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それ自体を表す象徴
原書: Symbols That Stand for Themselves
- 出版社在庫情報
- 不明
- 初版年月日
- 2025年12月20日
- 書店発売日
- 2025年12月20日
- 登録日
- 2025年11月2日
- 最終更新日
- 2025年12月8日
紹介
「かのように」が「ある」となり、「ある」が「かのように」となる――比喩的な「かのように」と字義通りの「ある」が互いに互いを置き換えていく隠喩の運動を文化を構成する原理として捉えるオブヴィエーション(除去―顕在化)分析を通じて、タルコット・パーソンズ、デーヴィッド・シュナイダー、ソシュール派言語学/レヴィ=ストロースの構造主義など、自然/文化の二分法を含めた静的な象徴体系に対し、動的な象徴体系の提示を試みる意欲作。
ワグナーの仕事は2010年代以降の人類学における「存在論的転回」の先駆とみなされながらも、本書は、構造主義における静的な「構造」概念そのものの乗り越えを試みる「構造なき構造主義」の、より幅広くかつ野心的な射程を持つと言えるだろう。
目次
まえがき
第一章 序 論
第二章 言葉にするには明確すぎる
第三章 散らばる隠喩――意味のホログラフィー
第四章 皮膚上の死――死の不可避性と図と地の反転
第五章 画期――実在する時間と実在しない時間
第六章 西洋の中核的な象徴
第七章 結論――三次比喩と人間の条件
参考文献
訳者解説
前書きなど
これは、文化的な生を構成し組織化する力としての意味に関する本である。本書では、人間的な現象というものが、私たちが「意味」と呼ぶ知覚の形式をとりかこむようにして精神的・物理的・文化的に組織される単一で一貫した観念(idea)だということが主張される。このように考えることによって、既知の一般的な現象と特定の学問的主題の領分がたまたま合致することで生みだされる説明の寄せ集めに代わって、簡潔で統合された発展的な視野を得ることができる。比喩や隠喩は―― それらはまさに表現というものにおける最も理解し難く説明し難い側面であるが――、〔意味の〕広がりつつ変化していく性質の基礎をなしている。この性質はある種の自己言及的な内旋をなしており、個々の象徴的な内容を超えた形式性や体系性を備えている。
もちろん意味は自在に浮遊する実体なきものではなく、文化的な慣習との特定の関係によって生じる現象に他ならない。意味が、いかなる仕方で、いかなる形の媒介を通じて生じるのかは、長きにわたる思索と論争の主題である。その解明に向けた試みの大半は、意味という現象を、操作可能なものとアクセス可能なもの―― 統語論や文法と発話のカテゴリーや〔発話〕行為の必要性および生産性―― のあいだに固定しようと躍起になってきた。
表現や知覚としての意味が文化の諸形態に依存するものであるならば、ここには明らかに注意を払うべき〔意味と文化の〕関係がある。この関係こそが、人間の文化それ自体の力能と限界を構成しているからだ。自らが専門とする「科学」によって意味を扱ってきた専門家たちは、意味とは記号―― 状況の全体をそれに随伴する特定の種類の秩序として合理化するために用いられる抽象的なコード化や関数―― の効果であると、多かれ少なかれ折衷主義的に論じてきた。
こうした仮説的で実用的な定義には意味を記号に従属させる効果があり、それによって意味の研究は、記号学や記号論、すなわち、記号とその秩序化の科学における課題となる。こうしたアプローチは、物事を名づけることの意味を、意味を名づけることの内部に限定してしまうものであり、学問的な手続きにおける慣習主義と合理性を不用意に研究対象に反映させてしまうものだと私は主張したい。だからこそ、『文化の創出(The Invention of Culture)』では、私が「創出」と呼ぶ解釈上の意味の引きだしにはそれ自体の生命があるとみなすことができ、それは自らの目的に合わせて文化的慣習の使用を成型できると論じたのである。実際、創出は文化的慣習との弁証法的な関係に組み込まれており、人間の表現と文化による動機づけを完全に理解しようとするならば、この弁証法に目を向けなければならない。………(「まえがき」より抜粋)
上記内容は本書刊行時のものです。
