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靖国神社と日本の終わらない戦後
歴史・記憶・実践
原書: Yasukuni Shrine: History, Memory, and Japan's Unending Postwar
- 出版社在庫情報
- 不明
- 初版年月日
- 2026年8月15日
- 書店発売日
- 2026年7月23日
- 登録日
- 2026年6月25日
- 最終更新日
- 2026年7月21日
紹介
外交問題や政治利用の文脈で語られがちな靖国神社。本書は、「戦争の記憶の多様性」と「記憶と空間の関係性」といった新たなアプローチから、靖国神社を一世紀半近くの歴史を持つ「戦争記念碑」として捉え、戦没者追悼の本質と日本の近代史を問い直す。
目次
日本語版序文[アキコ・タケナカ]
序章
1.記憶と空間的実践
2.犠牲者という言説とカウンター・メモリー
3.戦争責任、戦後責任
4.各章の概観
第1章 死を動員するということ――靖国神話の起源
1.靖国という実践の起源
2.尊皇攘夷と楠木正成の伝説
3.長州における慰霊の実践
4.誰が合祀されうるのか
5.死の政治利用――遺体そして慰霊という実践
6.正当な埋葬を禁ずるということ――会津の死者たち
7.西南戦争と靖国神社の誕生
第2章 歓喜を制度化するということ――靖国における戦争のスぺクタクル化
1.東京招魂社
2.名所としての靖国神社
3.娯楽、軍国主義、宗教
4.靖国神社における戦争のスペクタクル化
5.スペクタクルのネットワーク
第3章 嘆きと誇りのネットワーク――地方における靖国神社
1.徴兵制――近代日本で兵士になるということ
2.地方において戦争を讃えるということ
3.地域での死の追悼
4.学校における戦争、天皇、そして靖国神社
5.死の儀式と近代の家族構造
6.創られた英霊
第4章 悲嘆を制度化するということ――靖国神社と総力戦
1.陸軍上等兵黒川梅吉の「名誉の死」
2.アジア・太平洋戦争中の靖国神社
3.招魂式
4.遺族たちの東京
5.遺体の行方
6.戦死の報道
7.万人のための美談
8.カウンター・ナラティブ
第5章 悼む権利は誰のものか――靖国合祀のポリティクス
1.軍なき日本における靖国神社
2.戦後の合祀活動
3.靖国合祀に対する異議
4.感情の問題vs法の問題
5.台湾と朝鮮――植民地時代の過去が残したもの
6.顕彰と追悼
7.沖縄――民間人英霊という問題
8.オフィシャル・ヒストリー、民間人の体験、修正された証言
9.訴訟――追悼のプロセスか個人のポリティクスか
第6章 記憶を動員するということ――ポストメモリー世代と靖国
1.トラウマと回復
2.平和博物館としての遊就館
3.遊就館における日本の「正しい歴史」
4.若い支援者の育成
5.みたままつり――伝統とイデオロギーの融合
6.犠牲者、加害者、責任
エピローグ 記憶をめぐる争い――カウンター・モニュメントとしての靖国神社
注
参考文献
解説――境界からの視線・生きられた現実[梅森直之]
訳者あとがき[佐藤雪絵]
索引
前書きなど
解説――境界からの視線・生きられた現実[梅森直之]
本書は、Akiko Takenaka, Yasukuni Shrine: history, memory, and Japan's unending postwar, University of Hawaiʻi Press, 2015の日本語訳である。ここにあきらかなのは、本書がもっぱら英語圏の読者を念頭において記された作品であるということだ。日本では、これまで靖国神社を主題とする著作や論文が、すでに数多く出版されている。こうした既存のテクスト群に対し、本書の翻訳をあらためて日本の読者に問う意味はどこにあるのだろうか。
(…中略…)
近代の日本が、世界のさまざまな地域に生きる人びとに影響を与え、かれらの歴史の一部となっていることを思えば、靖国神社の歴史もまた、日本人に対してだけでなく、世界の人びとに向けてもまた語り直される必要がある。本書は、これまで出版されてきた靖国神社をめぐる著作や論文が、もっぱら日本の読者に向けて書かれてきたものであるのに対し、グローバルな読者を対象とした著作である点に最大の特色を持つ。日本人が日本の近代史を、そして靖国神社の歴史を世界に向けて発信する機会と責任は、グローバル化する社会において今後ますます増大していくように思われる。本書は、そうした課題に立ち向かう日本の読者に対して、重要な導きの糸となるであろう。
靖国神社を世界に向けて語ることはいかにして可能となるのか。著者は本書が、「境界」から眺められた靖国神社の姿であることを次のように述べている。「私の靖国研究は、アメリカと日本を行き来した者の視点で捉えている」。著者は本書において、学生時代を過ごした日本という場から、靖国神社の「内在的」な理解を試みているわけでもなく、また現在の仕事と生活の場であるアメリカという場から、靖国神社を「外在的」に分析しようとしているわけでもない。日本とアメリカの「境界」に立つという意識的な選択こそが、本書をこれまで数多く出版されてきた靖国論から分かつメルクマールであろう。(…)
(…中略…)
靖国神社をめぐる問題は、きわめて複雑な背景を持ち、多くの日本人にとって、今日もなお接近することが困難な政治的・思想的課題として存在する。その問題の複雑さを、日本人以外の読者にも知ってもらい、その解決を、日本人を含むグローバルな読者とともに考えようとする意欲が、本書の議論を駆動する原動力である。著者はその第一歩として、靖国神社へ赴き、そこに充溢する多様な声と記憶に思いをはせ、それに寄り添ってみることを提案する。それはまた、「○○人」という強固な思い込みから離れ、「他者」との「境界」へと、歩みをすすめる営みでもある。「境界」に立つという選択は、「帰国子女」として育ち、日本とアメリカを行き来する著者のみに許された特権ではない。「境界」に立つ必然性と可能性は、「他者」の声に耳を澄ませ、それに真剣に応答しようとするものすべてに対して開かれているからである。
本書を手にした読者の皆さん、まずは靖国神社に行ってみようではないか。そしてそこに刻まれた多様な声と記憶に思いをはせ、それを生きた人びとの情念とともに、体感してみようではないか。こうした営みの先に、靖国神社は、「議論の場」という新しい装いで、その姿をあらわにすることになるだろう。そしてそれは、私たちが、日本の過去と未来を、世界の人びととともに考えてゆくための重要な契機となるだろう。
上記内容は本書刊行時のものです。
