出版業界に惹かれた理系の話
実のところ私は、出版とはまるで縁遠い世界にいた。
大学を出て最初の就職先は映画の大道具。その後25歳で富士通に転職し、29歳でITベンチャーを起業した、言わば生粋の理系人間である。
SONYやSEGAのゲーム、サーキットのラップ順位計測システム、イベント会場のCG。
プログラマとして何でも作った。芸能プロダクションやクリスタル映像の仕事まで受注し、サザンの桑田夫妻やAV女優の皆さんと忘年会でご一緒したのも今では良き思い出だ。
そんなある日、出版社のシステム案件が飛び込んできた。
システム開発は、まずその仕事を理解するところから始まる。会社の中(場合によっては倉庫の中)に机を用意してもらい、一緒に伝票を切り、結束カッターを持って走り回りながら「自動化できる事と出来ない事」「省くべき無駄と残すべき作業」を何か月もかけて切り分けてゆく。(この手間を惜しむと、どんなシステムだろうが失敗する。)
有り難い事に評判は良く、出版システムを作れる会社は少ない事もあって、私のところには次々と仕事が舞い込み始める。
ベネッセ、能率協会、オーム社、IDG・・・
当然、業界の皆さんと自然に仲良くなっていった。
やがて私は、他の業種と出版業界との決定的な違いに気付く。
それは
作ってる人も
売ってる人も
買ってる人も
みんな本が好き
という、単純明快な事実だった。
日産の社員がトヨタ車を奨める事などまず無いし、
東芝の人が日立のエアコンを絶賛する事もまあ無いだろう。
だが出版人は、良い本なら版元に関係なく嬉々として買うし、他人にも奨める。
生き馬の目を抜くIT業界から見ると、それはそれは奇跡のような世界だったのである。
中でも子ども達と直接接する機会の多い児童書は、その傾向がさらに強く、
福音館の人もゾロリを買うし
ポプラ社の人もノンタンを買うし
童心社の人もぐりとぐらを買う。
それどころか、他社本の良さを司書さんと熱く語ったりしている。
そんな世界に魅了され、私は儲かっていたIT会社をあっさり畳んで
偕成社に入社した。
* * *
出版業界が冬の時代と言われて久しい。
だが冷静に振り返ってみると、あまりに古臭い業界風習が数多く残っている。
古ければ直せば良い。
改善すべき事が残ってるなら、それは復活の可能性があるという事だ。
私が版元ドットコム加入を即断したのは、ここが出版界と外の世界を繋ぐ開かれたインターフェースになろうとしていたから。少し先の未来が見えたからである。
そういう訳で、皆さん宜しくお願いします。