○○×版元
ウネリウネラは朝日新聞の記者だった2人組(ウネラ=竹田麻衣、ウネリ=牧内昇平)が2020年、福島県福島市で立ち上げた小さな版元です。
これを書いている私=ウネラは記者時代に受けた性暴力の問題が原因で2019年に退社しました。当時東京本社勤務だったパートナーのウネリはその後、初任地の福島に異動願を出し、2020年に着任。在社中心残りだった原発問題の取材をするためでした。ウネリウネラ公式サイトを立ち上げ、記事を配信するようになりました。主に取材・執筆はウネリが、編集やサイト運営を私が担当しています。すべてが手さぐりのスタートでした。
福島ではさまざまな出会いがあり、たくさんの友人たちと交流する日々がはじまりました。私も健康に無理のない範囲で取材や執筆活動を少しずつ再開していきました。
そのうち、取材の成果や福島の知人たちの営みをまとめたいという気持ちが大きくなりました。ブログや雑誌、Web媒体などで記事の発信はしていたものの、それにはおさまりきらない、「本」というかたちで後世に記録を残したいことに、たくさん出会いました。私たちは自分たちで出版を手がけることを、具体的に意識し始めました。
ただ、書籍化するといっても、私たちには本の「作り方」が全くわかりませんでした。ふたりとも新聞記者だったので、取材して文章を書き、校正・校閲する、という作業は経験してきたのですが、組版やデザイン、装幀や印刷のことなどについては、ずぶの素人です。
そのためにまず、実験的に自分たちで自分たちの著作をつくり流通させてみようと考えました。どうにもならなかったらその時また考え直そうと。
ひまがあるということは、豊かなことだと思いました。
私たちが版元になるまでの経緯を記したメモです↓
7月ごろ…出版に関する勉強を始める。いわゆる「ひとり出版社」の方々の本を読んだり、インターネットで情報収集をしたり。
8月ごろ…福島のデザイン会社で活躍するマルチクリエイターTさん(現在は農業を生業としている)に、構想について話す。Tさんはウネリの駆け出し記者時代からの友人で、たぐいまれなる才能の持ち主。紙ものからweb、写真も動画もなんでもできて、いちいちセンスが光る。(そして私たちは、Tさんの家の野菜や卵をしばしば分けてもらっている。本当にありがとうございます)
Tさんが、本づくり構想に「いいですね~」とゆるくのってきてくれた。いけるのか? やってみよう。
9月4日…Tさんに相談しつつ、本づくりに必要そうな編集、デザインソフトを購入。とにかくいろんなことができるのに驚き、興奮した。即、編集作業開始。デザイン系の知識は皆無だったが、ネットや本で調べながらやり続ける。
9月14日…本の販売サイトを作り始める。まだ本もできていないどころか、「出版者」にもなっていないのに…。順番がめちゃくちゃではないか。
9月23日…日本図書コード管理センターというところにISBNと書籍JANコードの取得を申請。ホームページから実に簡単に申請できる。ISBNとJANについてもホームページ上に詳しく書いてあるが、この時点での自分の認識は、本を広く流通させるためにはこのISBNとJANというコードが要るようだ、このふたつがあるとバーコードがつくらしい、くらいのレベル。
10月初旬…ISBNコードと、書籍JANコードの登録通知書が相次いで届く。
→「出版者」になった!
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印刷は知人で俳人・高校教員の中村晋さんから、地元の印刷会社を紹介してもらいました。親切な印刷会社の職人さんたちに細かいレイアウトや印刷工程について学びました。
流通に関する多くのことは版元ドットコムで勉強しました。「版元ドットコム活用入門【基本編】」「版元ドットコム活用入門【営業編】」などの講座を受け、ウネリウネラは取次会社と契約しました。
多くの人の助けを得て、2021年2月、ウネリウネラのファーストブックとなるエッセイ集「らくがき」を刊行。社会問題を多く取り上げてきた私たちが試みに綴った日々の暮らしのエッセイは、福島市内のブックカフェをはじめとする全国の書店さまより、たくさんの人々のもとへ届けていただいています。子どもたちの絵をレイアウトした装幀が好評だったため、後にレターセットなども作ってみたところ、意外な人気商品となっています。

その後2022年5月には、櫻井淳司著「非暴力非まじめ」を刊行した。著者は女子学院創設の祖・櫻井ちか氏の曾孫で、どの教会にも属さないフリー牧師。福島県石川町の山あいで小学校の廃校舎を借り、「ただの人」をめざす全寮制私塾(無学校)「インターナショナルニューライフカレッジ」を創設したというユニークな方です。
この本には、さまざまな読者から感想のメールやはがきが届き、とても嬉しく思いました。

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以上の経過を見てもらえればわかる通り、版元としてのウネリウネラは行き当たりばったりです。
原発事故後の福島の現状を取材しているウネリ=牧内昇平は、自社サイトのほかコンスタントに雑誌やWebにも記事を書き続けています。原発事故汚染水の海洋放出が目前に迫った今夏には、緊急的に自主制作ZINE「manufacturing consent原発事故汚染水をめぐる『合意の捏造』」を発刊しました。どれだけ必要とされる内容かはわかりませんでしたが、予想を超える勢いで完売したため、今後どうするかをまさに今考えているところです。
ウネリが取材している問題に関する講演会などにお呼びいただく時、ウネリウネラの刊行物を携えていくと、多くの人が本を手に取り立ち止まってくれるようになりました。
私自身はというと、冒頭で触れた過去の性暴力被害を考えるなかで、2022年11月、当時日本未公開だった韓国のドキュメンタリー映画「アフター・ミー・トゥー」を福島市の独立系映画館「フォーラム福島」で自主上映する機会を得ました。同作はその後配給が付き、現在全国公開中なので、ぜひお近くの劇場で観てもらいたいです(「アフター・ミー・トゥー公式サイト」)。
福島での自主上映会企画当時、同作は韓国でも商業公開前(2022年10月公開)だったので、フライヤーやパンフレットなどの販促物が一切ありませんでした。「ないなら作ろう」と映画会社の了解を得て、フライヤーとパンフレットを思い切って自主制作しました。版元を立ち上げて書籍出版を試みていなければ、こんなことは思いつかなかったと思います。
上映期間中は映画のテーマと重なる書籍やゲスト登壇者の著書の他、ウネリウネラの既刊書籍やZINEも劇場で販売しました。
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こうして書けば書くほど、ウネリウネラの実体が、自分自身でもよくわからなくなってきます。お会いする人たちに「結局、生業は何なのですか」と聞かれることもしばしばです。
2020年以来私たちはいつも、別々な複数の仕事を同時並行的にやってきました。「出版業を営んでいます」などと自己紹介するには到底心もとなく、「○○や○○や小さな版元の仕事をしています」と説明しては、やはりよくわからない、といった顔をされています。
ともかく手あたり次第、したいと思う事に挑戦してきた3年間でした。
今後私たちがどういう道を進むべきか、進むことができるのかも未知数ですが、もうしばらくは「○○×版元」の生活が続きそうです。
