2025年5月、4年目の2ndLap
名古屋で翻訳と出版の会社を立ち上げたのは、還暦になる年の春のこと。その先をちゃんと走り続けることができるようにと、「2周目」という意味の「2ndLap」と名付けました。10年で10冊を目標にしました。
「ひとり出版社」というものをやっている人がかなりの数いるらしいということに気づき、自分でもできるのではないかと思ってしまったことが始まりでした。その「かなりの数」の人々の大半が出版社で編集の仕事を学び、研鑽と実績を積み、独立する力のある人なのだと気付いたのは2年目くらいだったでしょうか。
私の動機は「翻訳を仕事にしたい」というもので、それなら自分で自分を雇ってしまおう、と考えたのでした。
一方、2ndLapの業務の大きな部分を占めるのは、定款にはありませんが、介護です。そもそも、人生の大半を暮らした東京を引き払って名古屋に移ったのは、両親の近くにいるためです。父と母のふたり暮らしがおぼつかなくなっており、このままでは破綻するとみて、側面から支えようと、実家の近所に家を探しました。
2ndLapにも両親にも、それから3年の月日が流れました。
2ndLapは4冊目の出版を9月に控えて作業中です。1年1冊のペースをなんとか守っています。本を作る流れとしては、まずは本を選ぶ。面白いか、身の丈に合っているか、訳せるか、など、いろいろ角度から考えつつ、海外の版元や書評の情報やアマゾンを手掛かりに本を漁ります。翻訳する本とはかなりの時間を親密に付き合うことになるので、その本と「気が合うか」が重要です。けっきょく最後は勘で決めています。『ニーナ・シモンのガム』も、『スマック シリアからのレシピと物語』も、そうやって見つけました。それから版権の契約。そして翻訳。デザイン、印刷。ここまでは介護の合間に時間を工面しながらなんとかやるのですが、問題はその先の「本を売る」ということをどうやればいいのか、まったくお手上げなことです。本ができるところまででほっと一息ついてしまうんだな。それでは著者に申し訳ないし今度こそ頑張りたいのですが、なにができるのか. . .
母は87歳、要介護3の認知症。父は来月91歳、要介護1。母は日増しに混迷を深めていますが、顔つきが穏やかなのが救いです。デイサービスもけっこう気に入っているみたい。父はいわゆる認知症ではない(と思う)のですが、とにかくすべてがスローモーション。カタツムリの遅さで生きていて、一日半から二日を一日と感じている様子です。身体的なスピードだけでなく脳の働きも遅く、ひとつの考えがつながって意味を成すのにひどく時間がかかります。そしていっぺんにふたつ以上のことを話すとショートします。ひとつひとつ、しかできません。ふたりとつきあっていると、ふだんの私の考え方や優先順位が絶えず揉まれて、頭がぐるぐるします。いっぱいいっぱいになることもありますが、まだ溢れてはいません。
動悸が起きる小さな事件をまいにちのように重ねつつも、きょうも五月晴れ。なんとかなっているようです。