遊び続けて暮らしたい
人から声をかけられるままフラフラといろいろな業界を渡り歩き、気づけばもう半世紀を超えている。主体性なく生きてきたつもりなのに、自分のやってきたことを振り返ると、その多くは広い意味で「モノをつくる仕事」だから、なるほど僕にもそれなりに好き嫌いの傾向はあったんだなと今さらながら感じている。
はじめまして。ネコノスの浅生と申します。
社長と僕の二人、都内で小さな版元を運営しています。本をつくる一方で、広告や放送の制作などもやっているから、ネコノスの本業を問われると「はい、版元です」ときっぱり胸を張りづらいところもありますが、いちおう版元ではあります。というか、なんとか版元もやっています、のほうが正確か。
若いころは、映像やら広告やらの現場で多人数を仕切って指示を出し、文化祭のような勢いでワッとモノを創っていく作業にも、大量のアドレナリンが体を回っていく感覚にも無理やり対応できていた。でも、実際の僕は出不精で、知らない人と話すのは苦痛で、大人数のいる場は苦手なのだ。そこでだんだんその手の大がかりな仕事からは遠ざかるようにして、ここ六、七年は文筆業を看板にしている。もちろん、看板だけでは食べていけないので、それなりに原稿も書いている。書いているはずだ。たぶん、書いていると思う。でもとにかく、やりたくないことはやらないと決めている。
さて、あちらの文芸誌に小説、こちらのタウン誌にコラム、と数年あれこれ書いているとそれなりにまとまった量の原稿が手元に残る。せっかくだから著者としてはまとめて1冊の本にしたいのに、版元が複数にわたっていると当然のことながら調整がややこしい。そこで、書いてきた原稿がとにかく霧散しないようにと半分遊びのつもりでまとめた二冊の文庫本が『雑文御免』と『うっかり失敬』で、もちろんどちらも著者による自主制作本である。いわゆる自費出版である。ところが半ば遊びでつくったこの二冊が、ネコノスが版元としてヨチヨチ歩きを始めるきっかけになるのだから世の中、何があるかわからない。
書籍流通のことも書店のことも何もわからないまま、とりあえずこの二冊をたくさん印刷し、都内で開かれるイベント会場に並べることにした。もちろんたくさん印刷すればたくさん在庫が残る。さて、この在庫をどうしたものか。つくりすぎた自主制作本をなんとかして捌かなければならない。イベント後、事務所に山積みされたダンボールを見ながら僕は頭を抱えることになった。抱え込んだ僕の頭にそこでふと浮かんだのは、若いころに働いていたレコード業界の営業である。注文書をつくってレコード店を回り、1枚また1枚と小まめに注文を重ねていく。あるいはファクスで全国のレコード店に注文書を送り返信をもらう。あれをやればいいんじゃないか。さっそく調べてみると、どうやら出版業界も似たような営業をやっているようだ。ようし、これだ。
この瞬間から、趣味でつくられた自主制作本は、書店に卸すべき大切な商品となった。
そもそも一般流通させる気などなかったのにもかかわらず、僕はこの本のためにわざわざ出版社コードとISBNを取得していた。自主制作なのにちゃんとバーコードがついているという、ある種の笑い、一種のパロディを狙ったからで、ところがこれが結果的に功を奏したのだった。こうしてネコノスは出版社として第一歩を踏み出すことになる。
ありがたいことに僕はそれまで著者として何冊かを上梓していて、全国各地の書店で小さいながらもイベントやサイン会などを開いていた。そのときにご挨拶させてもらっていたみなさんが、おもしろがってこのへんてこな文庫本をいれてくださったのだ。そしてもっとありがたいことに、この二冊の文庫本はそれなりに売れたのだった。もちろん大手とは比較にならない数百部単位の売れかただけれども、それは僕にとってかなり衝撃的なできことだった。そして何よりも、これで僕は単に原稿を書くだけではない本づくりのおもしろさや楽しさを知ってしまったのだった。
著者が自分で書いて自分で本をつくって自分で書店に卸す。ときおり歩道橋で詩を売っている人を見かけるけれども、あの活動をちゃんと形にすればいいのか。もちろんいろいろな版元から依頼されて小説やらエッセイやらの執筆は続けながらも、あまり人気がなくて版元が躊躇するタイプの本、この時代にはコストがかかりすぎて実現できないような本、編集者に紹介したもののあまり好反応を得られなかった知人の作品、そういうものは自分でつくってしまえばいいじゃないか。僕はそんなふうに考えたのだった。
文庫本で調子に乗った僕はこんどは友人知人に声をかけて雑誌をつくることにした。建前としては文芸同人誌を名乗っているが、つまりはアンソロジー集である。文芸同人誌なのに妙なアート作品やパズルが載っているだとか『異人と同人』 、文芸同人誌なのになぜか上製本だなんて実験的なことがやりくなったのだ。しかもさらに文芸同人誌を文庫化するという試みまで行ってみた『雨は五分後にやんで』 。
このシリーズには、なんと発行直後に直木賞を受賞される川越宗一さんや、ベストセラー作家の燃え殻さん、SFの気鋭・小野美由紀さん、今まさに短歌の新刊で注目を浴びている岡本真帆さん、ビジネス書で話題の田中泰延さんなどが参加してくれて、これまた赤字にならずに済んだ。こうしてネコノスはポツリポツリと本をつくるようになった。
初めて僕以外の著者の本を形にしたのは、燃え殻さんの『相談の森』
で、これは連載先の版元から「うちでは書籍化しません」と言われたと聞かされ「いい原稿なのに、もったいない!」とネコノスで引き受けることにしたのだった。そういえば、僕の連載も「うちでは書籍化しません」と言われたものがあって、こちらもネコノスから刊行している『あざらしのひと』『ねこかもいぬかも』。
これからもネコノスでは、基本的に僕自身と僕の周りにいる書き手の作品を中心に、これはおもしろいな、これはいいな、これは世にあるべきだなと思う本を少しずつつくっていきたいと考えている。本革張りの特殊装幀本を手づくりしたり『What’s on Your Mind, Tora-Chan?』
、まともじゃない厚みの雑誌をつくってみたり『ココロギミック』と、僕にとって本つくりは、たぶん最初の文庫本と同じく遊びの延長にあるのだろう。社長の考えは知らないし、これを読まれたら怒られるかも知れないけれど。
ちなみに今つくっているのは幡野広志さんの『ラブレター』
。これもたぶん普通の版元ではぜったいにやらないような特殊な装丁版を限定版では予定していて、仕上がりを楽しみに待っているところだ。
資金繰りやら返本やらを考えるとドキドキするし、このご時世にわざわざ紙の本つくることに不安がないわけでもない。でも、やっぱり本づくりは楽しいのだ。なにせ遊びなのだから。もちろんベストセラーは大歓迎だし、たくさん売れたら嬉しいけれども、売れるために何かを捨てることはやりたくない。やりたくないことをやらないために僕は本をつくっているのだから。