N社の「電子書籍化商法」
この「版元日誌」をどの範囲の人がどの程度読んでいるのかはわからない。今回は、おおよその読者が版元ドットコムの関係者だということで話を進めたい。
春先に、ある著者から電話があった。
現在弊社で刊行し、書店でも流通している書籍について、某会社から電子書籍化を勧められているという(ここで書籍名を言ってしまうと著者名までバレてしまうのでふせておく)。
著者にコンタクトをとってきているのは、Nという会社で、元はWEBの制作などを中心にしていた会社だったが、最近電子書籍化の営業をあちこちで進めているらしい。
著者にお願いして資料を見せてもらったが、紙の本をスキャンして文字起こしをし、再度ePUBデータをつくるというもの。表紙は新たに作り直し、できた電子書籍をアマゾンへ出品、1冊ごとに著者へ7割が返ってくるという仕組みが提案されていた。
価格は6ケタにいかないぐらいだという。
こちらからは、自社内に印刷の元データがあるので、電子書籍化はできますし、アマゾンやほかの電子書籍を扱うWEBの書店へ出すことも可能ですよと返答した。
加えて、必要な費用を全額電子書籍の売上で回収するにはそれなりの時間がかかりますよとも。
つい先日、別の著者から電話があった。
内容は上記と全く同じ。書籍(著者)が違うだけだった。
単純に考えると、どこか蔵書が豊富な図書館(国会図書館?)へ行き、電子書籍化されていない中小出版社の本をピックアップ、著者に営業をかけているのでは……と想像が膨らむ。一時、自費出版の分野で多くの著者が次の一冊の営業をかけられたように。
しかし、著者にしてみれば電子書籍化に9万円かかるとして、一冊1000円でアマゾンに出した場合、自身に入るのは一冊当たり700円。130冊程度売れてようやくペイできる計算だ。これが簡単かどうかは、書籍によるのだろう。視点を変えると、一般流通している書籍(で電子書籍化していないもの)を狙うのは、ある程度のマーケットが予想されているからだとN社は判断しているのか。
それほど間を開けず、版元ドットコムのメーリングリストでも絶版中の書籍について、別の会社から電子書籍化を打診されているが、どう判断したものかとの内容の相談が投稿され、結果としてメーリングリスト上で様々な意見や情報のやり取りがなされた([hanmotoml:024364~024371] )。
当たり前の話だが、紙の本しかなかったときの出版契約には電子書籍化についての要綱は盛り込まれていない。つまり、そういった本をどこで電子書籍化するかは著者の胸先三寸で決まる。出版社が追って手を打っていなければ、電子書籍化の権利は空いているということだ。
(もちろん、書籍中に著者以外の権利者のもの、例えば写真、イラストなどがある場合は個別に著作権をクリアしなければならないが)
だから、N社やメーリングリストで相談された別の版元の電子書籍化は全く違法ではないし、ビジネスとして成り立つのなら今後さらに他領域からの参入があるだろう。
しかし、せっかく手塩にかけて作った本を、丸ごとコピーして販売していくということには強い抵抗を覚える。しかしながら、大企業ならまだしも我々中小の版元で過去から売れているロングセラーを電子化していくというのは、コストとリターンを考えると現実的ではない。
上記のメーリングリストでも積極的に発言されていた沢辺さんが『電子書籍の制作と販売』(ポット出版)という本を書かれている。
この本は、今現在の中小版元の電子書籍化戦略について丹念に書かれているので、興味のある方はぜひご覧いただきたい。というか、コンスタントに書籍を刊行されている中小出版社の方で、電子書籍化について興味がない人ほど読まれたほうがよいと思う。
結局、これから出す本は、紙の書籍の刊行に電子書籍化を含むことを大前提として考えようというのが、同書のメッセージだが(違ったらごめんなさい)、やはりコツコツとこうした積み上げをするしかないのか。
■閑話休題
『拝啓、本が売れません』(額賀澪著・KKベストセラーズ刊)という本が売れている。
内容は、松本清張賞と小学館文庫小説賞を受賞してデビューした額賀が本にまつわる現場を取材して「売れる本」はどういうものかということを探っていくルポだ。取材先も編集者、書店員、ウェブコンサルタント、映像プロデューサー、造本装丁家など多岐にわたる。版元にとっても耳の痛い話がけっこう書かれている。
しかし、通底するのはできるだけよいコンテンツを作れば売れるということだ。執筆者が小説家で、取材先が関連領域なら当たり前と言えば当たり前なのだろうが、その原則が生きているということは、まだ出版界には希望があるのではないかとも思わせる。電子書籍の将来などについては書かれてはいなかったが。
「出版不況」という言葉がすっかり定着しているが、実際の市場の動きはどうなのだろうか。
全国出版協会によると、2017年の出版市場は1兆5916億円。内訳をみると紙(書籍・雑誌合計)は前年比6.9%減の1兆3701億円、電子は同16%増の2215億円となっている(下表参照)。
書籍 電子書籍 合計
2015 15,220 1,502 16,722
2016 14,709 1,909 16,618
2017 13,701 2,215 15,916
出典:公益財団法人全国出版協会
よく言われる書籍の売上減少にともなって全体の売上は下がり、その一方で電子書籍は伸びている。注目すべきは、2015年の書籍:電子の割合が91:9だったのに、上記の傾向が続くことにより2017年には86:14にまでバランスが変わっているということだ。電子書籍の存在感が増しており、実に全売上の7分の1は電子書籍になっている。
電子書籍の市場である2200億円はかなり大きい。そのうち8割はコミックスだというが、それでも残りの2割は一般書籍なわけで、冒頭で紹介した書籍を電子化して市場に流すというビジネスが出てくるのは仕方のない話なのかもしれない。
出版社にはいくつもの役割があると思う。なかでも大きなものは「編集」という側面だ。いい本は必ず工夫を凝らした編集の跡が見えるし、著作物の完成には必要な要素だ。
電子書籍にも同じことが言えるのではないかと思う。紙の本を単純に電子化するだけでなく、見やすく、そして情報を伝えやすくする工夫は、紙の書籍とは違った切り口があるはずだ(例えば文章に合わせて音楽を鳴らす、動画を再生する等)。昨今は電子書籍専門の出版社もあるというが、どれほどノウハウが固まっているのだろうか。紙の本を単に電子書籍アプリで見れるようにするだけでなく、それなりの工夫があってこそだと思ったりもした。
90年前にテレビの放送が始まった時、新聞社や出版社はその存在が活字を脅かすものだと恐れた。30年前にインターネットが出現し、スマホが定着して数年。情報を得る手段は多様化し、それに伴って読書の地位は大きく落ちた。電車に乗っても本を読んでいる人は一両に(あるいは全車両で)何人いるだろう。
それでも、(希望的観測を多分に込めて)すぐには「本」は滅びないと思う。書籍の一部のジャンルの淘汰や電子書籍化のノウハウは積み上げられ、現在あだ花のように咲いている電子書籍化ビジネスもなくなってしまうだろう。
しかし、5年後にこの版元日誌を読み返して、「今や▲▲(新しい情報機器)の時代やで、『本』!?、前時代的なこと言ってるなー」と読者が思うような未来が来ていると困ってしまうのだが。