わたしが出版を始めたのは自然な流れでした。
2011年3月11日が勤めていた会社の最終出社日で、東日本大震災が起きて、わたしの送別会などはもちろんなくなり、歩いて銀座から中目黒まで帰りました。土台となるようなものは本当になくなったと、覚悟が徐々にきまっていった帰路2時間30分でした。
それから約10年間、フリーランスで編集や企画の仕事をしてきました。コネや伝手など何もありませんでしたが、好きな作家に熱意を伝えて、全国の好きなお店でイベントや展示を企画しました。わたしは地方出身で、作家に直接会えるような文化的なイベントが地元にないことを残念に思っていたので、なるべく全国各地で行いました。地元にもそこを目的として全国からファンが来るような素敵なお店があると知ることで、見える景色が変わることを知っていたから。
そんな中、疫病の時代がやってきました。わたしの仕事は人に会い、全国を移動することでしたので、予定がすべてなくなりました。さて、どうしよう。さまざまな情報が耳に入ってきますが何を基準に考えたらいいかわからず、部屋でぐるぐると思考を巡らせていても頭がバターのように溶けていくばかり。
そんな時にわたしの居場所となったのが本でした。作者と対話したり、登場人物になって遠くの世界にいったり。ここにいながらどこへでも行け、本を読んでいる間だけは自分だけの時間が流れる。
そうだ、本を作ろう。すぐに思い浮かんだのが芥川賞作家・柴崎友香さんの「宇宙の日」でした。ダンスロックバンド・ROVOの日比谷野音公演をひたすら書いた短篇で、読むと自分もライブ会場にいるような感覚になれます。コロナでライブも軒並み中止になっていましたから、せめて本の中だけでもライブを体験できればと考えたのです。すぐに柴崎さんに連絡し、ご快諾いただきました。中綴じの小さな冊子として発行したのが2020年5月5日です。
「宇宙の日」が完成してすぐに翻訳家の柴田元幸さんに献本しました。柴田さんとは2020年1月以降にイベントをたくさんご一緒させていただく予定だったのですがすべて中止になっていたので、いま僕はこういうことをやっていますという報告を兼ねて初めての刊行物を送ったのでした。すぐに「こういう冊子のような形でバリー・ユアグローの寓話集を出しませんか?」とメールがきました。
ユアグローはコロナの震源地と言われるニューヨーク・クイーンズの病院のすぐ近くに住んでいて、四六時中救急車のサイレンが鳴り響いて、頭がおかしくなりそうだった。正気を保つために、2,3ページの掌編を書いては信頼する翻訳家・柴田元幸さんの元に送るというやりとりを繰り返していた。10篇ほど溜まった時に、これは世界同時進行で起きている疫病を一つの時代として封じ込めた寓話集になると思い浮かんだ柴田さんの元に、ちょうど私から「宇宙の日」が届いたのでした。この寓話集は世界が同じ状態にある今出すことに意義がある。ユアグローは新潮社などから翻訳書を出している作家ですが、大きな出版社では今すぐに出版することはできない。でも私個人なら、こういう小さな冊子で緊急出版の形ですぐに出すことができる。私はすぐに「出版させてください!」と返事をし、柴田さんにあとがきを書き下ろしてもらい、デザイナーの横山雄さんに本文を組んでもらい、装画を描き下ろしてもらい、2020年5月29日に、バリー・ユアグロー/柴田元幸訳『ボッティチェリ 疫病の時代の寓話』を刊行しました。ISBNもないZINEとしての刊行ですが、さまざまな新聞に取り上げられ、2刷では川上未映子さんに帯文をもらい、今では5刷まで版を重ねています。
2021年11月に三軒茶屋でカフェをやっている友人から「上の物件が空くみたいだから何かやらない?」と突然電話が掛かってきました。場所を持とうなど一度も思ったことがなかったのですが、声を掛けてくれたのが嬉しかったし、実際に内見したら雰囲気も良くて屋上もあったし、まだコロナ禍で、家と勤務先や学校以外でゆっくり過ごせる場所が必要だと思っていたこともあって、やろう!と決めました。店の経験はまったくありませんでしたが、他人と喋る必要はないけど一緒の空間にいられる安心感のある場所にしたいと考えて、個人的にそういう場所であった本屋、ギャラリー、カフェをやることにしました。そしてイベントもやり、出版も続けようと。2022年1月に愛知県から東京に引っ越してきて、2月に内装工事をして、3月11日に「twililight」(トワイライライト)をオープンしました。そしてISBNを取得し、出版社としても正式に活動を始めました。
現在では、ISBN付きの本を13冊、ZINEを7冊刊行しています。本屋、ギャラリー、カフェ、出版社としてまだまだ未熟ですが、目の前にいるお客さんを大切にしながら、本を作り、販売していきたいと思っています。本は居場所であり、現在・過去・未来をつなぐタイムマシーン。わたしという時を超えて大いにひとり歩きし、多くの「わたし」に出会ってもらえたらと思っています。