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読者のなかに、ある反響を生みだしたい

東京外国語大学出版会は2008年10月に設立、「読者のなかに、ある反響を生みだしたい」をメッセージに、東京外国語大学だからこその出版をめざして、編集委員を務める大学教員の方々とともに出版活動を行っている。私自身は設立6年目の2014年から専任編集者として携わり、人文書、学術書、翻訳書、語学書、なかには絵本やマンガの翻訳といったものも含まれ、さまざまなジャンルの本づくりに取り組んできた。

この出版会がめざすのは、第一に、他の大学では肉薄することのできない国境を越えた言語と文化のリアリティに迫ること。第二に、他大学の追随を許さない言語教育の教材とスキルを提供すること。そして第三に、空間と歴史の両面からアプローチした世界の政治・経済・文化の“認識” と“思考”の手助けとなる道具を整えること。これは設立当時、初代編集長が掲げたものであるが、まさにこの出版会がめざすテーマだと、いまでも思っている。

東京外国語大学には28の専攻言語があり、本の制作現場において、さまざまな言語の文字組みを印刷物として実現させる難しさに触れたのもここならではの経験である。著者の専門領域もじつに幅広く、それぞれの専門分野において、一筋縄ではいかない世界の複雑な様相に、さまざまな視角から肉薄する書物を少しずつでも生み出していけたら、という思いで続けている。

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2025年12月、2冊の新刊を刊行したのでご紹介したい。1冊目は、『イスラムと世俗主義――「マダニー国家」論からみえるもの』という、宗教学者の八木久美子さんの著書である。

これまで、同じ著者の本として『慈悲深き神の食卓――イスラムを「食」からみる』『神の嘉する結婚――イスラムの規範と現代社会』を刊行してきたが、これらの本の制作を通じ、イスラムについて多くのことを学ばせていただいた。いつも本が出来上がるころには、正直にいってその精神におおいに魅了されている自分がいる。
今回の『イスラムと世俗主義』は非常に複雑なテーマだ。「マダニー国家」という概念は、恥ずかしながら本書の制作を通じて初めて知った。しかしこのテーマは本来、イスラムのみに限定されるものではない。宗教と政治の関係は、ヨーロッパや日本、そのほかにおいても、宗教学的にみてそれぞれ異なっており、一概に論じることはできない。この本を読むことは、あらためて日本の政教分離について考え直すきっかけにもなる。
本書では、具体的には20世紀初頭から約1世紀間のエジプトを主として取り上げ、イスラムにおける世俗主義とは何か、政教分離とは何か、各陣営の議論を丹念に読み解き、論じている。後半、複雑なパズルのピースが見事に、ピタピタとはまっていくような感覚に目からうろこが落ちる。この感覚をできるだけ多くの読者に感じていただけると嬉しい。

2冊目は、『生を見つめる翻訳――世界の深部をひらいた150年』という、総勢37名の翻訳家・研究者による翻訳論集である。

東京外国語大学の教員が務める出版会編集委員有志の編集による本書の制作には、数年の時間を要した。
「東京外国語学校」として建学された1873年からの150年余り、この大学出身の翻訳家や、教鞭を執られた研究者による翻訳書が、日本でどのくらい生み出されたか。その数はじっさい、正確には把握できないほど膨大であり、そのジャンルも限りなく広い。まずはこの翻訳書の調査に、かなりの時間がかかった。翻訳者たちが、たゆむことなく積み重ねてきた翻訳という営為について、その質と量ともに再確認し、実感する作業でもあった。
さて本書は、Ⅰ 世界の〈場所〉をひらく文芸翻訳、Ⅱ 発端の光景――近代化と戦争、Ⅲ 原典との対峙、世界の精読、という3部構成で、33のエッセイ/論考と4つのインタビューを収めている。執筆者やインタビュイーもこの大学にかかわりの深い翻訳家や研究者、錚々たる方々であり、その意味でも制作中は緊張しっぱなしだった。
ある翻訳が開始されるのに、どのような原著との出会いがあり、原作者との交流があり、その翻訳を完成させるのに、どのような意図や動機が込められ、情熱が注がれたのか。本書に収められたひとつひとつのエッセイ、論考、インタビューから、翻訳とはそれ自体、そのひとつひとつが「事件」だったのだと、あらためて痛切に感じさせられる。
論じられるテーマは、人物・言語・時代・地域のいずれをみてもさまざまである。ここから、日本の〈翻訳150年〉ともいえるような翻訳の歴史の一端が浮かび上がるのではないか。総ページ数464ページというなかなか大部な本になったが、翻訳という営為が、これまでどのように世界の深部を掘削し、公共圏に何をもたらしてきたのか、第一線の翻訳家・研究者による具体的でスリリングな体験や省察を通じて、さまざまに思いを巡らせることのできる白熱の論集である。

本書に関連するブックフェアとトークイベントを開催予定です。
日程が迫っており、トークイベントについてはタイミング的に間に合わない可能性もございますが、ブックフェアにも、ぜひお立ち寄りください。
詳細はこちら(https://store.kinokuniya.co.jp/event/1770707555/)をご覧ください。

東京外国語大学出版会の本の一覧

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