取次口座の挫折とセレンディピティ
こんにちは。「あさま社」代表の坂口惣一と申します。
あさま社は、2021年に長野県軽井沢町を拠点として創業した新しい出版社です。
社員は代表である私ひとり。
これまで2冊の本を出しています。
1冊目は、『子どもたちに民主主義を教えよう』。
2冊目には、『じぶん時間を生きる』を出しました。
私自身、都内の出版社に書籍編集者として10年ほど勤務していました。2020年の3月、ちょうどコロナの緊急事態宣言が出される直前に縁あって軽井沢へ移住。そこから1年ほど内省の期間を経て、21年1月に創業を果たしました。
なぜ起業したのか。
よく聞かれる質問です。ただ、これに答えるのは私自身の言語化も追いついておらず、文字数もかかってしまいそうです(そして原稿の締め切りも大幅に過ぎてしまっております)。
そこで弊社のような中小出版社の方が読まれる「版元日誌」の特性を鑑み、少しでもお役に立てる内容として「営業・流通」について私の体験をシェアしたいと思います。
*流通と書店営業*
一介の編集者にすぎない私が出版社を立ち上げようと決めてから、真っ先に考えたのが「流通」のことです。
「流通が本の企画も規定する」
これは相談に乗ってくださったとある営業部長の方の言葉。どのくらいの冊数が書店に並ぶか。それは初版部数や本の規模的なスケールを規定することになり、つまりは出版社の売上規模・経営にそのまま直結します。もちろん、市場から逆算したマーケティング的な本づくりを、会社を立ち上げてまでしたいと思っていたわけではありません。ただ、読者と本が出会う場は多ければ多いほどいい。それは本にとっては幸せなことだ、と私は信じています。小さな版元に人生の限られた時間を割いてくださる著者の方や制作陣への恩返しは、本を読者に届けることでしかできないのではないか、とも。
そんなわけで、創業の1年前、東京の出版社に在籍しているときから「流通」について本当にたくさんの方に話を聞かせていただきました。
その結果、「大手取次で口座をもちたい」との考えに至った理由はシンプルです。出版社在籍の時と同じように書店に本を並べられれば勝機があるのではないか。そう考えたからです。
しかし、結果は NO。
知人につないでもらい、取次の窓口の方と打ち合わせを重ねるところまではよかったのですが、3ヵ年分の事業計画、刊行ラインナップ、営業体制(この時は外部委託の営業の方にお願いするつもりでした)、出版企画書……などなど、分厚い資料を提出したものの、ついぞ門戸が開くことはありませんでした。
取次の現場の方は非常にていねいに対応してくださったと思います。ただ、「まずはやってみてください」「口座をひらいても続かない会社が多いんです」「本を出していって、そのさきに取引の可能性を探る方がお互いのためです」。はっきりと同じ言葉ではありませんが、そのようなニュアンスのお返事をもらいました。すでに口座をひらいていた出版社の方にもリサーチをして、できることは全てやった。でもダメだった。当時はショックを受けました。数日は寝込んでいたかもしれません。どうしたものか…。
そんなとき、偶然の出会いがありました。
ちょうど娘の通う軽井沢の学校の「評議委員(外部有識者)」の役を務める、英治出版の社長(原田英治さん)が軽井沢にくるというのです。以前、オンラインで創業の相談はしていた関係でしたが、リアルにお会いしたことはない。せっかくの機会なので、と自宅にお招きして食事を共にすることにしました。
「どうなったの?」
会食の場、不意に現状について問われた私は、言葉に窮してしまいました。暗礁に乗り上げたことを伝えると、「だったらうちでやる?」という思いがけない言葉をかけてくださったのです。他社出版社の口座をお借りして、取次配本するという選択肢は、もちろんそのようなやり方があることは知っていたものの、自分としては考えてもみない選択肢でした。なぜなら、もしそれが実現したとして他社の本を真剣に取り扱ってくれるとは思えなかったからです。それこそ、初回配本して終わり。あとは自助努力で。そんな光景が目に浮かびます。
しかしその一方で、英治出版さんが非常に良質な本をトレンドやマーケットに流されずに出し続けていることも知っていました。私の中では、出版社としての委託関係というよりもビジネスのパートナー、コラボレーションとして一緒にやってみたい気持ちが湧いてきました。どうすれば書店と信頼関係を築き、長く棚に残る本がつくれるのか。探究心もありました。こうして1ヶ月ほど悩みに悩んだ挙句、最後は英治出版さんのミッション「誰かの夢を応援すると、自分の夢が前進する」に大いに共感し、お願いすることに決めました。
創業から6ヶ月後のことだったと思います。
こうして、流通手段が決まり、案内できる書店先が決まると、次のステップです。
第一弾である本「子どもたちに民主主義を教えよう」というタイトルの営業をスタートさせました。東京・横浜・埼玉エリアと大阪・神戸・京都エリアの主要な書店様に案内をしました。本部の方にもお時間を割いてもらいました。ここには書き切れないほどの本当にいろいろな出会いがありました。
「編集と書店営業をぜんぶひとりでやるのは大変ですね」
そんな声をかけてもらうこともあります。
でも、確実に言えることは、東京の大きな組織にいては見えない景色が、間違いなく見えているということです。
つい先日も、都内の大規模店の店長さんが展開拡大の提案を前向きに聞いてくださいました。店舗入り口の一等地に、大型ポスターとともにスペースを取ってくれるというのです。
都内の出版社に在籍していたときと、私自身は何も変わっていません。
編集スキルが伸びたわけでも、営業に向いているわけでもない。
ただひとつ違うところがあるとすれば、「旗を立てた」こと。
それが、あさま社のミッションでもある「みらいへ 届く本」です。あさま社は、「軽井沢を拠点として、時を超える本をつくり、出版文化の継承を担う出版社です。」とHPで宣言してしまっている。
ここに嘘偽りの言葉は一つもありません。むしろ、言葉が先にあり、そこに一歩でも近づけるように精進し、マインドセットを整える日々です。
私は、出版社創業とは、「何をやるか」ではなく「どう在るか」を整えていった結果に過ぎないと捉えています。出版社づくりが「生き方」になぞらえられるのも、そのせいかもしれません。
今は、日々、旗をおろさずにいることで必死です。
もう少し余裕が生まれ、この活動を自分なりに価値づけることができれば<続き>を書きたいと思います。そしてまた、これを機に版元ドットコムの皆様と知り合うことができれば幸いと願っております。