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映画で読み解く現代アメリカ2
トランプ・バイデンの時代
- 出版社在庫情報
- 不明
- 初版年月日
- 2025年4月30日
- 書店発売日
- 2025年5月2日
- 登録日
- 2025年4月15日
- 最終更新日
- 2025年4月23日
紹介
本書は、トランプ・バイデン両政権下のアメリカ社会を、映画を通して読み解くことを試みる。政治、経済、人種、移民、ジェンダーなど多岐にわたるテーマを対象に、カルチュラルスタディーズの視点から、映像文化に潜む社会構造や権力関係を分析。オバマ政権のリベラルな政策からトランプ政権の保守反動、そしてリベラルに揺り戻しが起きたバイデン政権まで、近年のアメリカが抱える分断と課題を考察した一冊。
目次
はじめに
Ⅰ ポスト・グローバリゼーションの世界
第1章 悲劇は喜劇、あるいはすべてが喜劇――『ジョーカー』[遠藤徹]
[コラム]グローバルな格差を巡る様々な映画
[コラム]ゾンビタウン「フィラデルフィア」――フェンタニルの悪夢
第2章 コロナ禍における孤独を描く――『ソングバード』[石塚幸太郎]
[コラム]目的共同体としての抗議活動
第3章 移民問題に見る分断と壁――『ウエスト・サイド・ストーリー』[南波克行]
[コラム]スピルバーグの生い立ちから見る移民
Ⅱ 人種とジェンダーの多様性 vs. 抑圧的政策
第4章 本棚からのメッセージ――『イコライザー2』[伊達雅彦]
[コラム]BLM運動の影響
第5章 すべての野蛮人を根絶せよ――『私はあなたのニグロではない』[宗形賢二]
[コラム]白人至上主義運動
[コラム]BLM運動とリンクする表現者ジャネール・モネイ――奪われつつある人種的ルーツと性の警告
第6章 “RBG”はリベラル派のアイコン――『ビリーブ 未来への大逆転』[寺嶋さなえ]
[コラム]文化戦争としての人工妊娠中絶――プロチョイス対プロライフ
第7章 イン・ビトウィーン・ジェンダーズ――『ムーンライト』[塚田幸光]
[コラム]キリスト教福音派と「性」――『ある少年の告白』
Ⅲ デモクラシーの危機
第8章 ポスト・トゥルースの時代の報道の正義とは?――『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』[小澤奈美恵]
[コラム]トランプ大統領のロシア疑惑と二度の弾劾裁判
[コラム]トランプ大統領対ジョージア州検察――選挙を盗んだのは誰か
[コラム]一月六日議会襲撃事件――威信を失った古きアメリカの反乱
第9章 さらば現実の沙漠よ――『マトリックス』四部作[巽孝之]
[コラム]ポストヒューマン、シンギュラリティ、生成AI
Ⅳ 新たな潮流
第10章 ろう者の世界と聴者の世界をつなぐ架け橋――『コーダ あいのうた』[塩谷幸子]
[コラム]人工内耳をめぐる議論
第11章 オッペンハイマーと原爆の応答責任――『オッペンハイマー』[岩政伸治]
[コラム]『ゴジラ-1.0』ともう一つの戦後日本
第12章 食の政治学――『アメリカン・サイコ』『ハンニバル』[越智敏之]
[コラム]移民と食の融合
第13章 エイリアンから学ぶ――『メッセージ』[鈴木繁]
第14章 一人の人間とアメリカにとっての「偉大な飛躍」――『ファースト・マン』[冨塚亮平]
[コラム]エマソンの宇宙観
[コラム]スペースXと宇宙開発
第15章 Z世代の青春とサブカルチャーの現在――『ブックスマート』『行き止まりの世界に生まれて』[成実弘至]
[コラム]Z世代とファッション
おわりに
用語解説
引用・参考文献/参考映画
編著者紹介
前書きなど
おわりに
(…前略…)
本書は、このような時代を直接的、あるいは間接的に反映する映画を取り上げて、アメリカ社会の問題を掘り下げていく。Ⅰ「ポスト・グローバリゼーションの世界」では、グローバリゼーションがもたらした負の遺産について考察する。格差社会を象徴する映画『ジョーカー』の批評では、一九八〇年から始まった新自由主義経済と工場移転による産業の空洞化による格差拡大が、いかに底辺に落ちた人々の怒りを煽ったのかを知ることができるだろう。また、『ソングバード』論では、グローバルな人の移動によって生み出された新型コロナのパンデミックによって孤立する人々と、そこからの脱出の試みが追究される。さらにグローバルな格差拡大の中で生み出された移民問題は、一九六一年公開の『ウエスト・サイド物語』のスピルバーグ監督によるリメイク版『ウエスト・サイド・ストーリー』で、トランプ政権の移民対策としての国境の壁への反論を投げかけている。
Ⅱ「人種とジェンダーの多様性 vs. 抑圧的政策」では、多様性に寛容な進歩的社会とそれに対する強い反動現象を対照的に捉えている。BLM運動論の背景として、まずは、『イコライザー2』が論じられる。アクションヒーローの書棚に並ぶ本から監督の意図を読み解き、そこに黒人だけでなく、ユダヤ系、インド系などのマイノリティや弱者の存在の重要性が主張され、BLM運動と連動することを見破っている。『私はあなたのニグロではない』は、小説家のジェームズ・ボールドウィンの遺稿を基に撮られたドキュメンタリーである。公民権運動が盛んであった一九六〇年代に暗殺された活動家キング牧師やマルコムX、メドガー・エヴァースへの追悼から、現代にまで連綿と続くアメリカの黒人差別の根深さを伝え、トランプ政権の人種的不寛容の問題点を浮かび上がらせる。「ハイル・トランプ」と叫ぶ白人至上主義団体は勢いづき、増加しているのだ。また、最高裁判事として女性の地位向上に努めたルース・ベーダー・ギンズバーグの生涯を描いた『ビリーブ 未来への大逆転』は、女性を性的対象として蔑視する傾向にあるトランプ大統領へのリベラル派からの反論のメッセージとなっている。しかし、そのギンズバーグは、トランプ政権下で亡くなったため、その空席には、カトリック教徒で保守的なエイミー・コニー・バレットが指名され、ジェンダー政策の保守化は深刻なものとなった。そのような中でLGBTQの権利も浸食されつつあるが、『ムーンライト』で淡々と描かれる黒人少年の性自認への目覚めは、静かな抵抗を見せる。
Ⅲ「デモクラシーの危機」では、二〇一六年の選挙以来、SNSによる誹謗中傷や偽情報が蔓延し、既存のジャーナリズムを脅かすようになった世界を映し出す。SNSは誰もがニュースを発信できるという点で民主的である一方で、権力者がSNSの力を借りれば、嘘でも真実となり、陰謀論で世界を操ることができる危険なツールともなる。SNSはポスト・トゥルースの時代の幕開けを牽引したのだ。『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』は、トランプによる偽情報で操作される社会とジャーナリズムの機能不全への危機感を想起させる。また、チャットGPTの開発によって、世界はAIと向き合う産業革命にも似た転換点に達したが、『マトリックス』四部作は、人間には自らが開発したAIや機械に支配されるディストピアが待っているのか、ポストヒューマンの世界の行く先を垣間見せてくれる。
最後のⅣ「新たな潮流」では、暗澹たるポストグローバル社会の中で見える新たな方向性も探訪した。多様性が抑圧される社会の中で、『コーダ あいのうた』は、聴覚障害の家族のもとに生まれた聴者の娘の成長を描き、やはり未来は多様性、包括性のあるものになる可能性があるという希望を与えてくれる。『オッペンハイマー』は、原爆の生みの親であるロバート・オッペンハイマーの科学者としての良心と責任への苦悩を描き、核戦争でいつ消滅してもおかしくない世界に、懐疑的な省察を投げかけている。また、『アメリカン・サイコ』や『ハンニバル』に見られる異常なまでに洗練され、空虚に消費されるだけの食には、都市の再開発による貧困者の立ち退きというジェントリフィケーションが反映されている。労働者が好む画一化した味のファストフードと洗練した個性的な食には、分断されたアメリカ政治の一端が反映されていると同時に、ニューヨークの再開発で不動産帝王にのし上がったトランプが、食の趣味では、ファストフードを好み、二つの分断された世界を横断する政治家であることが分かる。SFを扱った『メッセージ』では、分断の時代に衝突を回避するために異質な言語同士の対話の重要性を指摘する。また『ファースト・マン』では、華やかなケネディ政権のアポロ計画の時代を回想的に振り返るが、月面着陸に国家的領土拡張のビジョンではなく、個人的・精神的トラウマの克服を重ねる点に、国策への批評的な視座が見られる。最後のZ世代では、『ブックスマート』『行き止まりの世界に生まれて』他、これからの未来を創る新しい世代の多数の映画が扱われる。この新しい世代は、自国への肯定的な意識が最も低い。なぜなら、二一世紀の同時多発テロと、それに対する報復としてのアフガニスタン攻撃やイラク戦争で、アメリカが世界を民主化するどころか、ますます戦争を激化させ紛争やテロを招いていると感じているからである。また、金融危機でいっそう貧しくなった中間層の若者には、資本主義に絶望し、学費の無償化を希望するなど社会主義的な傾向を持つ者も少なくない。小さい頃から、多様な人種と共に育ち、混血化した世代でもあり、現代の白人中心主義から脱皮できる可能性を秘めている。貧富の格差は、同じ年の青年たちの未来にも残酷なまでの違いを生み出しているが、アメリカのイスラエル寄り外交を批判し、パレスティナ解放を求める正義感のある若者も多く、分断された社会を修復する可能性を秘めている。
(…後略…)
上記内容は本書刊行時のものです。