きっかけは、ソファの上で待っていた
版元ドットコムさんから、「版元日誌に寄稿していただけませんか?」とお誘いをいただいて、「喜んでお引き受けします」と返事をしたものの、なにしろ去年に立ち上げたばかりの新米出版社で、実績はまだ2冊という有様なので、他の出版社さんのような専門的な話はまるでできません。
ですので、ここでは自己紹介の代わりに、どうして出版を始めることになったのかの経緯と、第一弾の『すごい詩人の物語 山之口貘詩文集 人生をたどるアンソロジー』(以下、『すごい詩人の物語』)を発行してみての感想を書かせていただきます。
出版を始めようと思ったきっかけは、実に単純で、「ひとり出版社」という言葉を知ったことでした。一昨年の夏、家のリビングのソファの上に投げ出されていたカタログハウスの『通販生活』を暇つぶしに眺めていたら、「舞台裏座談会/ひとり出版社の巻」という記事が載っていて、それで偶然にも知ったのです。
恵光社、タバブックス、小さい書房、STAND!BOOKS の4社のひとり出版社が登場して、それぞれの出版業の現実を開けっぴろげに語り合うといった内容で、読んでいくうちに、「これ、やってみようかな」と、その気になっていきました。
こんなに簡単に決断できたのは、僕自身が、出版社をすぐにでも始められる環境で、長いこと仕事(本業はコピーライター)をしているからです。
立案舎の母体は、株式会社インテントという制作会社で、1993年の設立以来、広告や広報ツールの制作をメインに社業を続けています。クライアントとは直取引で、企画から成果物の納品までを一括で受注していますから、印刷などの扱いはお手のものです。また、直販外作でやっているため、外部のクリエイターとのつながりも多くあります。要するに、一から事務所を借りる必要がなく、設備も揃っていて、それなりの企画力と編集ノウハウがあり、外注さんにも困らないといった条件が整っているわけです。
とはいえ、これらはモノをつくる環境があるというだけで、本をつくって売るノウハウは何もないわけですから、まずは関連書籍を買い集めることからスタートしました。『ひとり出版社という働きかた』(西山雅子/河出書房新社)、『あしたから出版社』(島田潤一郎/晶文社)、『小さな出版社のつくり方』(永江朗/猿江商會)、『本屋、はじめました』(辻山良雄/苦楽堂)、『日本でいちばん小さな出版社』(佃由美子/晶文社)、『まっ直ぐに本を売る』(石橋毅史/苦楽堂)など。これらの他に、ネット上の多くのサイトからも教わりました。
その一方で、どんな本を出そうかという“模索”も開始しました。本来、出版を志す者であれば、「こんな本を出したい!」などの熱い思いがあって当然なのでしょうが、なにしろ思いつきが動機だったものですから、そうした志の持ち合わせがありません。結局、決めたのが、著作権の消滅した作家の著作を底本にしての本づくりでした。これなら印税もかからないし、原稿も揃っているので、手っ取り早いと思ったわけです。
これも模索の最中に知ったのですが、『青空文庫』というインターネット図書館があります。この中に「著作権の消滅した作家名一覧」というページがあって、これを利用して作家を選ぶことにしました。
そこで発見したのが、山之口貘(以下、貘さん)という詩人です。まったく知らなかった詩人でしたが、“貘”の文字が気になって、試しに青空文庫にあった『自伝』というタイトルのエッセイを読んでみたら、なんだか異様な人の感じが…。さっそく詩が読みたくなって、文庫本になっていた詩集を2冊購入。読んでみると、「放浪」「貧乏」「借金」「結婚」など自身の生活をうたった詩がほとんどで、すっかり引き込まれてしまいました。
僕自身も、26歳で広告制作事務所を立ち上げたもののうまくいかず、何年か極貧生活を送った経験があって、貧乏には共感を覚えてしまうのです。そんなことで、立案舎の第一弾は、貘さんの詩集でいこうと決めたのでした(それからしばらくして、詩集は売れないという出版界の定説があることを知りました)。
編集過程の話は長くなるので割愛しますが、『すごい詩人の物語』は、とにかくオリジナル編集にこだわりました。そのために、発行(2019年7月19日)までに1年もの時間を費やしてしまったのです。初版は2000部。1000部に止めようかどうかで迷いましたが、「時間をかけて売ればいい」と自分と周囲を納得させて踏み切りました。流通は、それほど悩むことなく、直取引を代行しているトランスビューにお願いしました。
さて、いざ本を出してみて驚いたのは、予想をはるかに超えてメディアが注目してくれたことです (書評狙いで新聞社に献本はしていましたが…)。貘さんは沖縄出身の詩人なので、沖縄タイムスと琉球新報には出るだろうとの期待がありました。それが当たって、最初に連絡が来たのは沖縄タイムスで、まずは、してやったり。次に、突然掲載紙が届いて驚かされたのが南日本新聞。仰天だったのは、共同通信社から電話かかってきたことです。この威力のおかげで、最終的に地方紙15紙に書評が載りました。
こんなエピソードもありました。9月のある日、東京荻窪の『Title』(前述の辻山さんが店主の新刊書店)を初訪問すると、開口一番、「明日、出ますよ」と言われたのです。ポカンとしていると、翌日発売の『ダ・ヴィンチ』10月号(KADOKAWA)に、辻山さんによる書評が載っているとのことでした。「絶対読んで得する8冊」というコーナー。店にも平積みで置いてもらっていて、大感激でした。
『本の雑誌』(2019年11月号/本の雑誌社)では、「新刊めくったガイド」のコーナーで、大塚真祐子さんが、以下のように紹介してくれました(該当部分を抜粋)。この評を読んで、「苦労が報われた」と自惚れました。
小出版社としての活動を開始した立案舎より『すごい詩人の物語 山之口貘詩文集 人生をたどるアンソロジー』(一八〇〇円)が刊行された。山之口貘の名は、高田渡の歌う『生活の柄』で知った。巻末には高田渡を父に持つ、高田漣の寄稿もある。
詩篇は五つのテーマに分けられ、それぞれの章のはじめには、そのテーマについての詩人のふるまいや、作品の生まれた背景が説明されている。小説が三篇収録されているのがうれしい。<貘さん>への愛と尊敬にあふれた、丁寧なつくりの一冊だ。
話をまとめます。
『すごい詩人の物語』は、書評に取り上げられたり、書店でも平積みや面陳列されるなど、ラッキーな扱い方をされました。その勢いで、一時は重版なるかと皮算用をしたものの、この原稿を書いている3月末時点でまだ在庫が残っています。詩集だからということではなく、本が売れないという現実を実感している次第です。
第一弾以降の立案舎は、昨年11月に『実践表現講座 演技の気持ち』を発行。著者が、紀伊国屋本店で平積みされているのを見つけ、大喜びでFBに投稿していました。昨年の暮れから現在にかけては、第3弾と第4弾をほぼ同時進行で制作中で、本づくりを苦しみながら楽しんでいます。
現在の稼ぎは、本業にほぼ依存していて、当面、出版で食べていける見込みはありません。ですので、出版専業でずっとやっておられる先輩出版社のみなさまにはリスペクトを感じています。こんな私たちですが、「オリジナルじゃなきゃだめだ」を編集の基本に、これからも本をつくり続けていくつもりです。出版には、ビジネスで割り切れない楽しさや喜びがあります。版元ドットコム会員社のみなさまにも、今後、教えを乞うことが出てくると思いますが、その際は何卒よろしくお願いします。