バイクの運転に似た小さな出版社の経営
実生社(みしょうしゃ)の越道(こしみち)京子と申します。2021年に会社を立ち上げ、ほぼ一人で実務をおこないながら2022年に5点刊行することができました。
■原体験
私が出版という仕事にかじりついているその原点は、この『ある社会主義者の一生』という本にあります。
これは、私の祖父である前田陸雄の評伝です。祖母が、三一書房さんにお金を出し、中国新聞社の記者であった日下次郎さんの丹念な取材、執筆により1974年に刊行されました。
挿絵は、「原爆の図」を描いた丸木位里さんによるものです。広島のまちなかで生まれ育った祖母は、弟を広島の原爆で即死状況で亡くして以降、反核運動をしていました。
祖母はその壮絶な経験や家族について、心の傷から、生前は私に一切語ることがなかったのです。この本のおかげで、私の祖父がどのように生きたのかを知ることができました。自分のルーツをたどることで、歴史とつながることができるのです。
本だからこそ、50年の時代を越えても読み継がれる。手渡すことができる。その原体験をもとに、私はこれからも手渡していける本作りをこころざしていきたいと思っています。
■本作りへの思い
本作りへの思いを、実生社という会社名に込めました。
「実生(みしょう)」とは、植物の増え方で、種が土に落ちてそこから発芽するものをいいます。
それぞれの種は、豊かな個性を持っています。種から植物を育てるように、それぞれの原稿の個性を見極めて、最大限に魅力を引き出す本作りがしたいと考えています。
■会社を立ち上げる
今があるのは、20代、30代と勤務先で学ばせてもらったおかげです。氷河期世代ということに加え、いろいろな事情により私は職場を転々とすることになり、複数の出版社・編集プロダクション・新聞社で経験を積ませていただくことになりました。それぞれの経験がクロスした結果、開業につながっています。
京都周辺でのひとり出版社で奮闘されている方々の背中を見て、私もこれに続こう!と思いました。島田潤一郎さんの『古くてあたらしい仕事』
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も読み、自分にもできそうだと自信がつきました。
2021年3月には、京都商工会議所の主催する起業セミナーに参加し、「開業についてこれまで縁のない世界であっただけで、やってみれば自分にもできそうだな」と思いました。大学のカリキュラムに当時、「起業」はなかったのですが、いまでは増えています。よいことだと思います。
経理はfreeeやマネーフォワードなどクラウド会計サービスが日々進化していて、起業は容易なものになってきています。取次は鍬谷書店さんにお世話になっており、営業面は版元ドットコム、トランスビューさんのネットワーク、しくみを活用させてもらえております。おかげで開業前に心配していたような、立ち上げたばかりの小さな出版社であることのデメリットを感じることはほとんどなく、ありがたいことです。
■バイクの運転に似た小さな出版社の経営
小さな出版社の経営は、バイクの運転に似ています。
まずハンドルの取り回しの軽快さ。車ではスペースがなくて停まりづらい場所でも、バイクでは立ちどまることが容易です。小さな出版社では、大手出版社では掬い上げづらいテーマの企画にも着目し、立案することが可能となります。
また体が剥き出しで乗るバイクの視界と、屋根で塞がれガラス越しの車では、乗車体験が大きく異なります。バイクに乗って風を切る軽快さは格別です。バイクで直接、風を感じることができるように、企画や著者と近い距離で向き合えることも魅力です。(雨には弱いですが…。)
本づくりは、著者と一緒に、目の前の風景を切り拓いていくことのできる、知的な刺激を受け取りながら楽しめるという魅力的な仕事です。
このような仕事を担えることは喜びですが、よい本を作っていく責任を果たしていかないといけません。
頑張っていきたいと思います。