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世界格差・貧困百科事典
原書: Encyclopedia of World Poverty, Vol. 1-3
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2012年5月
- 書店発売日
- 2012年5月21日
- 登録日
- 2012年5月22日
- 最終更新日
- 2012年5月22日
紹介
アメリカの研究者による貧困および関連問題についての事典。定義とアセスメント、世界191カ国の状況、原因の探求、反貧困に取り組むNGO・NPOをはじめとする様々な活動、歴史や学説史、思想、宗教など、貧困の研究、議論の基礎となる事項を網羅する。
目次
監修者序言
序
項目名目次
リーダーズガイド
貧困の歴史
項目A-Z
用語解説
監訳者代表あとがき
索引
◆主な見出し項目の例――――
【貧困の諸概念】
アンダークラス | 基本的ニーズ | 極貧 | サブシステンス | 失業 | 人権と貧困 | 新貧困層 | スティグマ | 脆弱性 | 相対的剥奪 | 人間開発 | 排除 | 剥奪 | 貧困層のエンパワーメント | 貧困の罠 | ワーキングプア
【貧困の測定】
エンゲル係数 | ジニ係数 | 世界銀行の貧困線 | セン=ショーロックス=トン指数 | 単調性公理と所得移転公理 | 中国の貧困の定義 | 二乗貧困ギャップ指数 | 人間貧困指数 | 貧困閾値 | 貧困プロフィール | 貧困率 | 分解可能な貧困指標 | ヨーロッパの相対的貧困率
【貧困の歴史】
アイルランド飢饉 | 救貧院 | 救貧法 | 産業革命 | 慈善組織協会 | 大恐慌 | ハル・ハウス | フェビアン協会 | ベヴァリッジ計画 | モイニハン報告 | レーガン政権 | 『レ・ミゼラブル』 | 冷戦
【世界の構造と社会思想】
空想的社会主義者 | グローバリゼーション/地球規模化 | 社会民主主義 | 植民地主義 | 新自由主義/ネオリベラリズム | ダーウィニズム/ダーウィン説 | 第三の道 | 封建制度 | 民営化/私営化 | 『リヴァイアサン』
【貧困の経済学】
階級構造 | 家計 | 供給サイドの経済学 | 最低賃金 | 再分配 | 所得の不平等 | 信用 | 世帯内移転 | 対外直接投資 | 等価尺度 | 貧困削減に資する経済成長 | 不完全雇用/半失業 | 富裕税 | ルクセンブルク所得研究 | 労働市場
【貧困の社会学】
アンダークラス | HIV/エイズ | 旱魃 | 教育 | 権力と貧困 | 詐欺 | 参加 | 自然災害 | 社会的排除 | ニーズ/必要 | 貧困の文化 | ホームレス問題
【貧困と社会保障】
公衆衛生 | シェルター/住居 | 社会扶助 | 社会保険 | 住宅補助 | 受給権 | 資力調査 | 年金制度 | 福祉国家 | ベーシック・インカム/基本所得 | ヘルスケア/保健医療サービス | ワークフェア
【政策・事業・運動】
教育バウチャー・プログラム/就学保証金証書制度 | 構造調整プログラム | 債務スワップ | 資産促進型反貧困計画 | ジュビリー2000 | 貧困削減・成長ファシリティ | ヘッド・スタート計画 | マイクロクレジット | ミレニアム開発目標 | UNDP貧困克服地域プロジェクト | ライヴ・エイド
【ジェンダーと貧困】
家族の規模と構造 | 家庭内暴力防止基金 | ジェンダー差別 | 世帯主 | 貧困の女性化 | 貧困へのフェミニストアプローチ
【子どもと貧困】
子どもの栄養不良 | 児童飢餓救済基金 | ストリートチルドレン | 全米父親イニシアチブ | チャイルドライン | プラサム | 要扶養児童家族扶助
【貧困と宗教】
イエズス会 | 解放の神学 | コーランにおける貧困の定義 | 統一メソジスト教会による事業 | ヒンドゥー教と貧困
【NGO・慈善団体・研究機関】
オックスファム | 救世軍 | 国際食糧政策研究所 | セーブ・ザ・チルドレン | 全米低所得住宅連合
【人物】
マックス・ウェーバー | イマニュエル・ウォーラーステイン | フリードリヒ・エンゲルス | ジョン・ケネス・ガルブレイス | モーハンダース・ガンディー | アンソニー・ギデンズ | アダム・スミス | アマルティア・セン | ミルトン・フリードマン | トーマス・ホッブズ | カール・ポランニー | マザー・テレサ | カール・マルクス | ジョン・ロールズ
前書きなど
監訳者代表あとがき
この事典の原著は、Mehmet Odekon, ed. Encyclopedia of World Poverty, Sage Publications, 2006である。まず監修者の駒井洋先生に召集された14名の監訳者たちが数回にわたって顔を合わせ、明石書店の黒田貴史編集長とともに、翻訳編集の方針を議論した。約800の全項目が冒頭のReader's Guideで17の内容別項目に中分類れているので、これを一瞥すると本書の構成は理解しやすいのであるが、さらに明快にするために、この括り方を全面的に再構成し、16項目の新たな分類で整理し直して、これを日本語版「リーダーズガイド」とした。また原著におけるかなりの数の欠落箇所を補った。20名の訳者の方々の作業開始とともに、専門分野別に監訳者の担当項目を割り当て、新たなリーダーズガイドを基にすべての項目がもれなくカバーされるように整えた。
(…略…)
原著の代表編集者であるオデコン氏はトルコ出身の経済学者で、アメリカの大学で教えている。本書は主としてアメリカの読者向けに、アメリカの事情に重点をおいて書かれているものの、対象はきわめて包括的で広範囲にわたる。アフリカやカリブ海の小さな国々も含めて各国の貧困実態が記載され、関連する理論、思想、歴史、宗教、政策、人名、諸団体、諸事業等々について重要概念が、ほぼ漏れなく説明されているといっていい。
原著で100名以上の執筆者の立場は学際的であるし、一様ではないが、全体を貫く基本的な視点も見てとれる。監修者序言で指摘されている通り、それは貧困を個人的責任に帰する思想――救貧法から現代の新自由主義的ワークフェアに至るまで――を批判し、人権としての福祉の普遍的供給を守ろうとする立場である。貧困がいかに社会的に生み出されるのかをめぐって、搾取や支配、偏見と差別、植民地主義、ガバナンス、民営化、飢饉、疾病、紛争、災害、等々の諸側面が解説される。たんに「社会が生み出す貧困」と抽象的に言うにとどまらず、多くの箇所で注目されるのは、資産や所得の不平等な分配、という具体的指摘であるように思う。それゆえに、政策的な社会保障が社会正義の側面から分析され、さまざまな宗教的伝統の中に富の再配分思想を探ろうとしている。そのことは本書の国際主義的な立場にも及んでいて、先進工業国から「南」諸国への資源移転、ただし主権の侵害や腐敗を生まない援助を通じて、世界的な所得再配分を主張しているようにみえる。
また貧困の理解として、所得貧困に限定されることなく、より包括的な見方を提示しようとする視点も、本事典を貫く基本的なものである。この点については、アマルティア・センの影響が濃厚である。したがって、センの理論に独特なcapabilityやentitlementといった用語が散見するのであるが、同時に日本語でふつうに使われる「能力」「権利」といった意味でそれぞれ用いられている箇所ももちろん多く、これらは文脈によって訳し分けるほかはなかった。たとえば、政府による福祉や保障の提供を法的有資格者が利用するentitlementは「受給権」とした。センのcapabilityは、個人が生き方を実現するための実質的な機会の広がりや自由を意味するが、鈴村興太郎教授の定訳にしたがって「潜在能力」とした。
エイズ問題については原著の記述がやや曖昧で、“HIV/AIDS prevalence rate......this disease..”といった表現が多用されている。これは「HIV/エイズ感染率....、エイズという病」といった訳語で統一した。しかし実はこれは正確ではない。国連UNAIDSは2008年2月にTerminology Guidelinesを発しているが、“people living with HIV and AIDS”なる表現も避けるべきものと勧告している。HIV感染とエイズ発症とは区別すべきであるし、そもそも「感染者」「患者」なる語も、純粋に医療の文脈で使われる以外には、避けられる傾向にある。こうした用語は「他者に感染させかねない人」「療養が必要な弱い立場の人」といった負の価値判断を無意識のうちに含みがちで、しかも医療的対応以外の生活全般における個人の多様なアイデンティティを一つに塗りこめてしまう。「貧困」の文脈では、あえて「患者」という社会的位置づけに意味を持たせて使うのでなければ、より価値自由な語が望ましいであろう。本書では、HIVとエイズが区別されて記述されている箇所では、「HIV陽性者」「エイズとともに生きる人」のようにした。
貧困についてこの文字どおり網羅的かつ詳細な事典の邦訳を振り返って思うことのひとつは、普遍的な福祉制度、政府やNGOが提供する反貧困プログラムが強調される一方で、地域で生まれる連帯経済や人々の手による生活保障についての記述が、比較的手薄ではないか、ということである。基本的にマクロな観点や政策分析に軸足がおかれ、貧しい人々自身がもつ資源や住民が支えあう試みに、あまりページが割かれていないように思う。これは今後の私たちに投げかけられた課題でもあろう。
私たちが作業に手間取っている間にも、世界と日本の貧困状況は刻々悪化した。投機マネーが引き起こす食糧危機、リーマンショック後の派遣切りや就職難、そして東日本の震災・津波・原発事故を目の当たりにしながら、こつこつ翻訳などしてる場合か、と思うこともないわけではなかった。しかし本事典を日本の読者に届けることが、広範な視野からの実践的な貧困分析を辛くも支えるにちがいない、と信じ、かつ願いながら、私たちは仕事を進めたのであった。この願いが届くことを祈りたい。
監訳者代表 穂坂光彦
上記内容は本書刊行時のものです。