地方出版はベストセラーの夢をみるか
図書出版みぎわを立ち上げたときから、地域の歴史や文化を紹介する本を刊行したいと思っていた。その大きな理由は、事務所兼自宅のある流山市に、かつて崙書房という出版社があったからだ。
崙書房は1970年創業、2019年の解散まで、主に千葉と茨城に関する本を刊行してきた地方出版社だ。平成のベストセラー、佐野眞一さんの『誰が「本」を殺すのか』にも登場するので、名前を知っている方も多いだろう。流山市を走るローカル線の歴史を紹介する『流山電鉄の話』、大正時代の労働争議を取り上げた『ぼくたちの野田争議』、流山おおたかの森駅の駅名が決まる経緯を紹介した『オオタカの森』など、地域のことを題材にした面白い本を多く刊行している。2023年に復刊されて話題となった『福田村事件』(五月書房新社)も、元は崙書房から刊行された本だ。
流山で出版社をやるからには、崙書房が作っていたような本を作りたい。流山市を中心としつつ、千葉の、自分が生まれ育った茨城の本も作ってみたい。その地域に住む人が書き、その地域の人が読む。そんな、かつての地方出版、いまなら本の地産地消ともいえそうな、本の作り方、出版をしたいと思っていた。
そして2年前、流山で史跡ガイドをしている田村哲三さんの『流山の史跡をあるく』

を刊行することができた。定価2000円で初版は500部。売り切れたとしても、儲けはさほどない、というか、ほとんどない。でも、千葉に、流山に、図書出版みぎわという出版社があるということを知ってもらいたい、地域の方への名刺代わりになる本を作りたい、という思いで企画した。
いざ出版してみると、思ったより早く、初版が売り切れた。田村さんにまとまった数を買っていただいたし、販促に協力をしてくれた地元の方もいた。流山で一番大きな書店が、レジ前に陳列してくれたことも大きかった。思った以上に、流山市の近隣にある書店からの注文も届いた。結果として、少部数ではあるものの、2度の増刷もできた。
この本を刊行することで、様々な方に、図書出版みぎわを知ってもうこともできた。地元の本好き、近隣で出版や書店に関わっている人、地域史の研究をしている人や、千葉県内や流山市で文化活動をしている団体とのつながりができた。そこで崙書房の元社長さんに会い、お話を聞くこともできた。名刺代わりという役目を、予想以上に果たしてくれた。
そして、出版業の面白さを再発見することもできた。本を出版することで、書き手、出版社や編集者、書店員、そして読者へと、本を通じたつながりが作られる。それは緩やかなコミュニティというか、本を介した共同体にもなる。そこから、新しい企画も生まれるし、新しいアクションも生まれる。実際に、本書刊行後に繋がった面々と、「東葛本好き連」というゆるやかなグループを作り、昨年の3月に松戸で「東葛ブックフェス」を開催することができた。また、昨年も田村さんの本を刊行することができた。『「佐和山落城記」を読む』

という、流山市に残された古文書を紹介する本だ。地域の本を作ることで、地域の人々とのつながりを作ることができたし、そこから派生して生まれた企画やイベントは、いまも進行している。
知り合いが増えれば、みぎわの本を買ってくれる人も増えるに違いないという打算もある。そもそも本を読む人が少なくなっている状況下で、本に興味を持つ人、本を買ってくれる人を増やしていかなければ立ち行かない、という危機感もある。だけど、それはそれとして、本を出すことで生まれるゆるやかなつながりは、自分ができることを広げてくれるし、何よりも、流山での日々を、楽しく、豊かなものにしてくれる。
昨年亡くなられた音楽評論家、渋谷陽一さんは、「半径5メートルのリアリティ」という言葉をよく使っていた。自分の日々の生活や実感、体験を表現したものが、歌となって、世界に届く。たとえば「恋人と別れた」とか、ごく個人的な体験でも、切実に音楽として表現されることで、「私」という個人を越えて、世界中で共感される。地方出版の理想も、そこにあるのだと思う。そんなふうに、ローカルな本が、いつかベストセラーになる日を夢見ながら、今日もひとり、流山市の自宅の一室でゲラを読んでいる。
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2022年12月22日に図書出版みぎわを立ち上げてからはや3年、最初に黒川創さんの『世界を文学でどう描けるか』

を刊行して以降、文芸書、人文書、研究書や論文集、図録、学術ジャーナルなどなど、内容的にも、ジャンル的にも、書店の棚的にも、多様な本を刊行してきました。社としての方向性といったものはあまり考えていなくて、むしろ、どんなことができるのかを探りながら、一冊一冊、手掛けてきました。
今回は地方出版の話を書きましたが、メインの出版物は、文芸書や人文書です。立ち上げ前に働いていた出版社でお世話になった方々とのつながりに助けられながら、何とか生きながらえています。
最新刊は、『柳田国男 現代に生きる思考』。

地方の本を刊行する一方で、民俗学を立ち上げた柳田国男の本も出す。バラバラに見えていた自社の本と本の間にゆるやかなつながりが見えてきた気がする今日この頃です。