主義は無政府
2011年3月、我々にとって忘れ難い出来事が起きた。震災による原発事故。それに続く政府の不始末と悪行の数々。民はざわめき、飼い慣らされた重い腰をあげ行動に出た。そして起こったデモの中多くの逮捕者が出たが、その初めの犠牲者である夫婦2人は、不当逮捕による留置の記録を残していた。
そうです。これを私が小冊子に仕立て、また電子書籍化し、世間に知らしめました。2011年9月21日。出版する喜びの始まりである。
小冊子は50部ほどしか作らなかったため、抗議活動に参加し支援してくれた仲間達その他関係者に配布して終了してしまったが、電子書籍の方は無料ということもあり、その後もしばらくの間世間の目に触れていたようで、はてこれは楽しい出来事なのではないか、と。生来本をこよなく愛する私に大いに影響を及ぼした。パソコンの中で静かに腐敗しつつあったインデザインを起動し、本やネット検索に頼りながら、おじさんは頑張った。楽しい。且つ、俺はイケてるのではないかという思い。早速同年会社を辞し、夫婦で「虹霓社(コウゲイシャ)」を立ち上げた。
とはいえそうそう出版の世界は甘くないし、本だけで食べていく器量も持ち合わせてはいなかった。そこでかねてよりのドリー夢であったつげ義春氏公認TシャツであるT式シャツを2種制作し、販売し、成功をおさめ、私は虹霓社一人出版部として虎視眈々と機を狙っていた。
2013年、長子誕生。東京離脱。徳島へ。田舎暮らしをエンジョイ。エンジョイついでに妻の呪いを背に受けながら、いつからであろう長年の積ん読であった一冊の本を手にした。『評伝 新居格〔にい・いたる〕』(和巻耿介著/文治堂書店)である。開いた瞬間飛び込んできた「徳島新聞連載」の文字。震撼した。アナキズム。新居格。徳島。私。素敵なハーモニーなのではなかろうか。アナキスト新居格が徳島出身であるという未知の事実と、戦後初の公選杉並区長がその新居格であった? えー? 知らなかった。
それからの私ははやる心をおさえながらの日々である。新居格を復刊したい。虹霓社出版部の最初の刊行物として華々しいスタートを飾れるのではないか。悩んだ挙句、目をつけたのが新居の死後1955年に刊行された『区長日記』(学芸通信社)である。前述のとおり、新居格は杉並区の区長であった。無政府主義者のくせに区長など超ウケる話ではないか。ユーモアと人への優しさとそして行政への憤りに溢れる本書こそ、新居らしさが詰まった一冊である。アナキズム文献センターにおいてなじみであった小松隆二氏と大澤正道氏に原稿を依頼し、2017年10月、虹霓社出版部の第一冊目刊行物『杉並区長日記ー地方自治の先駆者・新居格』が誕生した。第二子誕生、第三子妊娠、引越し先が廃墟すぎてリノベ等、様々な問題を抱えがながらの出版で作業は困難を極めたが、私はやった。出来上がった時にはすでに徳島を離れ、富士山麓にいたが、なんとか徳島新聞の記事にしていただいた。胸を撫で下ろす。
私事だが約4年前に越してきた朝霧高原に位置するこの家は本当に廃墟で、妻の言葉を借りるなら「屋根しかねえ」状態であった。全部屋の床は無く、床の基礎を作り(大工が)、そこに私が床板を貼り、廊下に何十本も突き出るクギを抜き(妻が)、砂壁をはがしペンキを塗り(妻が)、古いぼっとんトイレを除去して新しくトイレを作り(妻が)、穴だらけだった子ども部屋の壁に漆喰を塗り(妻が)、今は人が住む素敵な空間となった。現在途上である納屋の改装は絶賛進行中で、私が掃除し、私が床を塗り、私が頑張っている。今春には山の読書室としておしゃれにオープンする予定である。もちろん、虹霓社のつげ義春公式グッズや出版物もお手にとれます。最新刊『石川三四郎 魂の導師』(大澤正道著/森元斎解説)は疫病で疲弊した世の中にも一石を投じる復刊本。疲れた体に処方箋。
虹霓社をよろしく。
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