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編集者のフィールドワーク——知りたいことがあるうちは、動いてみようか——

こんにちは。ヴィッセン出版の前田朋です。

版元九州ドットコムに所属しているヴィッセン出版は、基本、ひとりでやっている小さな出版社なので、私の興味のあるものを本にしています。

著者から「読んでみて」と預かった原稿を、興味本位で読み始め、疑問や質問や、たんなる思いつきを投げ返して、何度かやり取りを繰り返したのちに、お互いが「なんとかおもしろくなりそう」と思った段階で、書籍へと創り上げていきます。ま、これは理想の(私の)形で、そうばかりではありませんが。
こんなふうに、著者と長く話をしたり、雑談をしたりしながらやっているものですから、研究者仲間を紹介いただくことも多く、どうしたらいいのか(対応にも、進め方にも)迷うときも多々あります。
多くは私の能力不足です。いろんな原稿がとどきますが、当然ながら全ての分野が私のフィールドではありませんし、まったくわからない、というもののほうが多いのが現状です。そんな原稿のひとつに今、直面しておりまして……。

5ヶ月ほど前から、非常に難しい原稿が月に1度、定期的に研究者から届くようになりました。
前に出した書籍の著者の友人である研究者が「私の研究をわかりやすく人に伝えたい」と送ってくるようになったものです。テーマは「ひとことでわかるエントロピーの話」というもの。
書籍にするのか、ただ研究成果としてまとめておきたいのか、いまだに不明。私もなんとなく興味のある内容なので、何も聞かずに、送られてくる原稿を読み、質問を書き出し、校閲をし、提案を少し加え、送り返します。
また次の月に、前月の原稿とは別の原稿が送られてきます。内容は同じテーマなのですが、私が入れた校閲や質問に直接的な答えがされているわけでもなく、質問をかみ砕きなんらかの道筋を示してくれるでもなく、別の原稿が届きます。
「伝わっているのか?」と今月の原稿を読むときには思うのですが、私も、また新しい質問と、校閲と、提案を少し加え、送り返します。
そんなやり取りが続くなか、どんどんと内容が難しくなってきました。
もともと「エントロピー」という概念すら曖昧です。いろんな分野に使われる言葉であるだけに、どれも明確ではない、というのが特徴みたいなものです。
研究者がいうのは、エントロピーは効用、うれしさ、つまりは期待値なので、その変化をみればよい、というのですが。それを数式で数値で理解するなど、だれにでもわかるものになるのか? という疑問もあります。
それでも初月に送られてきた原稿は、それなりに、「そういうことか」と熱力学も数学もたいして専門知識の無い私にでも納得した気になるものでした。
たとえば、羊羹を兄弟二人で分けるとき、兄に3分の2、弟に3分の1とすると、弟は不満を感じる。この不満はエントロピーとして考えて、数式において、数値化できるという話です。エントロピーは内包する期待値を表すわけですから、対数の指数計算をするとたしかに、弟の満足度と兄の満足度には差がでて、これが不満なのだ、と数値で理解することができました。
なるほど、ひょっとしたら、世の中のモヤモヤとした感情はエントロピーで数値化できるのか? だとしたら、「エントローピーがわかれば、世の中が見えてくる」なんて切り口もおもしろいかも、と思いながら読んでいたわけです。
ところが、わかりやすいと感じていたエピソードが複雑になり、対数グラフを用いた説明になり、熱力学の話になり、積分で求める面積比になり、5ヶ月後のいまでは、何の話なのかもついて行けていない原稿を目の前に、フリーズしています。
当然、質問は多くなり、しかも的を射た質問なのかもわからないのですが、「どういうことなのかを説明してほしい」的な質問ばかりになります。
私が質問をすればするほど、それに対する答えが書いてあるはずの次の原稿は難解になってきたこの5ヶ月を考えると、来月に来るはずの原稿は、日本語であるコトしかわからないのではないか、と活路を探す気合いすら薄れそうです。

編集者友だちとの定期のオンライン勉強会(飲み会)で、愚痴ることも多くなりました。
「いま、月一で積もっていく原稿が、難しすぎて、編集するのはムリかも」と先日も愚痴ったばかりです。
友だちは「わかる、わかる、そういう原稿ある、ある。」と言い、それでも質問を返し、知りたいことを伝えれば、いずれは、誰にでも伝わる内容になる、と。
そんな単純なことだろうか。と喉元まででた言葉を飲み込んで、今月の原稿を読み直すことからはじめることにしました。

編集の仕事って、きっとこういうことなんでしょうね。編集者のフィールドはなにも自分が得意なところとは限らないわけですから。初見で微塵にもわかるところがない、こともあって当然かもしれません。
でも、「それ、どういうこと?」と著者に返せるなら、まだ続けられるってことでしょうか。
形になるまで長―い時間がかかりますが、小さなひとり出版社だからできる編集の形。そう割り切って、今月も難解極まりない原稿の届くのを待っています。

こんなふうな活動をしておりますので、「ここ何年も本が出ていないけれど、ヴィッセンは潰れたんじゃないか」と心配いただいた折りは、お電話をください。たぶん、微細藻類のようなサイズで活動していると思います。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

ヴィッセン出版の本の一覧

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