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いのちのかけら
生きているだけではいけませんか
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2026年6月30日
- 書店発売日
- 2026年6月25日
- 登録日
- 2026年6月4日
- 最終更新日
- 2026年6月23日
紹介
24年間、教護院(児童自立支援施設)に夫婦で住み込み、子どもたちと寝食を共にし、子どもたちに真正面から、本音でぶつかっていった!
子どもたちに心の成長を促しながら、「生きること」「生きていること」の意味を問い続けた魂の記録!
目次
【目 次】
<発刊に寄せて>
臨済宗円覚寺派管長 横田 南嶺
夢工房「だいあん」㍿ 光田 敏昭
(私家版『いのちのかけら』より転載)鶴田 清・紀子
<二人三脚 夫光文の思い/妻須重子の思い>
<あなたにとって家庭とは~愛情や理性を超える悲しみの中に~>
「家庭」を問い直す/「家庭」に必要な二つのこと
生きることの悲しみを背負った子どもたちから学ぶ
<教護における人間の問題>
一 生きてきた歳月
中学の教師として/教え子の日記で目が覚める
教師を辞め子どもたちと考える/26歳で大学に入り直す
二 福祉への道 福祉施設に夫婦で住み込み
三 阿武山学園「教護」として
教護員養成所に入る/居場所を見つける
四 集団の風土づくり
なぜ子どもは逃げるのか/皆、面従腹背やで/子どもたちに言った! 出ていけ、と
五 子どもの集団が子どもを変える 子どもを支えるのは子ども
六 子どもたちとの接点 子ども心に近づくために
七 淋しい子、孤独な子 生きがいを子どもたちに与える
八 人間にとって「不良性」とは何か
九 〝転ずる〟ということ
十 情性について
(1)人を信じられない、それはなぜか/⑵人の気持ちのわからぬ子/⑶時間的持続を欠く子ども/⑷刹那的な子/⑸表面を飾りたがる子/⑹今を味わうことの出来ない子/⑺情性の欠如とそのなりたち /⑻情性の育成、発達保障 ⑼ 情性欠如の人生とは……
十一 生活指導と福祉の根元
十二 仕合わせと情性の発達
十三 よく生きるということ
生半可な知識は必要ない/ガンに冒されたS子のこと
すべての子どもが深い心のつながりを求めている
<ある少女の軌跡からひとつの真実をみる>
一 阿武山学園と登校拒否児
二 K子の入園に至った経過
三 学校へ行くという意味
四 自己実現へのプロセス/五 人間の強さとは何か
六 白鳥のごとくに/七 K子とその恋
<嵐のなかのこどもたち~ある少女への鎮魂歌~>
<生きているだけではいけませんか~生きる意味~>
一 最初の疑問/二 家出人生のはじまり
三 父性と母性/四 福祉施設との縁
五 いのちの長さというとき/六 孤独悲愁の子ども達
七 日記指導を通して/八 自分を生きられぬ子
九 自立ということ/十 自己が自己を生きる
十一 生きているだけではいけませんか
十二 出会いと理解/十三 花語らずの世界
十四 白鳥は哀しからずや/十五 人生の土台
十六 花のいのち /十七 おわりに―田村一二氏の自然―
前書きなど
いのち、とは重々無尽の果てしないつながりそのものであり、また、それは不思議としか言いようのない縁の中にある。東京で生を受けた私は、その六か月後から秋田の山深い寺の子として育った。華やかな東京の生活から、やがて電気も水道もない、それどころか言葉さえ通じぬ東北の山奥へ転居する話の中で、妊娠、出産とあれば42歳の母にストレスのなかった筈はない。兄弟姉妹5人の中で、私だけは特別に色白の、ひ弱な牛乳育ちであった。
小学校では虚弱児童として、当時としては異例の配慮によるものであろうが、昼食はいつも2~3人の仲間と一緒に小使い室の隣で、特別給食を受けていた。就学時も、すでに姉も兄も普通に通っている小学校にさえ、みんなとは絶対に行けない、今で言えば「登校拒否児」であった。どんな手こずらせ方をしたのか、登校にはいつも母が付き添った。
それだけではない。母を離れては教室さえ一歩も入れず、母と机を並べて過ごしていた日々を覚えている。一体どれくらいの期間そんなことを続けていたのか、両親の亡くなった今は確かめようもないが、本当にどう仕様もない甘ったれの子であった。
そんな私が、死にもせず、いろいろな人生遍歴の末、今、ここにあることを思う時、ただただ生かされてという謝念の思いで感無量になる。
「いのちのかけら」という言葉は、私の言葉ではない。東井義雄先生の詩集のあとがきに、
「私たちが感じたり思ったり考えたりしたことは、わたしたちのいのちのひとかけらひとかけらなのだから、それを感じっ放し、思いっ放し、考えっ放しにしてしまわないで書きつけておこうじゃないか、それが自分を大切にすることではないだろうか」と語っている文から勝手に頂いたものである。
すべての子どもは育てられ、また育つのである。
「小舎夫婦制」という私共の生きた「教護」(教育保護)は、沢山の他の職員の協力と夫婦の心を一つにした生活の中で展開されたもので「私」個人はなく、すべて「私たち」というべきものである。
子どもたちの心に、いつ誰が、どのようにして深い安心感を与えるものであろうか。私たちは今にいつも祈るような思いを抱くばかりでいる。
版元から一言
非行少年・少女たちと寝起きを共にしながら、人としての成長を支え続けた夫婦の物語。
上記内容は本書刊行時のものです。
