小さく細く長く
居酒屋や喫茶店で領収書をもらうとき、「日本林業調査会です」と言っても、1回でスパッと書ける店員さんは少数派ですね。たいていは「日本」まで書いて、「リンギョウ?」と聞き返してきます。「林業」という言葉に馴染みがないというか、日常用語ではないのでしょう。むしろ、中国から来ている留学生風アルバイトの人の方が、スラスラっと書いてくれたりして、なるほどアジアの大国はまだまだ1次産業のステイタスが高いのだなと感じてしまいます。
で、この「林業」を冠につけているのが小社。「調査会」とうたっていますが、別に探偵まがいのことをやっているのではなく、ごくありふれた零細出版社の1つです。堅い社名なので、よく「林野庁の外郭団体ですか」と聞かれますが、株式会社です。
創業は昭和29年。現在の社員は4名。小社の雇用能力は、このへんが限界で、創業以来2〜4名の間を行ったり来たりしています。
16年前、私が某百貨店から小社に転職しようとしたとき、当時の上司から「林業なんてもうやる人いないんだからやめときなさい」という忠告をいただきました。いま考えても非常に的確なアドバイスだったと思います。ところが、いつ消えてもおかしくないような「日本林業調査会」が、案外長持ちしている。なぜしぶといのか、と時々考えます。
小社のような小規模家族的組織の場合、やれることに限りがある分、融通がききやすいというメリットがあるんですね。仕事の分担にしても、給料にしても、勤務時間にしても、調整しやすい。これは、裏返すとルーズでだらしないという欠点にもなるので、一定の線は引かなければなりませんが、自由度が高いのは貴重です。
読者の顔も見えやすい。取材に行って名刺交換したときに、ああこの間あの本を買ってくれた人だ! と思い当たると、初対面という感じがしなくなります。
一方、読者からも我々社員の顔が見えやすいので、いい加減な仕事ができないという効用もあります。大きな会社ですと、苦情専門に対応するセクションがあったりしますが、小社の場合はすべてダイレクト。自分のミスから逃れることはできません。本の内容についても、著者に聞くよりは、まず出版社に問い合わせる読者が多く、勢いこっちも勉強せざるを得ない。自分のやった仕事の責任は、すべて自分でとる。人任せにする余地はありません。
もちろん、零細出版社ゆえの限界を感じることも多く、特に経営の厳しさから逃れることはできないでしょう。今までも大変だったし、これからも大変だと思います。
でも、なぜか愚痴にはならないんですね。それは「林業」とはなんだ?という、小社が抱えているテーマが依然として解けていないからだと思います。創業以来、多くの本を出してきましたが、一口に「林業」といってもその幅広さと奥行きは途方もなく、いまでも「林業ってなんなのだろう?」という話題が酒の肴になる始末。そのたびに、私は16年間なにをやってきたのだろう、と考えさせられます。
冒頭の話。「リンギョウ?」と聞き返すレジ係の人も、2、3回復唱すると「林業」と書いてくれます。そのとき、この2文字にどんなイメージを抱くでしょうか。
時代とともに「林業」の位置づけは変わり、意味する内容も、受け止め方も違ってきていると思います。ただ、もう「林業」は死語なのだ! とバッサリ切って捨てられるものでもない。そこが、難しいところであり、面白いところでもある。
こんな堂々巡りの愚考を続けながら、「日本林業調査会」の本づくりは今日も進められています。