ありがとうの法則
出版一社目は自費出版の会社だった。出版とはいっても「自費出版物」の契約をとることが主たる事業で、出版「サービス」の会社だった。
配属先はもっともらしい名称がついていたが、やることはカスタマーサービスやコールセンターという名前からイメージするものが近いかもしれない。曰く「自分の本が本屋に置いてないではないか」「お金をとって作るだけで、売る気はないのだろう」云々。それを書店営業に申し送りして注文をとってもらい、その結果をまた著者にもどす。こじれた気持ちを解きほぐすのが仕事である。その頃、自費出版から増刷になるものはそう多くはなかった。
その部署に一年いたが、そんなに売れないものなのか、だったら自分が営業してやろうというので部署異動することにした。ところがやはり、そんなに売れないものなのである。いやいやほんとに、勝手に妄想していたようにはうまくは行かない。平積みはとれても補充はなく、次の月には新しい本とそっくり入れ替わる。そんなことの繰り返しに意気込んだ最初の気持ちも萎えてくる。そんなとき、胸が高まる言葉をかけてもらえた。
「あなたが先月薦めていった本、売れたよ。ありがとう。」
今となっては何という本だったか、誰に言われたかも覚えていない。ただ言われたことは一字一句このとおり。「売れたよ」だけではなく、最後に「ありがとう」。そのとき、雷に打たれたかのように頭からつま先まで言葉が流れていった感覚をいまでも覚えている。思わず「こちらこそありがとうございます。」と口にしていた。
小学校の先生だった父親がよく言っていた。多分、生徒にもそう教えていたのだろう。
「誰かに投げた石は自分に返ってくる。誰かに感謝すれば幸せが帰ってくる。」
その後、その会社からはいくつものヒット作がでることになるのだが、あのとき私と書店員の間でやりとりした「ありがとう」が帰ってきたのだと今でも思っている。
という、この物語はフィクションであり、いかなる特定の人物・団体等とも関係ありません的な「お話」を考えてみました。いろいろ差しさわりがあってはいけないので、つくった「お話」です。今は語学の出版社で働いています。(s)