生成AIとうんこ以外のすべて
前回の版元日誌は「うんここそあげなきゃ?」というタイトルだったので、この版元日誌では「タイトルはうんこしばり」という枷を自らにつけて書いていこうと思う。
さて、本稿では巷を騒がせている生成AIをどのように活用しているか、または、おすすめの活用方法はなにか、ということを現時点での経験を元に書いてみたい。
まず、生成AIはその名前の通り文章や絵を生成することができる。破滅派で取り扱う文芸書であれば、「本文」「表紙画像」などは作れてしまいそうだ……というより、ズバリ作れるのだが、いくつかの点で問題がある。
- 権利侵害のリスク。ChatGPTなどのLLM(大規模言語モデル)はモデルの学習に既存の作品を使っており、権利関係が明らかになっていない。AIの成果物に既存作品が「たまたま」混入してしまうリスクを排除しきれない。
- 著作権がない。成果物の著作権には成立に条件があり、人間の創作物のように無条件で付与されない。他者に使われても訴えることができない可能性がある。
- 質的な限界。たとえば文芸書に使われるような一定以上のクオリティを持った文章に仕上げるには手間がかかりすぎる。これは後述する。
- 作家性。実用書では問題にならないのかもしれないが、AIが書いた小説や詩を読みたいというマーケットは存在しないのではないか。
要するに、生成AIを使って本を「ポン出し」して出版するのはまだ難しいようだ。「うんここそあげなきゃ」のうんこの部分を作ることはまだ人間にしかできない。
破滅派おすすめの活用方法
では、生成AIは使えないかというとそんなことはなく、うんこ以外のほぼすべてにおいて活用することができる。破滅派が現在使っている、あるいはこう使ったらいいんじゃないかと思っている領域で有効な利用方法をいくつか紹介したい。
その1. 校正・ファクトチェックなど
原稿がテキストデータである場合において、校正はかなり役立つ。生成AIに対して「chapter01.txtからchapter11.txtまでひと段落ずつ誤字脱字がないかチェックして」と依頼をする。さらに破滅派で採用しているGitHubなどを使えば差分(diff)を見ることも簡単なので、「で、なにを直したの?」という確認も一目瞭然だ。
ファクトチェックや事実誤認も項目立てに使える。生成AIにリストを作らせ、それを人間がチェックすればよい。ただし、「一度脱いだパジャマをもう一度脱いでしまっている」という類のミスを見つけるのは苦手なようだ。アナクロニズム(例・豊臣治世にジャガイモの味噌汁)もかなりプロンプトを作り込まないと発見できない。
なお、生成AIにテキストを読み込ませるとモデルの学習に使われてしまうのではないか、と恐れる向きもあるかもしれないが、送信したデータが学習に使われないようにする設定がある。法人プランはデフォルトで「学習しない」になっていることが多く、個人プランの場合はオプトアウト、つまり明示的にオフにする必要があるので注意。
その2. スクリーニング
著者から大量の原稿を受け取ってしまった場合、それを全部読むのが出版社としての礼儀なのかもしれないが、「そもそもこの人はどういう作品を書いているのか」をささっと知りたいことがある。こうした場合、生成AIを活用できる。最近の生成AIは grounding(接地)という機能を持っており、事実に適合するかWeb検索などを使って裏取りをしてくれる。著者のポジショニングを明らかにする意味でも役立つだろう。
これは既存作家についても同じで、そもそもその作家がこれまでどういう作品を書いてきて、出版マーケットでどのようなポジションにいるのかは知っておいて損はない。これをやると喜ばれることが多いのでおすすめだ。
もちろん、著者には利用範囲と学習に使われないことを説明しておく必要があるのはいうまでもない。
その3. 調査
調査するときも生成AIは活用でき、未知の領域であればあるほどレバレッジが効く。
たとえば、破滅派がラテン語系の謎メールを受け取ったとしよう。生成AIを使ってそれがポルトガル語のクレオールで、カーボベルデから送られてきたことがわかる。内容は「サッカーW杯での健闘が話題になった代表チームのある選手が非常に数奇な育ちをしていて、その自伝がイタリアの出版社から出ているのだが、日本でも翻訳出版しないか」という企画のオファーだったと判明する。このメール、やらなければならないことが異常に多いのだが、生成AIを活用できる場面が多い。
- そもそもメールのやりとりで翻訳に使える。
- イタリアの出版市場調査で使える。その本は売れているのか、本当に出版されているのか?
- このメールの送り主はちゃんとした人か? 正式な権利を持った代理人なのか?
- 仮に翻訳できたとして、どれぐらい売れるのか? 破滅派はバイブスで出版しているが、本来は類書の売れ行きなどから見込みを判断すべきである。
- 契約関係で注意すべきことはあるか? そもそもどこの国の法律が適用されることになるのか?
これらを全部人間がやるとなるとかなり大変だが、生成AIがあれば言語の壁は突破しやすいし、イタリアの国会図書館的なもの(たぶんあるのだろう)を調査して件の書籍の存在確認をするぐらいはできそうだ。リポートの生成自体は一瞬で終わるだろうし、生成AIに作らせた調査リポートをみてから本腰を入れて取り組むべきかを判断すればよい。生成AIにやらせるべきは90%を100%にすることではなく、0%を80%にすることだ。
その4. 業務ツール開発
一般的な出版社がどれぐらい自社の業務ツールを開発しているのか知らないが、生成AIがあればガンガン作ることができる。破滅派ではGoogle Workspaceを契約しており、Business Standardプラン以上ならGeminiが付いてくる。GeminiはGAS(Google App Script)を書くこともできるので、スプレッドシート+GASなどの簡単な構成であっという間に業務ツールができる。Excelのマクロ職人芸のようなものが誰にでもできるようになった、と考えればよいだろう。
ちなみに、破滅派で作った業務ツールはだいたい次のようなもの。
- IVR(電話の自動応答&転送システム)をtwilioと組み合わせて作った。
- 在庫管理システム(自社のECサイトと取次搬入在庫が連動するようになった)
- FAX判別システム。FAXはメールにPDFで添付されてくるので、その内容をAIに判別させて受注・返品了解・それ以外に分類する。
- 売上共有機能。書籍ごとの売上推移を著者に共有する機能。最近は版元.comで使える「うれ太」のデータをここにマージできないか検討している。
Microsoft 365 なども似たようなことができるのかもしれないが、プランあたりの単価はGoogleの方が安いので、小さな版元ならたとえば社員が5人でも月1万円弱程度で済む。
結局AIは執筆に使えないのか?
さて、ではAIは執筆に使えないのかというと、そんなことはない。権利関係の諸問題をさしおいておけば、利用自体は可能だ。
昨年末、私は自分の短編小説をプログラミングツールで執筆するという実験をした。この顛末は『脊髄の奥でClaude Codeが暴れている――生成AIとの共同執筆記録』という同人誌にまとめ、今年4月の技術書典で頒布した。個人的にはAI書店員「増田」が仕入れるかレビューする機能が気に入っている。
で、AIが書いた小説のクオリティはどうなのかというと、結論から言えば「いまひとつ」である。AIが得意だったのは矛盾の検出、表記と文体の統一、説明っぽい文章の指摘(何が説明くさいかは指示する必要があったが)といった、いわば校閲的な仕事だ。逆に、発想の飛躍、物語をどちらへ転がすかという方向づけは、最後まで細かく人間が指示しなければならなかった。約2万字のうち、読者が「おっ」と思うであろう箇所は、ほぼすべて人間側の指示に由来する。
生成AIによる執筆は人間がかなり手伝わないといけないため、これでは書いているのと変わらない。執筆よりも可能性を感じるのはフィードバックやマーケティングなどの執筆以外の機能だ。ここはそもそも破滅派がちゃんと取り組めていない点なので、先述の通り、もっともレバレッジの効く改善点である。
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生成AIは絶賛進歩中で、そのうち文学の精髄に迫ることもあるかもしれない。私はその未来が空恐ろしくもあるのだが、いまは必死に食らいつくことにしている。