子どもたちのパンデミック3年間
たいへんご無沙汰しています。弊社・結エディットは、2020年5月に事務所を茨城県つくば市から石岡市柿岡に移転しました。
魅力度ランキングで常に下位ポジションをキープしている茨城県、認知度も低いと思われますので、あえて説明しますと、移転先の石岡市は、茨城県のほぼ真ん中あたり、東京から北へ約90kmで、つくば市からはさらに北へ20kmほど。位置的には東京から遠くなりました。とくに柿岡は石岡市内でも、のどかな八郷盆地にあり、一言でいって田舎です。
移転から3年、この間、良くも悪くも新型コロナウイルスの影響を大きく受けました。
良いことは、ZOOMなどのリモートワークが当たり前になったこと。wifi環境が整ったのんびりした田舎の環境、シェアオフィスいかがでしょう?
冗談はともかく、コロナ禍のデメリットとしては、書店営業はかなりしづらくなりましたね。そもそも都内にそう頻繁に行っていたわけではないのですが、たまたま事務所移転とコロナ禍が重なり、書店営業に出向く頻度はより落ちました。
といっても、我が社がここ3年間で出した新刊は2冊ですので、そもそも都内に出る必要が以前からあったのか? ということなのですが……。
ちなみに、2冊とは、2021年3月に出した『ありがとね-「ハイジだより」10年の記録』と、同年11月に出した『万葉集の筑波山』です。
そんなんでよく出版業が続けられているなと思われるかもしれませんが、もともと売上を出版以外の種々雑多な方面に頼っていた地方出版社としては、ここは腰を据えてじっくり行こうと開き直ったのですが、正直、環境の良さにどっとつかってしまい、いまとなってはちょっと焦っています。
『ありがとね』の著者は、2005年につくば市で自由保育を掲げて開園したハイジ保育園の園長、ゆうこさんです。本は2部構成で、1部はハイジ保育園が毎月発行している園のお便り「ハイジだより」の10年分を中心に編集、2部は草創期からともに園を支えてきたスタッフ、「あすか」さんが2015年3月に亡くなったことへの追悼集です。
ハイジ保育園では、子どものやりたいことは、基本自由にやらせます。冬でも水遊びをしたいといといえばOK、友だちに取られることを前提におもちゃも持ってきても良い、オムツはその子が「もう止める!」というまで待つなどなど。子どもが喜怒哀楽を発すること大歓迎で、そうなると当たり前ですが、けんかは日常茶飯事です。スタッフはそれを見守り、ここぞという場面で仲裁に入る。そんな“自由”を得るためにあえて行政からの認可は受けていません。
刊行を前に、ゆうこさんに「顔出しNGね!」と宣告され、著者近影はイラスト! できれば書店で著者の語る会などもと考えていたのですが、新型コロナウイルスで書店でのそうしたイベントは軒並み中止。では、と苦肉の策で始めたのが、podcastを使った情報発信です。
podcastの番組「ありがとね! ゆうこ園長」は、週イチ程度の更新を目指して始めました。自由保育を標榜するゆうこさん、書くこと以上にお話も自由で、興がのると机をばんばん叩く、その音を消すために専用ブランケットを用意。「さあ、どうぞ」と収録に臨んでいます。
新型コロナウイルス感染のパンデミックは、初め高齢者中心だったのに、先行的に高齢者のワクチン接種が進み、変異株が出現し始めた2021年の第5派以降は、10代以下の子どもの感染が増えていきました。覚えているでしょうか? あの1年延期になった東京五輪のドタバタ直後に感染者がぐんと延びた第5派です。さすがにこうなると、園に近づくことも遠慮しなくてはなりません。podcastの収録も新型コロナウイルスの感染状況を睨みながらということになりました。でも中断をはさみながらも、2022年8月までに41話を公開。その後、再びパンデミックが起きたものの、第8派が治まったところで、2023年2月には、シリーズ第2段を始めました。(http://bit.ly/haiji_arigatone)
新型コロナウイルスの3年間は、学校の区切りでいえば1年生で入学した子がちょうど卒業するタイミングです。黙々と食べなくてはいけない給食、部活動や校外学習などの自粛、そして入・卒業式の中止や自粛など学校の隅々に影響が及びました。幼児教育の専門家によれば、マスクで顔を覆ったことによる幼児の影響は何年か後に出るかもという怖い話で、当の子どもにしてみればとんでもないことです。
未知のウイルスの影響は、女性や高齢者、そして子どもという弱者にしわ寄せが及びます。2022年2月に、ロシアがウクライナを侵略。海を越えたところでの戦争は、私たちにも物価高騰として影響が及んでいます。これからどうなるんだろう、そんな大人の不安を真っ先に感じとるのは子どもです。
けっして高名な幼児教育者でないゆうこさん。子どもの自由がどんどん狭められていくこの3年間、ノート型PCのキーボードをたたくまねをする「リモートワークごっこ」、腕をめくりあげ注射をうつまねをする「ワクチン接種ごっこ」など子どもの遊びにも世相が影を落とすなかで、子どもたちが喜怒哀楽を爆発させ「ほっとできるところ、楽しいところ」という、その一点は大切にしてきました。ハイジ保育園の園庭で日々展開されるどろんこ遊びや木登り、近くへのお散歩がどれだけ尊いことか。新型コロナウイルスはまだ終わっていません。現場では私が想像する以上に、子どもをどう護るか、さまざまな判断に迫られたシーンがあったはずです。
ハイジ保育園を通して西村博之さん(認定NPO法人フリースペースたまりば理事長)を知り、先日、彼が園長を務めた「夢パーク」を取り上げたドキュメント映画「ゆめパのじかん」を観ました。ゆめパは、神奈川県川崎市の公設の子どものための居場所です。ゆめパには、さまざまなスペースがありますが、なかで「フリースペースえん」は学校に行かなかい子どもの居場所です。ここでも、新型コロナウイルスのパンデミックは影を落としていたことを映画で知りました。2020年2月に首相から発せられた「学校一斉休校」で、ゆめパを閉じるべきか、その判断を迫られたのです。スタッフが真剣に議論して下した判断は「ここは子どもにとって最後の砦、われわれがここを閉じたら子どもたちの居場所が無くなる」と、できる限り感染防止策をとり開くことを決意するシーンがありました。
子どもの立場で見て、感じて、そしてとことん護る。おそらくこの3年間、新型コロナウイルスが無かったら、あまり考えもしなかったことかもしれません。
ハイジ保育園の定員はわずか30名。本にして届けることで、のびのびと子どもを育てる考え方を広められるはず。そんな出版人として思いは、この3年間のさまざまなできごとのなかでそれが間違いでなったと再認識しました。そう思うとこの本を、あのタイミングで出す機会を与えてくれたゆうこさんに、心の底から「ありがとね!」といいたいと思います。