名画名曲に包まれて哲学と教育を語らう企み
66 廊下と禿げ頭とモネの池に映る空はとても美しい
67 春風の花を散らすと見る授業、さめても部屋のさわぐなりけり
68 「美は口以上にものを言う」――宇宙人にはバッハを聴かせよ
69 ゲーテ『色彩論』の実験を通して、人に固有色なきを悟らしむ
70 「生の花と死の花」、「ほめるパンジーとけなすパンジー」の実験
71 色も音も形も、いのちのために選ぶべし
72 北斎やゴッホ、レオナルドを巨大貼り絵に
73 「こどもは宇宙の子ども、大人は社会の子ども」――実存的時間を生きよ
74 「である」ことと「する」ことと「つくる」こと
前書きなど
はじめに
一昨年のお正月、卒業生Uさんからの年賀状には、こんな言葉が添えられてあった。「家の近くで金木犀の香りがすると、先生が『宝物を持ってきたよ!』と言って金木犀の入った袋をぱあっと広げてくださったことを思い出し、なんだかにこにこしてしまいます」と。
そういえば、いつも授業にその季節折々の花や植木を持っていっては、ことにいい香りのする花のときは、二枝、三枝と小分けして、机から机へと回させたものだ。甘い香りに弱い女子生徒の中には、うっとりと酔うような顔をして、板書を写すのをやめてしまっている子さえいた。お決まりの板書なんて、どうせ人生を潤してくれるもんじゃない。この香りを楽しんでくれるほうが、どれほど価値があるかわからない。そう考えて、こちらも、そんな少女たちの美しい顔にうっとりしながら、授業を続けるのが常だった。
また、別の卒業生Tさんの年賀状には、「タイムマシンがあったら、高校時代にもどって、先生の授業を受けに行きたいです。体の中が何かぐつぐつしそうです」と書かれてあった。家庭や学校で子どもたちに関わるたびに、いつも私の授業を思い出すと書いてくださる葉書も多い。もうかれこれ、三十年も前の授業である。本当にありがたいことだ。
学校の教員として三十五年、塾の講師として七年。日本の教育に何がしかの一石を投じたいと生意気なことを思いながら、はや四十二年、何もできずに悶々としてきた。一時はずいぶん力んで、哲学者風の教育論などを書いたこともあったが、自分の学問のレベルの低さをまざまざと感じる中で、もっと素直に、自分がやって来たことをありのままに書けばいいじゃないか、と思うようになった。
自分から言うのも変だが、よく私のことを、個性的だの、読書家だの、あるいは独自の世界で奔放に生きているなどと見る人もいて、我ながらそうかと思い込んでいた節もあった。だが、よくよく振り返るまでもなく、自分がかなりの臆病者で、どちらかと言えば怠け者で、放っておいたら、ほとんど読書さえしないような人間であることは重々承知している。小学生時代から思い起こしてみても、いわゆるお人好しだから真面目に勉強して、まずまず成績もよかったという程度の平凡な人間だ。それが大人になって、いろんな方々のお陰で少しは勉強して自分なりの考えも持ち、多少は意地も張って頑張ったから、人とは違って見えたという程度の、〝へんてこ先生〟ぐらいなものだ。
またもう一つ、あらかじめ断っておくと、私は、悩める生徒に真正面からとっくむ、いわゆる「熱血先生」でもなければ、次々とワル(?)の首根っこを捕まえて言うことを聞かせるような指導力のある教師でもなかった。そんな地力のある教師は、私の周囲にも何人かいたし、そういう点では私は、実に凡々たる教師だった。そんなおっかない世界に派遣されたら、私は、ワルの前でへどもどしてしまうのがオチだ。私はただ、私のようなタイプの人間ができる範囲での最善を模索したにすぎない。
なぜこんなことを書くのかというと、そんな人間にも子どもたちの心に何がしかの思い出を残す、何がしかの教育が多少なりともできたということのほうが、ほんとに大変な学校で頑張っておられる先生たちの参考や励みに、多少なりともなるのではないかと思うからだ。
そうは言っても、お読みいただければ解るとおり、そんな凡々たる私も、「学校」という常識を重んじる場にあっては、やはり変わり者だった。私は「学校現場」という仰々しい言葉が嫌いなので、ただ「学校」と言いたいのだが、そこが、どれほど苦労の多い場所であるかを知っているつもりだ。そこに私のような変わり者がいれば、なおのこと周囲が苦労し、私もまたそれなりの苦労をせざるを得なかったのは当たり前のことだ。異質なのは私である。だから、出世はしなかった。しかし、クビにもならなかった。よくも長い間泳がせていただいたと、むしろ感謝したい。
そこで今、早々と総括するならば、要するに私は、近代文明が目指す価値観を信じる人たちの中に、それら一切を疑ってかかる、一種、異邦人のような存在として飛び込んでしまった人間であった。そこに齟齬が生じたのは、極めて自然なことだったのだ。惜しむらくは、私には、そんな自分の立場をどこか心地よい傷として悦に入り甘えているようなところがあったと思う。もっと無私になって率直に語りかけていれば、別の結果が生まれていたのではないかと反省している。それを若さのせいにするのは、二重の甘えというものかも知れない。
そうした反省も踏まえて、後世のためにも、できるだけ率直に私と子どもたちとの日々を振り返ってみたい。お読みくださる皆様には、どうか広やかに見守るような気持ちで、より豊かな日本の教育を考える一つの材料としていただければ幸いである。
版元から一言
教室は、知識を伝えるだけの場所ではない。文学や哲学、芸術、自然、部活動、旅――さまざまな世界と出会い、人と文化が響き合う「美しき小宇宙」である。
本書は、三十五年にわたる教員生活のなかで育まれた豊かな教育実践を綴る二巻構成の随想集、その第1巻である。日々の授業や生徒との何気ないやり取りを起点に、季節の花の香り、読書や音楽、自然との触れ合い、旅先での発見など、多彩な体験が教室へと持ち込まれ、生徒たちの心と世界が少しずつ広がっていく姿が描かれる。
効率や成果が重視される時代にあって、本書が静かに伝えるのは、授業とは人間と文化が出会い、ともに育ち合う営みであるということ。教師自身の迷いや喜びを率直に織り込みながら、教育の本質的な豊かさと、人が学び続けることの歓びを温かな筆致で伝える。
上記内容は本書刊行時のものです。
