1000ページ本からの出発
はじめまして。あおぞら書房の御立英史(みたち・えいじ)です。
ビジネス書主体の出版社で長らく書籍編集に携わったのち、退職して「あおぞら書房」を創業しました。2018年に最初の本を出した、横浜の自宅がオフィスのひとり出版社です。
創業前、SNSで知った泥憲和(どろ・のりかず)さんをフォローしているうちに、この人の本を出したいという願いがわいてきました。泥さんは元自衛官、正義感と人情味にあふれた市民活動家でした。過去形なのは、執筆依頼を快諾していただいて間もなく、帰らぬ人となられたからです。
がっかりしていたとき、泥さん応援団のみなさんが、泥さんがネット上に遺した膨大な発言をまとめて本にしようとしていることを知り、仲間に加えてもらいました。いちばん時間が取れる(ほかにすることがない)私が編集担当となり、みなさんがかき集めてテーマ別にグルーピングしてくれたテキストデータを元に1冊の本にするという段取りが決まりました。
完成した本は、応援団長の松竹伸幸さんが編集長を務める「かもがわ出版」から『泥憲和全集―行動する思想の記録』として発行されました。ドカンと1000ページ超。下版後、数日間ボーッとしていました。(1000ページの原稿を抱えて頭を抱えている著者や編集者はご一報ください。お役に立てるかもしれません。)
『泥憲和全集―行動する思想の記録』本の元になった全遺稿アーカイブ
松竹伸幸さんといえば、最近、『シン・日本共産党宣言』(文春新書)が世の注目を集めましたが、『泥憲和全集』刊行後に、あおぞら書房のために『北朝鮮問題のジレンマを「戦略的虚構」で乗り越える』(2019年発行)を書き下ろしてくださいました。
昨年(2022年)夏には、仲嵩(なかたけ)達也さんの『たちあがれ琉球沖縄』を出版しました。仲嵩さんとは泥さんの講演会修了後の懇親会で知り合ったので、これまた泥さんが取り持ってくれたご縁です。
仲嵩さんは沖縄・与那国島生まれ。沖縄戦の記録に残る医師・仲嵩嘉尚(かしょう)の孫、翁長雄志・元沖縄県知事とは法政大学での学友です。中学3年生の夏に「豆記者」として東京に招かれ、佐藤栄作首相に「一日も早く沖縄を抱き取って下さい」と訴えました。佐藤が目頭を押さえるのを見て、子ども心に手応えを感じたそうですが、翌日の新聞に「政界の団十郎、沖縄の子どもたちに大芝居」の見出しを見て落胆したというエピソードを聞かせていただきました。
そんな仲嵩さんが、沖縄の現状を深く憂え、法学・政治学の専門家として世に問うた力作がこの本です。ついに脱稿したという知らせを受け、待ち合わせの喫茶店に行くと、全部生かせば1000ページになりそうな膨大な原稿の山がテーブルの上にありました。削りに削って288ページに押し込んだ、熱い思いが凝縮して爆発しそうな本です。
あおぞら書房は翻訳書も発行しています。ロナルド・J・サイダー著『聖書の経済学』(原題Rich Christians in an Age of Hunger)と『イエスは戦争について何を教えたか』(原題If Jesus is Lord)の2冊です(いずれも御立英史訳,後藤敏夫解説)。
ロナルド・J・サイダー(2022年没)は米国キリスト教福音派の神学者、社会活動家です。先進工業国の経済の根底にある構造的暴力を厳しく追及した『聖書の経済学』は、原書の初版発行が1997年。「富は神からの祝福」と考えるキリスト教右派から激しい批判を浴びましたが、若者を中心に世界各国で反響を呼んでロングセラーとなっています。米国クリスチャニティ・トゥデイ誌が「20世紀で最も影響力のあったキリスト教書」の一冊に選んだほどの古典的名著です。
「福音派」と聞くと、日本人の多くは、原理主義、右翼、反同性愛、トランプ支持……といったことを連想するようですが、サイダーはそれとは真逆の信仰と価値観に立ち、貧しく抑圧される人びとのための行動の先頭に立ち続けました。クリスチャニティ・トゥデイが報じたサイダーの訃報(日本語に翻訳されています)には、「サイダーの経歴はほろ苦い。それは、現代の福音主義政治がなり得たかもしれないが、なり得なかったものを想起させる」という歴史学者のコメントが引用されています。
いま私がいちばん怒っていることは入管法改悪、朝鮮学校差別です。講演会に行って学んだり(著者開拓も兼ねて)、駅頭でのビラ配りやスタンディングなどにも参加する機会が増えています。また、今年からですが、国際交流NPOでの日本語教師ボランテイアと、近所の小学校での教育支援ボランティアを始めました。このあたりが現在の問題意識、関心領域です。出版活動を通じて、これらの問題にもささやかな一石を投じたいと思っています。