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『GIFT』というプレゼント

はじめまして。ユナイテッドヴァガボンズのジョイスです。

小社は東京の主要ギャラリーや個人のアートコレクター、編集者などが出資し合って設立した、アートブック専門の出版社です。2019年はアーティストの片山真理さんChim↑Pom、画家の武田鉄平さんの作品集を3冊刊行しました。

小さな会社ですので、編集をはじめ、校正、進行管理、営業、プレスなども担当させてもらい、本を作る過程を全て経験できることになります。そのなかでも、企画が立ち上がるときのわくわくは忘れられません。これから作るその本は、いかなる形にもなりうるからです。そして、いい本を作るためには、キャスティング(人選)とお互いのシナジーに尽きると、身を持って実感しています。

ちょうど先週の3月19日に発表となりましたが、第45回木村伊兵衛写真賞(朝日新聞社、朝日新聞出版主催)を受賞したアーティスト・片山真理さんの初作品集『GIFT』の制作を開始した際にブックデザイナーをどうするかといろいろ悩んでいました。この作品集は片山さんのロンドンでの初個展に合わせて刊行することもあり、今後は彼女の海外での活動を拡張されることを見据えて、ヨーロッパやアメリカでも流通できる本にしたいと思い、海外のデザイナーを中心に候補を挙げていました。

そのときに出会った、直感的にかっこいいと思った本の表紙がありました。沈んだ青色のクロスに描かれた大胆なグラフィック、真っ黒に塗られた小口が目に惹かれました。また、出版社として一番驚いたのは、表紙に本のタイトルや文字が一切記載されていないことでした。

その本は、昨年東京オペラシティ アートギャラリーでも展示を行われた、フランスを代表する現代アーティストのカミーユ・アンロによる『Prehistoric Collections』(Manuella,2015年)という本でした。

奥付をめくって、本のブックデザイナーは「サイモン・ダラ」という人らしい。早速ググってみました。情報はほとんどありません。強いて見つけたのは、サイモンさんの学生時代のメールアドレスと彼のInstagramでした。このメールはもう使われていないかもしれないと思いながら、作品集の内容を説明してデザイン依頼のメールを送り、InstagramのDMにもメールした旨を伝えておきました。Instagramで仕事を頼むなんて自分も初めてでしたが、見事彼から返事が届きました。このように、片山さんの初めての作品集のデザインはこのパリを拠点する、サイモンさんにお願いすることになりました。

アーティスト、ブックデザイナー、出版社の3者で初めて打ち合わせを行い、作品集の方向性に対して様々なアイデアが出てきました。表紙は紺色か赤がいいと、そのあと何週間もかけてパソコンで試行錯誤して、クロスの見本帳をパリまで持って行き、ダミーを作成しました。最終的にこの硫黄色のクロスを採用したのは、本のタイトル『GIFT』はドイツ語の「das Gift」=「毒」を意味する言葉だからです。「毒」も「贈り物」も「与えられるもの」というように解釈できるそうです。

先述したロンドンのホワイト・レンボー・ギャラリーで行われた片山さんの個展に合わせて、『GIFT』の刊行を見届けるためにロンドンに行き、そして2019年11月に開催された、世界最高峰の写真フェア・パリフォトに片山さんの出展が決まり、またパリフォト―アパチャーファウンデーション・フォトブックアワードの最終選考にも選出されたおかげで、パリにも同行させていただきました。そしてせっかくヨーロッパにいるので、その後片山さんが出展している第58回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展の企画展「May You Live In Interesting Times」も一緒に訪れることになりました。

本の話から逸れてしまうのですが、ヴェネツィアで「アクアアルタ」という異常潮位の現象に直面しました。しかも、1966年に記録した194センチの水位に次ぐ、187センチの高潮が記録された日でした。私たちが泊まっていたエアビーの家の中にまで浸水してしまい、急いで荷物と片山さんの作品が入っているスーツケース、彼女の車椅子をベッドの上に避難させたとたんに、追い討ちをかけるように突然の停電すら起きたのです。

このブログでまだ片山さんの作品を紹介できていませんが、彼女は9歳で両足を切断し、それから手縫いの作品や自身で装飾を施した義足を使用したセルフポートレートやインスタレーションを制作しているアーティストです。義足は木と鉄でできているので、水に触れると錆びてしまう恐れと不安がありました。浸水していく部屋の中でどうしたらいいのかわからないまま、私たちは塩水に囲まれながら一晩を過ごしました。

このように、『GIFT』を作ったことをきっかけに、この本がこんなにもたくさんの旅に連れて行ってくれました。でも、足を運んでいたロンドン、パリ、ヴェネツィアよりも、片山さんや私、作品集の制作に関わっていた関係者が実際に行くことができない場所まで本が代わりに行ってくれていることを強く実感しているのです。特に本屋がSNSにも投稿することが一般的になってきた昨今、イギリス、ドイツ、アメリカ、カナダ、オーストラリア、台湾など、世界中の本屋が『GIFT』を置いてもらっていることをTwitterやInstagramで見られます。知らない場所で、知らない人が作品集を通して片山さんの作品を知ってもらっていることを想像して「ちゃんと届いている」ことを思うと、出版社/編集者として何よりも嬉しいことだと思います。

『GIFT』の制作で新しい出会いも、予想外のこともたくさんありました。刊行からちょうど一年間が経ちましたが、これからも次々と人々と繋がっていく本になることを願っています。『GIFT』は片山さんが私に、読者のみなさんに与えてくれている魅力的な「毒」であり、最高の「プレゼント」だと改めて思うのです。

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