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趙根在写真集 趙 根在(著) - 草風館
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趙根在写真集 ハンセン病を撮り続けて

発行:草風館
B4判
208ページ
上製
定価 5,000円+税
ISBN
978-4-88323-127-0
Cコード
C1072
教養 単行本 写真・工芸
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2002年9月
書店発売日
登録日
2015年8月22日
最終更新日
2015年8月22日
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紹介

炭坑夫だった趙根在がハンセン病の療養所で出会った同胞(朝鮮人)から受けた無限の「やさしさ」はどこから来るのだろうか。趙根在が「ハンセン病」に魅入られた奥深い世界がそこにある。彼は日本列島の北から南まで療養所の生活を撮り続けた。

前書きなど

一すじの光は届いたか!「闇部」を記憶するために。
趙根在が多磨全生園で出会った同胞(朝鮮人)から受けた無限の「やさしさ」はどこから来るのだろうか。もっとも差別を受けている人々がもつ諦念からそれは生まれるのかもしれない。自由を奪われ社会復帰が閉ざされている収容所の患者たちの社会(故郷)への願望は、趙根在が炭坑にもぐって眺めた地底からはるかなる坑口に一条だけ射す光にも似た、絶望の一筋だったのではあるまいか。
 趙根在はそれから日本列島の沖縄を除いた北から南まで療養所の同胞と寝食をともにしてその生活を撮り続けた。その後は可能なかぎり集めた「ハンセン病」の文献に囲まれながら研究に打ち込んだ。その研究は断片しかのこらず、そのままあの世にもっていってしまった。

版元から一言

◎本書刊行に賛同した方々◎
芥川仁(写真家)岩永善信(ギタリスト)大谷藤郎(国際医療福祉大学学長/財団法人藤楓協会理事長)岡部伊都子(随筆家)鎌田慧(ルポライター)國本衛(ハンセン病全国原告団協議会事務局長)桑原史成(写真家)神美知宏(全国ハンセン病療養所入所者協議会事務局長)崔洋一(映画監督)酒井義一(ハンセン病国家賠償請求訴訟を支援する会副代表/真宗大谷派存明寺住職)佐川修(高松宮記念ハンセン病資料館事務局運営委員)曾我野一美(ハンセン病全国原告団協議会会長)立松和平(作家)田中等(ハンセン病国家賠償請求訴訟を支援する会代表)谷博之(参議院議員)筑紫哲也(ジャーナリスト)土本典昭(記録映画作家)徳田靖之(弁護士)中原義郎(写真家)中山節夫(映画監督)

著者プロフィール

趙 根在  (チョウ コンザイ)  (

在日朝鮮人二世。幼少の頃から、人里離れた岐阜の炭坑で働き、十代の半ば上京。カメラマンを志し、日大芸術学部に席をおくも中退。1965年、中山節夫監督の「ある青年の出発」で撮影を担当。また、撮影監督の草分け・宮嶋義勇氏の撮影助手として、「若者はゆく」(1969年)「怒りをうたえ」(1970年)「襤褸の旗」(1974年)の撮影に参加。さらに、亡き記録文学者上野英信氏とも親交が深く、上野氏の最後の仕事となった『写真万葉録・筑豊』(全10巻)の共同編集者として名を列ねる。
そのかたわら、1961年頃より、ハンセン病療養所に在日の同胞がいることを知り、群馬県草津町の栗生楽泉園で、ハンセン病の患者たちと向き合う生活が始まる。多磨全生園をはじめ全国の療養所に通い、患者たちと寝食をともにする。看護婦だった君子夫人との出会いも栗生楽泉園であった。撮影した写真は2万点以上に上った。1981年詩人谺雄ニ氏と『ライは長い旅だから』を出版。
1996年4月、らい予防法廃止。1998年7月、同法による隔離政策で人権を侵害されたとして、国を相手取り、熊本地裁で提訴。2001年1月、結審。5月、原告の全面勝訴。同月、国側は控訴を断念し、同年7月、和解成立。趙根在氏は、この結果を見届けることなく、1997年6月がんで他界した。日本の病巣を歴史的根底から見据えたいと願った同氏は、晩年の10年間を独自の研究に労を費やした。彼の写真集制作は、そのスタートだった。しかし、成し遂げることなく息絶えた。

上記内容は本書刊行時のものです。