第12回 元紀伊國屋書店本町店「青衣茗荷の文芸通信」(「文芸と文庫通信」)
青衣茗荷(「あおいみょうが」と読みます)さんは書店員ですが、この「青衣茗荷の文芸通信」は、これまで主に紹介してきた書店員が所属店の発行物として手がけているフリペとは違い、青衣茗荷さんが個人で制作・発行しているものです。
青衣茗荷さんは、かつて紀伊國屋書店本町店の文芸担当として腕をふるっていたことがあるのですが、そのころ同店で発行していたのが前身の「文芸と文庫通信」でした。その後、青衣茗荷さんの立場の変化やお店の事情などもあって、現在は改称、青衣茗荷さんが個人で製作・発行するかたちで継続されています。
A3の用紙を4つ折にしたつくりで、文字も含めてすべて手描き。中を開くと、独特のイラストと描き文字がA3の紙面いっぱいに広がっています。書影と書誌情報に簡単な紹介文を添えるという一般的な作品紹介を大きくはみ出したスタイルで、しかも、毎号、とりあげる作家・作品によって、イラストの感じも文章量もデザインも変わります。
ぼくが初めて青衣茗荷さんのフリペにふれたのは「文芸と文庫通信」時代のことですが、一読すっかりほれこんでしまい、以来、本人からフリペをもらい受けては、書店員や出版関係者に直接手渡したり、イベントや集まりで配ったりと、機会を見つけては、すごい本屋フリペがあるよと、勝手に宣伝をしてきました(「まるでマネージャーみたい」だと青衣茗荷さんご本人から言われたこともあります;笑)。
そのようにして多くの人に届けてきたんですが、このフリペを目にしたほとんどの人が、これはすごい!と驚いていました。とにかく、その独特の描き文字と、細部まで丁寧に描き込まれたイラストは、見る者、読む者に強烈な印象を残す出来で、完成度の高さに圧倒されること必至の一枚になっているのです。
青衣茗荷さんは文芸担当だったこともあって、ご本人も熱心な小説読みで、幅広くいろいろなタイプの小説を読んでいますが、どちらかというと一癖も二癖もある作家・作品が好みのようで、フリペで取り上げる本のセレクトにも、そんなフリペ作者の好みが強く出ています。
玄人はだしのイラストや描き文字の腕をフリペ作成に発揮している「美術系書店員」(空犬の造語です)は、本連載でも紹介済みのねこ村さんやでんすけさんら、この業界には数多くいますが、そんなフリペ職人のなかでも、最高峰の一人、最高峰の一枚と言っていいかと思います。
なにしろこの紙面ですから、当然ひとつの号をつくるのにもずいぶん時間がかけられているはず。発行頻度は不定期で、けっこう待たされてしまうこともしばしばですが、新しい号が届くと、時間がかかったのも当然としかいいようのないその出来映えに、ふたたび、はぁーっと感嘆のため息をもらすことになるのでした。
この版元ドットコムで紙面を見ることができますが(こちらからPDFをダウンロードできます)、この質感は写真やファイルでは伝わりにくいので、本屋フリペに興味のあるみなさんには、ぜひ実物を手にとってみてほしいと思います。青衣茗荷さんの個人紙ですので、勤務店(紀伊國屋書店本町店)のほか、東京・吉祥寺のBOOKSルーエなど、青衣茗荷さんが個人的にやりとりをしている複数のお店で配布されているようです。
ちなみに、当方は東京での配布係の一人を自認しているもので、毎号、ご本人から直接送ってもらっているのですが、その封筒がこれまたすごい。下に写真をあげておきますが、模様・柄を描き込んだクラフト紙を折ったり切ったり貼ったりした自作の封筒で、これ自体がすでに「作品」になっています。ほかのお店に送られた封筒を見せてもらったことがあるのですが、同じ号なのに、送る相手によって、デザインなどが使い分けられていて、驚いたことがあります。こうなるともう「職人」の域ですね。
発行店:紀伊國屋書店本町店他
頻度:不定期
●Googleマップ 「本屋フリペの楽しみ方」掲載書店
本連載は、もともと1年ということで依頼をいただいて始めたものでした。取り上げたい本屋フリペはたくさんありますし、「パーマネント」や「SF大作戦」のように、連載途中で新たに発見したものもありましたから、12回しかない紹介のチャンスにどれを取り上げるかは、これまで、常に悩みのタネでした。
本来なら今回が最後になるはずの連載でしたが、版元ドットコムのご厚意で、さらに1年、連載を延長することになりました。これで、限られた回数のために泣く泣く取り上げるのをあきらめていたいくつかを紹介できるチャンスができました。
引き続き、各地の本屋さんで出会ったおもしろい本屋フリペをご紹介していきますので、どうぞよろしくお願いします。
なお、こんな本屋フリペがあるよ、とか、この本屋フリペを紹介してほしい、とか、本屋フリペについて情報やリクエストなどございましたら、ぜひ版元ドットコムまでお寄せいただければと思います。
編集者・ライター。主に新刊書店をテーマにしたブログ「空犬通信」やトークイベントを主催。著書に『ぼくのミステリ・クロニクル』(国書刊行会)、『本屋図鑑』『本屋会議』(共著、夏葉社)、『本屋はおもしろい!!』『子どもと読みたい絵本200』『本屋へ行こう!!』(共著、洋泉社)がある。