誕生から50年を迎えた医療マンガ
★『日本の医療マンガ50年史』今春刊行です。
株式会社SCICUS(さいかす)代表の落合です。
2020年に出るはずだった書籍が、今春ようやく出版されることになりました。
『日本の医療マンガ50年史』という本です。
個人的に参加している「グラフィック・メディスン」という活動がありまして、これは、イギリス発のコミックス表現がどのように医療の領域を扱うことができるかを包括的に探る試みなんです。日本グラフィック・メディスン協会なる一般社団法人まで立ち上げてしまい、本人大真面目にやっております。
無料会員絶賛募集中ですので、まずは覗いてみてください。
日本グラフィック・メディスン協会HP:https://graphicmedicine.jp/
▼表紙イメージ案。執筆時点で未確定です。どれになるのか、まったく別になるのか不明です。
その仲間内で『日本の医療マンガ50年史』を出そうという話になったのが、2019年秋のことでした。
『ブラック・ジャック』以前の手塚治虫作品に『きりひと讃歌』があります。日本で初めて医療問題を取り扱ったといわれるこの作品が発表されたのが1970年。これを起点とすると、2020年は「医療マンガ生誕50周年」を迎えることになるのです。
もちろん、手塚以前にも、ちばてつや「ハチのす大将」(1963年)などもありますし、個別の医療的なエピソードも含めれば、何を祖とするかは議論の余地がありましたが、版元としてオリンピックイヤーとのマッチングは魅力的にうつったのでした。
ご存知のように『きりひと讃歌』は伝染病をひとつのテーマにしている作品ですが、奇しくも新型コロナウイルスが猛威を奮う2020年に「医療マンガ生誕50周年」を迎えることになるとは夢にも思いませんでした。影響はやはりありまして、予定していた打ち合わせも出来ず、勉強会や各種イベントも中止となる中で、ようやく、本書を刊行できるところまできたというわけです。
この50年の中で「医療マンガ」とは何か?という定義づけはほとんど研究されておらず、明確にされてきていません。その辺の詳細は本書をお読みいただくとして、日本で医療や健康をテーマとするマンガ作品が数多く出版される背景には、我が国の国民皆保険制度と豊潤なマンガ文化があると思います。
グラフィック・メディスンは輸入概念ですが、海外マンガ作品だけに適応されるものではありません。
グラフィック・メディスンが注目するのは「標準化が進む医療」と「病気ではなく患者を診ること」の両立です。医療マンガの登場人物たちの物語には、現実の人間と同じようにそれぞれの思いや経験の多義性があります。
医書専門出版社としては、医療を巡る円滑なコミュニケーションを支援するためにわが国の豊潤なマンガ文化を有効に活用していくことに、この『日本の医療マンガ50年史』が寄与できればと考えています。
★閑話。私の好きな医療マンガ!?
ちょっと横道にそれますが、医療をテーマにしたマンガというのは、エピソード単位も含めれば本当にたくさんあります。
例えば、僕が好きな立原あゆみ先生の『本気(マジ)』『JINGI 仁義』(共に秋田書店)等の一連のヤクザマンガにも医療のテーマは頻繁に登場します。ちなみに『日本の医療マンガ50年史』には登場しません。
立原先生は(作品を読む限り)筋金入りのマルクス主義者で、徹底的な弱者目線で、時事的な社会問題を物語に取り込むのが本当に巧みな作家です。孤児、段ボールハウスのホームレス、派遣切りされた労働者、不法就労外国人、セックスワーカー等、あらゆる社会的弱者が登場します。極私的な見方ですが、立原先生の描くヤクザマンガは、社会の枠組みから外れた極道(アウトロー)が、マルクス主義者が現実世界で成しえなかった革命を果たそうとするファンタジーだと思っています。国民皆保険という社会保障からこぼれ落ちる人々を描くことは立原作品内の大きなテーマであり、医療の場面が非常に頻繁に登場するのです。
例えば、『本気(マジ)』では主人公の想い人である少女が当時は不治の病であった白血病であり、作品の中で実際の骨髄バンクのドナー登録を促すエピソードが繰り返し描かれます。主人公本気(マジ)は刃傷沙汰で生死の境を彷徨う度に極道医者の天才的なメスによって何度も生還するのですが、最終的には自身も白血病となり、抗争の死の間際にドナーが見つかります。
『JINGI 仁義』でも傾向は同様で、シリーズ続編となる『JINGIS 仁義‘S』の中で、主人公の相棒が医師でヤクザ、主人公の恋人も医師であるという状況が描かれます。
立原作品にはオミットするには大きすぎるミソジニー的な課題がありますが、そこに拘泥していると、大切なメッセージを見失う気もしています。
★西荻窪にBOOKスペースをオープンします
当社では、自社の出版活動の発展形として西荻窪に「いのちの付箋」という名の患者さんのために本当に役に立つ本をセレクトするBOOKスペースをオープン予定です。
コロナ禍で計画の変更を余儀なくされていますが、誰でも、書籍に直に触れ、読み、会話し、思いを残せる空間です。
そこにある本は、貸し出しも持ち帰りもできませんが、来場者は『いのちの付箋』と呼ぶ付箋を使うことができ、自分の読んだ本の好きなページに、自分のメッセージを添えて残すことができるのです。
「いのちの付箋」にある本は、多くの人の思いが残る世界で1冊の書籍になっていくというコンセプトです。
『日本の医療マンガ50年史』の出版イベントとあわせて、「医療マンガ」で「いのちの付箋」体験会を実施する予定です。
このスペースは外部版元さんにも公開して、さまざまな読書会や出版イベント等を企画していきたいと思っています。
興味のある版元さん、編集者の方は是非ご一報ください。
当社も50年史を刻めるように頑張ります。