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日本帝国の「東洋史」開発と天皇制ファシズム
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2026年3月31日
- 書店発売日
- 2026年4月2日
- 登録日
- 2026年3月4日
- 最終更新日
- 2026年6月4日
紹介
日本の近代学問研究の上で、「東洋史」はなぜ、事実上の中国史なのか。朝鮮史を日本史の一部と考えることで成立した東洋史研究のいびつさを検討し、徳富蘇峰に代表される国粋主義の日本史研究がもたらした侵略主義歴史教育と皇室中心主義を俯瞰する史学史研究。
目次
日本語版によせて
プロローグ 近代日本歴史学における国家主義の起源――その手がかりを探して
1 研究の糸口と背景
2 1902年、日本史に強制編入された韓国史
3 本書の構成と関連資料確保の過程
4 現地踏査:萩、山口、盛岡
第一部 「東洋史」開発と侵略主義歴史教育――吉田松陰と那珂通世
第1章 「東洋史」という用語の由来と認識の現況
1 天皇が支配する新たな東アジア世界「東洋」
2 東京大学の「東洋史」認識現況
3 京都大学の「東洋史」認識現況
4 日本における学界の動向と認識
第2章 明治政府の対外侵略主義
1 徳川幕府と尊皇派の対決
2 明治新政府の中央集権体制
3 明治新政府の周辺地域および国家に対する侵略政策
4 自由民権運動と西南戦争
第3章 1880年代、国家主義体制確立と吉田松陰
1 内閣制の成立
2 帝国憲法の制定と「教育勅語」頒布
3 国家主義学制の整備
4 国家主義教育の基盤、吉田松陰顕彰
5 吉田松陰の「周辺国先占論」
第4章 西洋式歴史学の受容と、那珂通世の「東洋史」提案
1 欧化主義時代における日本の歴史学
1)日本知識界の西洋文物受容
2)西洋歴史学受容の様相
2 1894年 那珂通世「東洋史」提案の背景
1)養父那珂通高と吉田松陰
2)那珂通世の学問的成長過程
3)1890年「教育勅語」頒布と那珂通世の「東洋史」提案
3 「東洋史」科目提案前後の学界状況
第5章 日本・東洋・西洋三科の歴史教科書制度樹立と天皇制国家主義
1 日本国会図書館所蔵旧歴史教科書調査(Ⅰ)
1)旧歴史三科教科書の発行時期分布
2)1902年上半期以前「過渡的」歴史三科教科書
2 日本国会図書館所蔵旧歴史教科書調査(Ⅱ)
1)1902年後半‐1910年歴史三科教科書体制の発展
2)「東洋史」ではなく「日本史」に編入された韓国史:歴史併合の蛮行
3)1910年「韓国併合」後の刊行教科書:「服属」の歴史強調
3 東京帝大・高等師範学校出身一色の著者陣:御用歴史教科書の作成
第二部 日露戦争以降における徳富蘇峰の皇室中心主義
第6章 徳富蘇峰の評伝『吉田松陰』
1 ジャーナリスト徳富蘇峰の思想的・政治的遍歴
1)徳富蘇峰研究の必要性
2)民権運動家徳富蘇峰と『國民新聞』
3)『吉田松陰』(初版):大日本主義への転向
4)日清戦争と『國民新聞』の戦争広報
2 長州閥との密着、侵略主義美化の先鋒に
1)三国干渉の「屈辱」:白閥打倒論の提唱
2)「政治家」徳富蘇峰、『國民新聞』の政府機関紙化
3)桂太郎内閣との密着
4)『吉田松陰』(改訂版):皇道主義の提唱
第7章 第一次世界大戦前後、徳富蘇峰の反米主義
1 『京城日報』監督徳富蘇峰:総督寺内との密着
1)総督寺内による『京城日報』監督招聘
2)「朝鮮統治の要義」十条
2 第一次世界大戦中の反米著述
1)長州閥の亀裂と「大正政変」
2)桂新党と徳富蘇峰の『時務一家言』(1913)
3)第一次世界大戦勃発と徳富蘇峰の「東洋モンロー主義」提唱
第三部 大陸侵略と徳富蘇峰の天皇制ファシズム国民読本
第8章 1920年代大陸進出と徳富蘇峰のファシズム著述
1 田中義一内閣の山東出兵と徳富蘇峰の支那論
1)国際連盟体制と日本の大正デモクラシー
2)田中義一内閣の成立と大陸進出政策の復元
3)田中内閣の山東出兵と徳富蘇峰のアメリカ警戒論
2 徳富蘇峰皇道主義の新たな著述世界
1)100巻の巨帙『近世日本国民史』執筆(1918-1954)
2)皇道主義教本『国民小訓』(1925)
3)「微臣の上訴」:『昭和一新論』(1927)
第9章 1930-1940年代、戦時体制と徳富蘇峰のファシズム国民読本
1 1930年代以後、戦時体制と徳富蘇峰の皇道主義「日本学」提唱
1)軍部の皇道派登場と徳富蘇峰
2)徳富蘇峰の『國民新聞』退社と報国言論活動
3)皇道主義「日本学」提唱(Ⅰ):『昭和国民読本』(1939)出版経緯
4)皇道主義「日本学」提唱(Ⅱ):『昭和国民読本』の要旨
2 1940年代戦時状況と徳富蘇峰の必勝祈願ファシズム国民読本
1)満洲事変から「大東亜戦争」まで
2)「満洲国出現は世界の奇跡」:『満洲建国読本』(1940)
3)「自由主義を退治せよ」:『必勝国民読本』(1944)
3 吉田松陰に関するその他の著述傾向
1)昭和年間に激増した吉田松陰関連著述
2)昭和年間における関連著述の主要傾向(Ⅰ):学術的成果
3)昭和年間における関連著述の主要傾向(Ⅱ):「魚雷を抱いて身を以て死地に投じし護国の鬼」
エピローグ 吉田松陰の「周辺国先占論」から天皇制ファシズムまで
〈資料1〉日本国立国会図書館所蔵 明治~昭和年間 歴史教科書検索結果
〈資料2〉1902年後半期以降、1910年「韓国併合」までの歴史教科書一覧
付録 『近世日本国民史』(時事通信社)全100巻 初版 一覧
前書きなど
プロローグ 近代日本歴史学における国家主義の起源――その手がかりを探して
(…前略…)
3 本書の構成と関連資料確保の過程
本書は三部構成をとっている。
第一部では、吉田松陰と那珂通世を中心に「東洋史」開発の背景と展開を扱った。那珂通世がどのような経緯で「東洋史」を提唱したのか、これを受容した後の日本史、東洋史、西洋史三分科教科書の内容はどのように構成されたのかを中心に検討している。生前に那珂通世が行った活動については、彼の親友であった三宅米吉(1860-1929)が那珂通世の死後に書いた「文学博士那珂通世君伝」(『那珂通世遺書』大日本圖書 1915)に依拠したところが大きい。
第二部では、吉田松陰評伝を著した徳富蘇峰の様々な論説と著書を、「東洋史」成立後の皇道主義開発という観点から分析した。すなわち徳富蘇峰による初版・改訂版『吉田松陰』をとりあげたあと、徳富蘇峰のその他の著述を分析し、彼の皇室中心主義思想の展開過程を明らかにした。前者は、筆者の既存発表論文「吉田松陰と徳富蘇峰」を大幅に改訂したもので、後者は、今回全く新たに考察して得た結果である。1913年の『時務一家言』から1918年『近世日本国民史』執筆着手までの時期を扱っているが、『近世日本国民史』は100巻にも達する巨帙であり、別途の分析と研究が必要である。徳富蘇峰は、1957年に死去する前にこの原稿の作成を終えており、1945-1946年までに77巻が刊行された後、死後の1960-1966年に100巻まで刊行された。
第三部では、昭和時代に満洲事変、日中戦争、「大東亜戦争」が行われたなかで、徳富蘇峰が開発した天皇制ファシズムが、国民読本類の著作を通して広く宣揚された状況を明らかにした。すなわち1925年『国民小訓』、1927年『昭和一新論』から、1944年『必勝国民読本』まで、五種の国民読本的性格の冊子を分析している。1926年、昭和天皇の即位に合わせて出版され始めた読本的性格の冊子には、徳富蘇峰がそれまでに開発した自らの皇道主義を大衆に拡散、普及しようとした意図が歴々とみてとれる。実際に、軍部の中で「皇道派」なる勢力が登場することとも時期的に一致する。第二部、第三部で扱った十余種の単行本は、実物を確保することも容易ではなかった。幸い『近世日本国民史』をはじめとする何種かの単行本はソウル大学校中央図書館で閲覧可能であり、残りは日本の国会図書館デジタルコレクションサービスを通じて利用することができた。先述の歴史教科書をはじめ、国会図書館の各種資料サービスシステムの恩恵により、本研究が可能であったとも言える。
(…後略…)
上記内容は本書刊行時のものです。
