本の価格について
読者の皆さんが意識することは少ないと思いますが、本の価格は「定価」と表示されています。「定価」とは、出版社が本の小売価格を決定し、北海道から沖縄まで全国どこでも同じ価格で本が提供されているということを意味します。運賃格差や手数料もありません。
ふつう、メーカーが小売価格を拘束しようとすれば、独禁法違反で訴えられます。メーカーによる小売価格の拘束(再販価格)は「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」(独禁法)によって禁止されているからです。しかし出版など著作権の行使にかかわる行為は、その適用から除外されています。
出版社が小売価格を決定し、それが一貫して守られているからこそ、長期にわたる販売を前提とした出版が可能になりますし、少部数高定価の書籍を少数の読者を相手に出版することも可能になります。つまり「表現の自由」と多様性を経済面から保証しているのが、出版物の「再販適用除外」です。
この制度がいま、危機に瀕しています。
アメリカ流「グローバル・スタンダード」と「自由競争」(じつは「弱肉強食」の論理)を信奉する学者などは、本の再販適用除外は廃止しても良いと言い出しています。
私たち出版社は、出版物を企画し、製作し、販売価格を指定してその書籍を世の中に流通させる立場にあると同時に、本好き、つまり本の「ヘビー・ユーザー」の集まりです。言い換えれば、出版物の価格にもっとも敏感な人間が出版社を運営しているわけです。だからこそ、少しでも安い価格の本にしようと、各出版社は血のにじむ努力を続けてきました。
書棚にある昔の本の値段を調べてみました。30年前の1970年に刊行された勁草書房の「抵抗文集」シリーズは、各250頁から300頁前後の上製本で500円から600円でした。このシリーズは上製本で、業界流に言えば人文専門書です。当時、初任給は4万5000円くらいでしたから、1冊の値段は初任給の1.2%に当たります。同じ企業の2000年度の初任給をインターネットで調べてみると20万円弱、その1.2パーセントは2400円です。いま、流通している同じような書籍の価格もこんなものでしょう。出版社は書籍の小売価格を拘束してきましたが、過去四半世紀以上にわたって、本の値段は相対的には高くなっていません。
一方、本の価格を自由化して市場にまかせたらどうなるでしょうか。アメリカにその例があります。
大幅値引きで大量販売をする巨大ナショナルチェーン(ネット書店も含め)がある一方、値引きをほんとんどしない多くの独立系の一般書店があります。ベストセラーやタレント本は数十パーセント引きで売られる反面、大部分の専門書は値引きせずに売られています。しかし出版社は値引き販売に対応できるよう、カバープライスを高めに設定してきたため、本の平均価格は年々上昇してきました。
マスセールスに乗らない本の刊行も年を追って困難になってゆきます。ほんとうに、こういう状態が望ましいのでしょうか。書籍の再販禁止適用除外をはずすメリットはないと思いませんか?
日本の公正取引委員会はこの3月に、書籍・新聞の再販価格を継続するかどうか決定を下す予定です。
●公正取引委員会→