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音楽の見える瞬間(とき)
ホワイトハンドコーラスNIPPONのきせき
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2026年5月31日
- 書店発売日
- 2026年5月27日
- 登録日
- 2026年4月8日
- 最終更新日
- 2026年5月20日
紹介
「壊れた人」なんて言わせない。わたしたちが「音楽」になればいい!
「手歌(しゅか)」と歌声でうたう子どもたち、感動のドキュメント。
黒柳徹子さん(女優・ユニセフ親善大使・社会福祉法人トット基金 理事長)推薦!
「本当の歓喜は、みんなで歌うもの。
ベートーヴェンも喜んでいるでしょう。」
声だけでなく、手話をもとにした「手歌(しゅか)」をもちいて歌う合唱団「ホワイトハンドコーラスNIPPON」は、さまざまな“違い”をもつ子どもたちが創造性を思い切り発揮し、力を合わせて音楽に取り組む「インクルーシブな合唱団」。
南米ベネズエラで「エル・システマ」の一部門として生まれた「ホワイトハンドコーラス」が日本で花開き、個性ゆたかな子どもたちがいくつもの“壁”を乗りこえて、ついに音楽の都ウィーンでのベートーヴェン《第九》演奏会を成功させるまで──。
子どもたちの生き生きとした姿をおさめた写真も多数掲載!
目次
はじめに──新しいかたちの合唱団との出会い
おもしろい写真展をやっているよ
壁の向こうにいる子どもたちに手渡したい
第1章 「声隊」と「サイン隊」が奏でる“きせき”
手歌はすべての子どもの新たな歌の表現
「障害の有無にかかわらず」の視点をこえる
episode 1 ある日のホワイトハンドコーラス練習会場
日曜午後は安心して創造できるしあわせな時間
手歌は思ったことを自由に表現できる
第2章 「すべての子どもにチャンスがある」ベネズエラ
どの家庭でも楽器ができる国がベネズエラです
奏でろ、歌え、そして闘え
誰も取り残さない、すべての子どもにチャンスがある
音楽教育によって社会変革をめざす
譜面台の楽譜の先を見なさい
貧困地区出身の子どもがベートーヴェンを学ぶ
episode 2 うららさんとゆいこさん
ともに活動できる場所を見つけることができた
わたしは死ぬまでホワイトハンドコーラスに通う
第3章 「手歌」は長い年月の試行錯誤で生まれた
特別に分けない学び方を考えている
手歌は長い年月の試行錯誤で生まれた
ぼくの腕を日本の子どもたちにあげたい
音楽によって世界の一員だと理解できる
子どもは呼吸をするように音楽に触れて育つ
episode 3 かりんさんとこうちゃん
聞こえなくても音楽ができると伝えたい
白杖を持っていても全盲じゃない人もいる
第4章 ホワイトハンドコーラスが日本で生まれた
エル・システマが日本にやってきた
ろう者がオーナーシップをもつ手歌
聞こえなくても音楽を楽しめるはず
ドゥダメル氏に「《第九》をやりたい」と伝えた
聞こえない人が「歌を楽しむ」
福祉と芸術のバランスを模索しつづける
episode 4 京都から手歌と歌声が響きあう
お姉さんたちがやさしく教えてくれる
むずかしいことでも〝楽しい〞に変える場
第5章 音楽によるソーシャル・インクルージョン
最初の分離は一生の分離
子どもも大人も立場は対等
ミルとキクとポッシボとにじふらい
坂本九さん「じつはみんなに聴いてほしい歌がある」
合唱は違う歌をあわせること
episode 5 あーりんとりんさんとゆうたくん
手歌は聞こえない人と共存するツール
障害のない自分は歓迎されないと思った
新しい友達と一瞬で仲良くなれる場所
第6章 ウィーンでベートーヴェンに《第九》を届ける
芸術は人間を障害から解放してくれる
ゼロ・プロジェクト 人間の尊厳
すべての人が偏見を捨てたらわたしは自由になれる
国連でベートーヴェンに《第九》を届ける
ベートーヴェンに手歌を見せたい
チャンスをもらったので挑戦しようと決めた
「芸術か福祉か」の議論を超えた子どもたち
どの音楽教室にも白い手袋を置いて
手歌が音楽を視覚化したから写真で伝えられた
episode 6 京都のりっかさんとお母さん
違いを楽しみ、違いに敬意を払う
第7章 ウィーンその後──手歌で世界が変わる
耳が不自由な人と言わないで
わたしたちは壊れた人ではない
《オランウータン》から生まれた手紙
episode 7 子どもの夢を実現する社会をつくる
歌の力で世界を平和にしたい
おわりに
参考文献
前書きなど
はじめに──新しいかたちの合唱団との出会い
おもしろい写真展をやっているよ
わたしがホワイトハンドコーラスに出会ったのは2021年11月21日のことだった。知人から「フォトグラファーの田頭真理子さんは知っていますか? いまおもしろい写真展をやっていますよ」と勧められ、東京・池袋の東京芸術劇場に足を運んだのがきっかけだ。マラソンが趣味のわたしにとって、池袋は自宅からちょうど10キロ。「ジョギングがてら観に行こう」くらいの気軽な気持ちだった。まさかこのとき、自分がこんな本を書くことになるなんて、想像すらしていなかった。人生は、どうなるかわからない。
タイトルは「第九のきせき~ホワイトハンドコーラスNIPPON写真展」。会場に着くと、暗闇を背景にした子どもたちの写真が、会場いっぱいに展示されていた。写真展のウェブサイトには、「聴覚を失っていたベートーヴェンと同じ世界に生きるろう者が、音楽の流れを想像しながら手話に訳した「手歌」の《第九》は世界ではじめての発表です」とある。さらに「光の軌跡は「ことば」であり、切り取られた時間の流れは音楽を想起させます」とつづいていた。
写真のなかの、ひとりひとりの子どもたちの輝くような表情と、白い手袋をつけた手の動きが描く、色とりどりの光の軌跡の美しさに魅せられる。注意深く観ていると、その光の軌跡は白い手袋の指先に縫いつけたLEDランプによるものだとわかった。「光の軌跡はことばである」という説明どおり、それがただの光跡ではなく、子どもたちがみずからの身体から発している〝ことば〞なのだと強く感じた。
どのくらい会場にいただろうか。展示を観おわって帰ろうとしたとき、田頭真理子さんの姿を見つけた。近寄って感謝と感想を伝えると、思いがけず「今日は練習を公開していますよ。観ていきませんか」と誘ってくれた。写真のなかの子どもたちは「ホワイトハンドコーラスNIPPON」のメンバーで、今日は練習日なのだと田頭さんは言う。
ウェブサイトの解説には、ホワイトハンドコーラスNIPPONについて、「聞こえない子も、見えない子も、その友達も、多様な子どもたちがたがいの力をあわせて活動するユニークな合唱団」と書いてあった。説明を読んでも具体的なイメージがわかず、一瞬躊躇したが、なにか心に引っかかるものがあって、練習会場を覗いてみることにした。
部屋に入ると、子どもたちがベートーヴェンの《第九》の旋律にあわせて手や身体を大きく動かしていた。そうか、さっき観た光の軌跡は、歌にあわせた手の動きで、これが「手歌」なのか。そして、そのなかの数人は聞こえない子どもたちであることを思いだした。その手の動きは、わたしが知る手話とは違って、楽器を奏でるように見えた。まるで、そこから音楽が聞こえてくるようだった。
音が聞こえないはずの子どもたちが、一心に音楽を表現している。その姿を見ていると、胸の奥から熱いものがわきあがり、気がつくと目に涙があふれていた。わたしは誰にも気づかれないように、そっと会場を抜けだした。
帰り道、イヤホンで《第九》を聴きながら考えた。あの感情の揺れはなんだったのだろう。聞こえない子どもたちが音楽を表現するという、奇跡のような瞬間に立ち会ったからなのだろうか。「手歌」は音をもたない。けれどわたしはたしかにあの場で〝音楽〞を聴いていた。あの場で子どもたちは「ここにいるわたしたちを見て、聴いて、わたしたちの存在を感じとってほしい」と語りかけてきた。
そして、多様な子どもたちが歌声と手歌でひとつになる姿は、明日への希望そのものだった。あの〝音楽〞は子どもたちの生きている証であり、尊厳であり、そして未来へとひらく扉だったのだ。合唱団についてもっと知りたいという思いがわたしを突き動かした──。わたしのホワイトハンドコーラスをめぐる旅はこの日からはじまった。
それいらい、どれほどコンサートや練習に立ち会ってきただろうか。最初は子どもたちの名前もわからず、ひとりひとりの写真にメモをそえておぼえていった。やがて顔と名前が結びつき、保護者とも話ができるようになったころ、合唱団はウィーンに渡ることになった。初の海外公演に記者として同行することになり、取材を重ねるなかで、ホワイトハンドコーラスNIPPONが、たがいの違いを認め、助けあい、ともに未来をめざす合唱団だと理解するようになった。
(後略)
上記内容は本書刊行時のものです。
