折り返し点としての「半世紀」
みなさま,はじめまして。2021年10月に創業した看護の科学新社です。看護・介護・ケアをキーワードにした出版活動をおもな生業としています。“ひとり出版社”として2期を終えホッとしたのは束の間のこと。3期目に入ったところで,これまで字面としては見てきた「多重課題」にただただ翻弄される毎日です。
■事務所がある上落合・中井という町
所在地は東京都新宿区上落合です。林芙美子記念館のほど近く,辻潤や書肆ユリイカ,中井英夫からポリシックスまでゆかりのあるこの地にあこがれて事務所を構えたわけではありません。四半世紀前に引っ越してきた自宅から歩いて7,8分,もし妙正寺川にゴンドラが通っていたならば2,3分で通える立地優先で決めました。
事務所は2階建ての黒塀長屋の一部屋で,なかなか目立つ造りです。もともと,このあたりは染物屋さんが軒を連ねていたらしく,この建物もそうした地域のイメージに沿ったものとのこと。
中井では,毎年2月下旬に「染の小道」という地域イベントが開催されます。当日は染物が妙正寺川に渡され,商店の軒先には染色家によるオリジナルの暖簾がかかり,それらを目当てに多くの方がこの地を訪れます。
昨年,弊社は古本屋として参加し,時間によっては仕事でお世話になっている社会福祉法人かがやき会のみなさんによるパンの販売,また,モジュラーシンセとオンドマルトノ演奏会なども行いました。今年も2月23日(金)~25日(日)に開催されますので,ぜひお立ち寄りください。
■「新社」に歴史あり
有限会社看護の科学社は1976年から2021年まで(法的整理は2022年6月です)の決して短くはない時間,出版社として活動しました。私は四半世紀以上,この出版社で編集者として仕事をし,また,その活動停止の際は債権者のひとりとなりました。
2021年初秋,私は長年,同社を通して斯界に発信されてこられた著者のみなさんと,その活動を受け継ぐ会社の必要性,また,それに相応しい社名について話し合いを続けるなかで,弊社・株式会社看護の科学新社の創業を決めました。旧社の役員でも株主でもない私でしたが,その必要性を強く感じたことに変わりありません。話し合いのなかでは「旧社の活動が折り返し点になるくらいのスパンで活動してほしい」との声もあがったことを覚えています。およそ半世紀の活動は折り返し点! の気概をもち,今はひとり出版社ですが,会社を継続するための体制整備に向けて取り組んでいます。
■新雑誌「オン・ナーシング」創刊
先の話し合いのなかで,新雑誌創刊の声があがりました。それが,かなりチャレンジングな計画であることは,出版の世界をザっと眺めただけでもわかります。では,どのようにすすめればよいか? 試行錯誤の末,クラウドファンディングにより創刊費用を捻出するというアイディアが現実的なものになりました。このとき,私たちと似た状況からクラウドファンディングにより出版活動を始められた“先輩”方から伺った体験談はとても貴重なものでした。
2022年3月下旬,看護界の重鎮・川嶋みどり先生をはじめとする方々に立ち上げていただいた新雑誌創刊のクラウドファンディングは10日間で目標金額に到達し,結果的にとても大きなご支援をいただくことになりました。この場をお借りし,あらためてお礼申し上げます。
クラウドファンディングについては,各種メディアでも取り上げていただくなど反響がありました。
隔月刊誌「オン・ナーシング」創刊号は2022年8月に刊行されました。2023年12月には第9号を刊行,巻頭には作家・梨木香歩先生と川嶋みどり先生による往復書簡『「秘そやかに進んでいくこと」と私たちの責任』が掲載されています。
これは梨木先生が『炉辺の風おと』(毎日新聞社)に記された,お父さまが療養されるなかでうけた「尊厳を奪われた」様子を続けて考えるために企画されました。ぜひ連載ならびに「オン・ナーシング」にお目通しいただるとうれしいです。
■アンプのような役割と自覚して
若い方はご存じないかも――いや,若い方のみならず世間では“ヴァイナルブーム”らしいのでご存じかと思いますが,ステレオ・システムには,それだけでは役に立たないものの,なければ困る「アンプ」という四角い箱があります。プレーヤーやチューナーとスピーカーとをつなげ,ボリュームや左右の出力を調整したり,小さな音で出力するときには低音を強調したりする役割です。
編集者として出版に携わるなかで,自分には「アンプ」の役割を課せらたと思うことしばしばでした。ヴァイナルをターンテーブルに載せて曲を流したい人と,スピーカーやヘッドフォンを通して曲を聴きたい人をアンプがつなぐ。その印象は,ひとり出版社を営む今も変わりありません。
TeraPadで,昨日つくった「オン・ナーシング」購読お願いのメールの文案を直しながら,送り先のメールアドレスを確認していると,届いたメールの件名に「至急」の文字が――あ,原稿締切日を過ぎてしまっていた! 内ポケットに忍ばせた自分のキャパシティに照らすと,それらは多重課題ではなく多重で過大なのかもしれないと戦く日々。各所にご迷惑をおかけしながらも,看護の科学新社の出版活動は続きます。