版元とフリーランスと組合員のはざまで
版元ドットコムにも少なからずいる、ひとり出版社のひとつ、田園都市出版社と申します。合同会社であり、法人格の体ではありますが、肝心の書籍を、まだ4冊しか刊行していません。版元と呼べるのか、そろそろ危うくなってきました。
あとふたつばかり、弊社がれっきとした版元と呼べるのかが怪しい理由があります。ひとつめは、田園都市出版社を運営する本人が、ほぼほぼフリーランスの文字情報制作業者として活動しているという点です。刊行点数が少なく、フリー仕事がそれなりに忙しいと、版元としての自覚も大いに乏しくなろうというものです。オズマガジンとか暮しの手帖とかDAYS JAPANとかに、社員編集者として在籍した時期も断続的にありながら、その他の大半をフリーランスのエディター、ライターとして過ごしてきました。当方にフリーランスが向いているのかどうか大いに疑問ですが、社員というのはあまり向いていなかったのは事実と、今では思っています。
版元と呼べるか怪しい理由のふたつめは、代表が労働組合員であるという点です。出版フリーランスが加入するユニオンであります出版ネッツ、正式名称はユニオン出版ネットワークというところの組合員で、しかも執行委員長をもうここ何年か務めています。出版ネッツは、いわゆる上部団体として出版労連という産業別労働組合に加盟しております。本人は出版労連の人手不足からその役員も務めることになり、昨年一年間は出版労連の書記長という役職を務めることになりました。労働組合の委員長で、産業別労働組合の書記長を兼ねるというと、フリーランスとしても版元運営としても、鵺のような存在に思えませんでしょうか? 本人自身はどうもその辺りにモヤモヤを感じていたのでした。とはいえ、スタッフのひとりも雇っていないひとり版元といえば出版フリーランスにほかならず、書籍の売り上げよりも文字情報制作業、つまりフリーライターやフリーエディターとしての収入が柱となっていて、それが大いに低いとなれば、労働組合員であってもいいのではないか、そんなふうに思うことにしています。組合活動家で歴戦の闘士かというと、そんなこともないのでありまして、日本全体で労働組合というものが地盤沈下していくうちに、かろうじてまっすぐ立っていた者に役員のお鉢か回ってきたというようなところです。
これが何かと忙しい。連合とか全労連とかのナショナルセンターには所属していない純中立の出版労連ですが、そうなると純中立労組懇という加盟組織があります。日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)という、テレビや新聞、広告ほかの産別の横のつながりもありまして、ひとつのお役目を引き受けると、いくつものポストがくっついてくるのは如何ともしがたいものです。会議もやたらとあります。
産業別労働組合の書記長を務めて、「これは!」と思う最大のエピソードは、加盟単組(単位組合)のうちの最大の小学館労組が出版労連を脱退していったことです。もともと自社ファーストの傾向が強い日本の企業別労働組合ですが、これには一抹の寂しさを感じずにはいられませんでした。版元の代表が労働運動のよしなしごとににドキドキしたり落胆したりなんて、あまりないんじゃないでしょうか。
そのほか、出版労連の出版・産業対策部なんていうところで、わが産業についてあれこれ考えるのは、これはこれで結構楽しいものです。
一方、労働組合をやっていて、「これは!」と思う成果はあまりありません。実質賃金が目減りし続けている日本ではありますが、中でも出版産業、コンテンツ産業に従事するフリーランスは、1990年代から報酬がほとんど上がっていないのです。正社員労組が大半を占める産業別労働組合で、当方の働き方はやはりフリーランスでありまして、そこを何とかしたいというのが、組合員であり続ける理由でもあります。
1970年代後半、割り付けを先行して行い、そこにテキストや写真を投下していく「先割」の編集手法が編み出され、雑誌制作の生産性が格段にアップしました。成果物の量もバカスカ増えて、スピードは目まぐるしく早くなり、クリエイティブ界隈のフリーランスが大量に生み出されました。“フリーランスは産業の申し子”と称している所以です。
それにしては扱いが粗略ではないか、と。
フリーランスの報酬が上がらない理由は、古くはバブル崩壊、また1996年以降続く“出版不況”、さらに2000年代の金融危機へと続いてこんにちに至ります。これに、安さにしか価値を見出さない、価格破壊の風潮が追い打ちをかけます。
何とかならないかなと、2022年からフリーランスの春闘宣言というのを発してきました。今ある報酬を10パーセント上げて、と言ったのです。
5年前に初めて発した時には、反響が大きく、取材も結構受けました。NHKで朝から晩まで流れて、親戚や行きつけの店のバーテンダーにも「見ました」と言われるほどで、いやはや何とも。
しかし、5年やっても上がらないものは上がりません。フリーランスの報酬、つまり外注費というものは、電気代や文房具などと同様の、“コスト”にほかならず、安ければ安いほど良いという壁がいつも立ちはだかります。自己責任論や、貧しいのは低報酬のせいではなく仕事が少ないからだというバッシングも少なからずあります。
しかし、創造の源泉である生活すら成り立たないのでは、この業界は持続できません。ご承知のとおり、業界を下支えしているのはフリーランスにほかなりません。報酬を上げてほしいと思っている、なかんずく、下げてほしくないと思っていることは伝えたいと、フリーランスの春闘宣言2026は、この度はchange.orgのネット署名でも取り組むことになりました。何筆集まるのか海のものとも山のものとも知れませんが、フリーランスの取り組みを可視化したいという一念でもあります。もしご興味があれば、ぜひ覗いてみてください。
版元日誌として依頼をいただきながら、組合日誌になってしまい、申し訳ないことです。
田園都市出版社は、そんなわけで代表がフリーランスであるひとり出版社であり、川崎・多摩区→二子玉川→北鎌倉→池尻大橋→南六郷→狛江と、転々と拠点を移してきた流浪の版元です。さらにこの度は、箱根湯河原に移転となりました。このザ・田舎という、のんびりした雰囲気に親しみつつ、夏までには何とか5冊目の出版物を世に問いたいものです。版元であることを、自分自身が忘れないように。