「印刷加工にこだわった本を丁寧につくりたい」
ひとり出版社をつくるまで
大学を出てから25年、気がつくと4つの出版社の編集者として働いてきました。直近の20年間は、『デザインの現場』『Typography』などのデザイン専門誌や関連書籍をつくっていたので、専門書の編集者としての道を歩んできたことになります。デザイン雑誌の仕事をしていると、紙や印刷加工、書体や組版、レイアウトなど、本をつくるのに必要な知識が学べるので、自分の経験として積み重ねていきました。有名デザイナーや印刷加工の職人たちから直接ノウハウを聞けるのは非常にありがたく、デザイン書編集者ならではの役得だったと思います。
紙や印刷に詳しくなってくると、「いつかこの紙を使いたい」「こんな加工をしてみたい」など、いろいろ妄想が膨らんできます。長年、仕事を続けているうちに、自分で出版社をつくり、理想とする本をつくりたいと思うようになりました。一律にコストカットをするのではなく、かけるべきところにお金をかけて、削るべきところは削るよう工夫すれば、原価率を守りながら納得がいく造本ができるのではないか……。すべてを自分で決めて、責任をとるような本のつくりかたをしてみたいと思うようになっていきました。
ひとり出版社をつくろうと思ったものの、取次に口座を開くのか、書店直販にするのか、流通方法についてはいろいろと迷いました。いろいろな方に相談するなかで、トランスビューの注文出荷制を知り、そこに参加させていただくことに。あとは自社出版物となる本を編集しながら、出版者コードをとったり、版元ドットコムに参加したり、いろいろな手続きを進めていきました(いろいろな方に手続きの方法を教えていただきながらの事務作業は、ロールプレイングゲームのステージを一つ一つクリアしてくみたいで、けっこう楽しかったです)。
■一冊目の本
出版社設立と平行して、いくつか企画を進めていましたが、そのなかで著者とのタイミングがあい、最も早く完成した本が一冊目の本になりました。それがこちらの絵本『うさぎがきいたおと』
です。手製本で有名な美篶堂と木版画家の沙羅による大人のための絵本で、美篶堂の職人が一冊ずつ手で製本をしています。
もともとは美篶堂が2010年に発行した絵本ですが、今回8年ぶりに再版する計画が浮上。刷り部数を増やしたほうが一冊あたりのコストを下げられるので、Book&Designも便乗させていただき、美篶堂版と弊社版とそれぞれ仕様を変えて流通させることになりました。
せっかく再版するならば、製版・印刷からやり直そうということになり、美術展の図録印刷などで評価の高い山田写真製版所にお願いすることになりました。同社プリンティングディレクターの熊倉桂三さんに監修をお願いし、原画の繊細な色を再現していただきました。
熊倉さんは日本を代表する有名アートディレクターと40年近く仕事をされてきた方で、印刷界のレジェンドのようなお方。原画とスキャンした画像を見比べながら、作家と一緒にモニタ上で色を確認し、色をあわせていきます。熊倉さんが画面上でPhotoshopをさっといじるだけで、劇的によくなっていくのはまさに神業。作家同席のもと、その場で画像を調整していくので、仕上がりのイメージを共有しやすく、何度も色校正を出す手間も省けるというわけです。今回は、カバーと本文にアラベールというファインペーパーを使用。インキを吸いやすい紙なので、それも計算して色の調整をしていただきました。調整した画像を簡易校正で出力して確認し、プリプレス処理は終了。
山田写真製版所での印刷立ち会い。熊倉さんと作家が色の確認をしているところ。
今回は、原画の鮮やかな色も再現するため、カレイドインキという高彩度のインキを使用。本を見ると、特にピンク系の彩度が高いのがわかるかと思います。プロセスインキCMYKの4色をカレイドインキの4色に置き換えて、富山県の同社工場で印刷をしていただきました。
一冊ずつ手で製本
印刷が終わったら、刷り本を美篶堂の長野工場へ移動し、手製本の作業が始まります。
今回の絵本は見開きページを半分(中表)に折り、折った部分に糊をつけて天糊製本したもの。天糊製本は180度フラットに開くことができるので、見開きにまたがっている絵柄がノドに食い込まずに製本できる方法です。
美篶堂の長野工場の様子。一冊ずつ手で製本していただいています。
できあがりました。
Book&Design版では表紙に板紙を重ね、ドイツ装にしました。その上からカバーをかけて完成です。書店で流通できるようカバーにバーコードが入っています。美篶堂版では、布貼上製本・ケース入りという特別仕様になっています。こちらは美篶堂の製品を販売している店舗とオンラインショップでの販売です。
上が美篶堂特装版。布貼上製本にタイトル箔押、ケースがついています。
下がBook&Design版。どちらも本文は同じです。
絵本『うさぎがきいたおと』の仕様
四六判変型(たて128 x よこ190 x 厚さ15mm)、48ページ、
ドイツ装・手製本、
用紙(カバー、本文):アラベール ホワイト 菊判90.5kg、(見返し)NTラシャ はなだ 四六判100kg
今回の絵本では、美篶堂代表の上島明子さんが絵本の文章を書いているので、美篶堂に製本をお願いしました。手で製本していると聞くと、ずれていたりしそうですが、そのようなことはまったくなく、小口もピシっときれいにそろっています。きれいすぎて、手製本だと気づかれないかもしれません。
1000部限定なので、注文をいただいた書店にのみ本を送る注文出荷制は適しているように思いました。この本を大切に取り扱っていただけるお店に置いていただけたらうれしいです。9月10日から書店へ発送を開始しました。また、刊行を記念して、Book&Design内にあるギャラリーで原画展も開催しています。
http://book-design.jp/events/160/
今後もこのような造本に凝ったアートブックや、デザインの専門書、翻訳書を出版していきたいと考えています。通常の出版社が敬遠するような手間がかかる本、読者層が限られる本などを出版し、届くべき人のもとへ本を届けたいと考えています。これからもよろしくお願いいたします。
Book&Design
http://book-design.jp/