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近代天皇と競馬
「帝国の賭博者」をめぐる主体性と偶然性
- 出版社在庫情報
- 不明
- 初版年月日
- 2026年6月27日
- 書店発売日
- 2026年7月16日
- 登録日
- 2026年6月16日
- 最終更新日
- 2026年7月7日
紹介
近代日本における天皇は善悪を包含し、偶然性をも司る存在であった。近代天皇と競馬ファンの関係を「ギャンブルを振興するミカド」「帝国の賭博者」という独自の視座で捉え直し、近代日本の歴史的・思想的特質を解き明かす。
目次
はしがき
凡例
図版出典一覧
第1章 序論――問題意識と研究意義
第1節 研究についての問題意識
1.1 研究背景
1.1.1 ディープインパクト号の出現と凱旋門賞
1.1.2 天皇とギャンブル
1.2 研究目的
第2節 先行研究
2.1 競馬に関する研究
2.2 近現代天皇像形成に関する研究
2.3 近代スポーツに関する研究
第3節 分析の枠組み
第4節 本書の構成
第2章 競馬の歴史――1860年以前
第1節 本章(本書)の目的
第2節 人と馬の営み
2.1 動物の進化(ヒト科とウマ科)
2.2 馬への眼差し
第3節 競馬とは何か
3.1 「古式競馬」と「近代競馬」
3.2 ヨーロッパの古式競馬
3.2.1 競馬の始まりとギリシア競馬
3.2.2 ローマ帝国の競馬
3.2.3 古式競馬の終わり
3.3 古式競馬のまとめ
第4節 スポーツ概念と近代競馬の誕生――王侯貴族・ジェントルマン・クラブ
4.1 近代スポーツの誕生と競馬
4.2 「ジェントルマン」とは何か
4.3 英国社会と近代競馬
第5節 近代競馬のまとめ
第3章 本邦における競馬の受容――1900年まで
第1節 日本の古式競馬
第2節 明治天皇と競馬
2.1 日本近代競馬の幕開け――幕末から明治期の競馬
2.2 政治外交と競馬――「社交」から「軍事」へ
2.3 明治天皇と近代競馬
2.3.1 明治天皇の競馬行幸
2.3.2 明治天皇と根岸競馬
第3節 明治新政府・居留外国人・民衆(多様な近代競馬認識)
3.1 競馬推進者と主催官庁(それぞれの思惑、名馬イメージの違い:農耕馬以外)
3.1.1 内務省の場合
3.1.2 陸軍省の場合
3.1.3 宮内省の場合
3.2 居留外国人から見た日本近代競馬創成期
3.2.1 ジェントルマンたちの課題
3.3 民衆から見た日本近代競馬創成期(文明と非文明の交錯)
3.4 明治博徒と競馬社会
第4章 「帝室御賞典」と「帝国の賭博者」
第1節 明治期から補助金競馬時代にかけての競馬の概要
1.1 馬券黙許時代
1.2 日本近代競馬の「ジレンマ」
1.2.1 日本の競馬観
1.2.2 「ジェントルマン精神」の受容
1.2.3 日本人の競馬参加
第2節 「帝室御賞典」の誕生と拡大
2.1 「帝室御賞典」の誕生と馬券黙許時代
2.2 馬券の禁止と競馬法制定へ
2.2.1 馬券禁止の過程
2.2.2 補助金競馬時代
2.2.3 競馬法の内容
2.3 補助金競馬時代の「帝室御賞典」
第3節 「帝国の賭博者」の形成史(競馬法の完成=誕生)
第5章 皇室と近代スポーツ――1920、30年代
第1節 大日本帝国と近代スポーツ
1.1 新しい天皇杯の登場(日本近代スポーツ受容における3類型)
1.2 皇室によるスポーツ振興――スポーツイメージの転換とスポーツの普及
1.3 スポーツの熱狂時代と競馬
第2節 「帝国の賭博者」の様相
2.1 「みる、かける」スポーツとして
2.2 競馬ファンの登場
第3節 競馬とデモクラシー(民主主義)
第4節 各競馬倶楽部の成長と「帝室御賞典」
4.1 「天皇の馬、競走馬」と「帝国の賭博者」(競馬ファン)
4.2 競馬(ギャンブル)の二重性
4.3 競馬倶楽部の成長と法改正
4.3.1 馬政局と控除率の変遷
4.3.2 競馬法の改正
第5節 「前期的」日本大衆競馬形成期 1923~45年
第6章 大日本帝国の大衆競馬――1936~45年
第1節 大日本帝国下における競馬事業
1.1 一人の帝国臣民(前田長吉)
1.2 戦時期競馬の思想的問題点
1.3 前田長吉の生涯
1.4 1930、40年代における日本競馬の動向
1.4.1 大日本帝国の競馬事業
1.4.2 日本競馬会と「帝室御賞典」(天皇賞)
1.4.3 天皇(「ギャンブルを振興するミカド」)と「帝国の賭博者」
1.5 本節のまとめ
第2節 「大日本帝国」の競馬とは何か
2.1 外地の競馬
2.1.1 朝鮮の競馬
2.1.2 台湾の競馬
2.1.3 樺太の競馬
2.1.4 その他の競馬
2.2 地方競馬
2.2.1 地方競馬の誕生
2.2.2 地方競馬規則の改正
第3節 競馬事業の思想空間
3.1 国体・天皇・競馬
3.2 「帝国の賭博者」(競馬ファン)の〈主体〉
第4節 本章のまとめ(戦前競馬の終わりとその意味)
あとがき
引用・参考文献
附録
前書きなど
はしがき
本書は、近代日本における天皇と競馬の関係を明らかにしたものである。近代競馬の変遷をきわめて実証的かつ緻密に分析しつつ、ミカド(帝)による儒教的な統治思想との関係を歴史哲学的に解明している。絶対的かつ道徳的な統治者としての天皇が、なぜ競馬というギャンブル(悪)と結び付いたのか。そこに、近代日本の統治思想の秘密がある(またそれが日本型近代競馬を促し、今日の日本大衆競馬と呼ばれるものを作った)。
明治以降の帝国日本において天皇は〈理〉の中心であり、すなわち道徳性と帝国原理の根源であった。そのことは他方で、臣民と名づけられた一般大衆に対する秩序の付与者であると同時に、その欲望と偶然性にも説明を与えるべき存在であった。貴族的で典雅な行事としての西洋近代競馬と、一般大衆のギャンブル的欲望という両極が合体した近代日本の競馬という現象を通して、本書は日本近代というものの思想的・歴史的特質を綿密かつ実証的に明らかにしている、極めて独創的な研究である。
また、英国で誕生した近代(洋式)競馬の成立背景を比較対象としつつ、馬と政治をめぐる文明論的議論も展開したものである。単に競馬について語っているというよりは、人類史における「馬」という動物の意味を説き、古代からの競馬と政治の関係、そして明治政府が西洋化という使命を遂行する際に「競馬という文明」をいかに解釈して採り入れたのか、についても広い視野で考察しており、一編の比較文明史として読むことも出来る、壮大なスケールの書物である。それ以外にも近代スポーツの歴史上における「競馬」の位置付けを本書で学ぶことが出来る。
さらに、本書は競馬の内容であるが、「近代天皇制」とは何か、「日本人」とは何か、という日本国民の主体形成の問題や近代日本の新しい歴史解釈についても言及している。天皇は時間と空間を支配する存在だけでなく、善悪を両立させながら(曖昧にさせながら)、偶然性を司る近代日本のカリスマであった。帝国臣民の〈主体〉はそこに絡めとられたが、それによって決して自由なる〈主体〉が失われたという訳ではなかった。天皇による朱子学的な統治は暴力的でありながら寛容な側面を残すのである。問題の本質は自由なる〈主体〉と抑圧される〈主体〉を統治者が同時に取り込むことにある。この部分については本文中で強調しているので、こうした論点も意識して読んでいただければ幸いである。
(…中略…)
本書は、毒薬である。近代日本の「パンドラの箱」を開けて、悲しみを直視する物語ともなっている。それは天皇自身についても言える。なぜならミカドがこの状況(究極のカリスマ化)を強く望んだという訳ではないからだ。日本の近代はあまりに複雑な社会だった。だから競馬にあまり関心がない多くの人にも読んでいただきたい。不幸な近代日本を直視し、振り返る役割を、本書が少しでも果たせれば良いと思う。
上記内容は本書刊行時のものです。
